第16話 moon phase 13
「ちょっとちょっとー!スーパーで女連れの山尾に会ったんだけど!」
玄関のドアが開く音がしたと思ったら、ドタバタと駆け上がって来た玲子が、言いながらドアを開けて恵の自室に入って来た。
「お姉ちゃん、部屋入る時はノック・・・って今更しても遅い」
思い出したかのように内側からドアをノックする悪びれない玲子を振り向く。
「で、え?山尾先輩が女連れ?幼馴染の人じゃないのー?」
そんな大騒ぎするほどのことではない。
恵や玲子とは違って、生まれた時からここで暮らしている山尾には男女数人の幼馴染がいて、しょっちゅう家を行き来していることを恵もよく知っていた。
最初は恵も彼女かと思って興味本位で尋ねてみたら、違うよと否定されたことがあったのだ。
それに、いまは研修医生活が忙しすぎて、恋愛している暇はないはずだ。
けれど、恵の言葉に玲子はぶんぶん首を横に振った。
「違うのよ!明らかに年上の大人の女!山尾が見たこともないくらいデレデレしててさぁ」
「へー・・・・・・年上・・・・・・」
高校時代からそれなりに付き合いは長いけれど、恋愛に関する話はとんとしてこなかった。
というのも、恵にはさっぱりそういう縁がなかったせいである。
高校時代は推しカップルを見守ることに忙しく、大学入学直後はデビュー作の手直しでそれどころではなく、そうこうしている間に同級生たちはゼミやら合コンやらサークルやらであっという間に恋人を作ってしまい、一人乗り遅れた恵はますます執筆作業に没頭するようになり、大学生活は潤い皆無で終わってしまった。
そして、卒業後は自宅に引きこもっているので、当然素敵な出会いなんてあるはずもない。
「あ、なになに?気になるの?」
恵の反応は、どうやら玲子の望むものだったらしく、急に身を乗り出してきた姉の表情を見つめ返して、げんなりする。
「ちょっと前会った時、すんごいしんどそうだったから、支えてくれる人がいるならよかったって思うけど?山尾先輩、年下には甘えられなさそうだから、年上のほうが合いそうだしね」
気にされる側ではなくて、いつも気にする側に立っている彼しか知らない恵なので、山尾が心から寛げる場所を提供してあげられる女性がいるなら、喜ばしい限りだ。
「えー・・・・・・なによ、そんだけ?そんだけなの?」
「山尾先輩いい人だし、相手が変な人じゃないなら別にいいんじゃないの?」
「・・・・・・あー・・・・・・そう、そんな感じなんだ」
さも面白くなさそうに玲子が唇を尖らせる。
「え、なに?駄目なの?」
「だってさ、めぐの一番近くに居る男だよ?」
「いや、山尾先輩以外にもいるでしょうよ。立石くんとか、村田先輩とか、石井先輩とか?」
地元で就職していて、飲み会に顔を出してくれる生徒会メンバーを順番に挙げて行く。
公務員になった者、企業に就職した者、家業を継いだ者、会社を興した者と様々だが、それぞれの能力を遺憾なく発揮している彼らの近況報告には毎回感動すら覚える。
恵が足踏みしている間に、彼らはどんどん先へ進んでいるのだ。
「でも、一番仲いいの山尾じゃん」
「それは家が近くで、お姉ちゃんが有無を言わさず毎回飲み会に引っ張ってくるからそう思うだけでしょ」
優しい山尾は多少スケジュールが押していても、無理して顔を出してくれるのだ。
そして、顔を出すたび後輩たちのフォローに回る。
それは、恵が相手でも、恵以外が相手でも変わらない。
そういう彼だから、小説のモデルにしたいなと思ったのだ。
グイグイ押してくるヒーローではなくて、後輩を優しく包み込むような穏やかな先輩キャラは、間違いなく山尾が居たから作り上げることが出来た。
「私は、あんたたち合うんじゃないかなって思ったんだけどなー・・・」
「何言ってんのよ。山尾先輩好きだったくせに、彼氏できたら妹に勧める訳?」
「そんなの高校の時の話でしょーが。山尾はさっぱりそういうつもりなかったし、全然相手にしてくれなかったのよ。結構わかりやすくアピールしたのにさぁ・・・」
「お姉ちゃんのアピールスルーするってよっぽどだねそれ」
完全にアウトだったのか、完全に視界に入っていなかったのか、一体どちらだろう。
たしかに、恵が知る限り高校時代の彼は特定の彼女を作っていなかった。
けれど、時々駅前で女子高の制服を着た可愛い女の子と立ち話をしているのを見かけたことがあったので、他校にはいたのかもしれない。
「でも、そういうところが、あんたと合うなって思ったのよ」
神妙な顔つきで玲子が言った。
一体この姉はどこをどう見てそんなとんでもない思い付きに至ったのか。
「・・・・・・・・・は?」
「私はさー、この性格だから、バーッと好きになってすぐ盛り上がっちゃうタイプじゃない?でも、めぐは超慎重で、石橋叩き壊すから、山尾みたいにどーっしり落ち着いてる男が合うんじゃないかなって・・・・・・それにほら、義弟が医者って心強いし」
玲子が大学で知り合った同じ歯科医師を目指している医大生は、開業医の息子だが、すでに家は兄が継ぐことが決定しており、上手くいけば入り婿をお願いできる可能性すらあった。
玲子が飲み会でたまたま意気投合してお持ち帰りした男に運命を感じたのは偶然なのだろうが、ここまで条件が完璧に揃っていると必然を感じてしまう。
とにもかくにも、涼川玲子は、恵の数倍持ってる女なのだ。
「何勝手なことを・・・山尾先輩に怒られるよ。現に彼女いるんでしょ?妙なこと吹き込まれて私がその気になったらどうすんのよ」
「え、面白いなって」
「残念でした。なりませんよー」
山尾は、朝長や愛果と並んで、恵が彼こそはと熱い想いを注いだキャラクターのモデルなのだ。
ヒロインである愛果が惹かれるならともかく、小説の中に一行たりとも出て来ない脇役未満の恵が惹かれて良い相手ではないのだ。
きっぱり言い返した恵を見つめ返して、玲子がええええーと大げさに肩を落とした。
「あんたは色々自分を卑下しすぎだと思うけどね!」
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