第7話 moon phase 6
「あれ、この後って体育館集合でいいんだっけ?外掃除だったけ?」
冬らしく凍てついた空を見上げて、窓際の席から立ち上がった
私のヒロインは今日も圧倒的に可愛い。
華奢な身体を包む制服のスカートから伸びる白くて真っ直ぐな足と、大きめのカーディガンの袖から覗く細い指まですべて完璧。
ちなみに膝小僧の痣は先週のバスケの練習試合でぶつけたものらしい。
これは、朝長と愛果の会話から拾い上げた情報だ。
今日も複雑に編み込んで結い上げられたロングヘアは、先週の音楽番組で彼女が似ていると言われているアイドルがしていたものとよく似ている。
朝来たときは普通のポニーテールだったから、昼休みの間に、器用なクラスメイトが結い直したのだろう。
ちなみにこれはよくあることだ。
すべての事象を教室の片隅からつぶさに眺めつつ、心のマル秘プロット帳に事細かに記憶していくのは、最近の恵の日課である。
ちなみに、万一誰かに見られたら羞恥心で死亡しかねないので、絶対に教室でノートを取り出すことはしない。
唯一恵がそれを開くのは、早朝の一人きりの生徒会室でのみだ。
本当は彼女の口にした質問に、まっさきに答えたくなった恵だが、賢明堪えた。
なぜって?ヒーローとの会話を邪魔したくないからだ。
案の定、愛果の顔を見つめ返した朝長が、笑顔で返事を口にする。
「体育館で椅子並べ。その後が外掃除」
めでたく3学期も揃って学級委員を務めている朝長と愛果は、この後行われる卒業式準備に駆り出される予定になっているのだ。
当然、主体となって動く生徒会役員も参加必須である。
「さっすが朝長」
弾かれるように笑顔になった愛果が朝長の席までやって来る。
間近で見上げられた朝長の表情が分かりやすく柔らかくなって、耳がほんのり赤く染まる。
実に美味しい。
「長谷、会議の時ちょっとウトウトしてただろ」
「え、バレてた?」
「隣に座ってんだから、バレるよ」
それは違う。
朝長は会議中耳だけは議事進行の生徒会役員に貸し出して、ノートを取る振りで視線は終始隣の愛果の横顔を見つめていた。
どうしてわかるかって?恵は終始そんな二人を微笑ましい気持ちと感謝の眼差しで眺めていたからだ。
恵の頭の中では現実よりも一足早くカップル成立している、空想のキャラを彼らに重ねつつニヤニヤする頬をずっと抑えるのに苦労していた。
それも幸せな悩みである。
「朝長がしっかりしてるから、大丈夫かなって」
「・・・・・・いいけど、別に。体育館冷えるから、マフラー巻いて行ったほうが良くない?」
「あ、だね!ちょっと待って!」
頷いた愛果が小走りに自分の机に戻って、カバンの中からチェックのマフラーを取り出した。
「まだ集合時間まであるから急がなくていいって。また痣になるぞ」
「もう癖になってて・・・」
「長谷、色白だもんな。バスケ部焼けねぇし」
「んー。そうなんだよねぇ。日焼けすると赤くなるタイプで。ほら、夏休みみんなでプール行った時も、あの後赤くなって大変だった」
それは全くの初耳である。
恵は生徒会の仕事と引っ越しに追われていたひたすら地味な夏休み。
けれど、朝長と愛果は、仲良くプールにお出かけしていたらしい。
ちょっと待ってその時の話を詳しく!ぜひ!
荷物を纏める振りをしながら机の下でこっそり拳を握る。
待って、そんな王道ネタなら絶対に小説のネタになるし、入れる以外の選択肢はないんだけど。
クラスメイト数人で仲良しメッセージグループを作っている事は知っていた。
部活が休みの間に行ったって事?え、待ってどんな水着?やっぱり長谷さんはポニーテールだったの!?
え、この間の新曲のPVまさにそれだったじゃん!!!!
一人パニック状態の恵を置いてけぼりにしたまま、朝長が思い出したように首の後ろを指さした。
「あー・・・首の後ろ焼けるかもって言ってたもんな?」
「皮めくれないからねー・・・あ、涼川さーん」
歩き出そうとした愛果が、目ざとく教室の片隅に残ったままの恵に気づいた。
「は、はい」
「涼川さんもこの後体育館だよね?それとも、生徒会の人たちって別の場所で集まったりする?」
これはもしかしなくとも、良かったら一緒に体育館まで移動しませんか、のお誘いだ。
気持ちとしてはご一緒したい、が、途端二人きりじゃないのかと視線を下げた朝長の邪魔はしたくない。
どうせこの後、明日の卒業式準備で否が応でも体育館で顔を合わせるのだから。
「あ、あの一旦生徒会室に寄るので、お先に!」
適当に嘘を吐いて、どうぞどうぞ、と手のひらで示せば、朝長が分かりやすく笑顔になった。
「そっかー。じゃあ後でねー。行こう、朝長」
愛果が一つ頷いて、ファンサービスのような華麗なお手振りの後で朝長と連れ立って教室を出ていく。
なんと目の保養になる未満カップルか!!!
この後二人きりでどんな会話をするんだろう。
もしかすると、卒業式準備の後二人でどこかに寄り道・・・いや、二人とも部活があるからそれはないか。
でも、春休みどっか行きたいね、くらいの話はするかもしれない。
え、なにそれ物凄く見たい聞きたい探りたい。
妄想全開になってきた恵の思考を現実に引き戻す声が聞こえて来たのは、そのすぐ後のことだった。
「めーぐみー。また一人で百面相してるの?」
教室の後ろのドアから中を覗き込んでいるのは、すでに自由登校になっている山尾だ。
てっきり卒業式当日までは登校しないと思っていたのに。
「先輩、どうしたんですか!?」
「ちょっと用事。恵たちが喜ぶ差し入れ持ってきたんだけど」
持っている紙袋をぶらぶらさせて来る山尾に大急ぎで駆け寄る。
「お菓子ですか?これからすぐに明日の準備でみんな体育館なんですけど」
まあ預かっておいて後で配ればいいかと思いながら受け取ると、ちらりと見えたのはお菓子ではないノート数冊と紙の束だった。
「お菓子は一番底。メインは今年のテストの答案と、俺のノート」
「うわ!お菓子より有難いです!」
「そう言うと思った。部屋片づけてたら大量に出て来たから、届けに来た。明日は慌ただしいだろうしね」
空っぽの教室を見回した山尾の静かな声に、こうして制服の彼と向き合うのももう明日で最後なのかとしんみりする。
「ですねー・・・・・・先輩も卒業しちゃうんですね」
「あれ、寂しい?全然平気みたいな事言ってたのに」
「いえ・・・・・・本当に色々お世話になったので」
主に妄想的な面で。
朝長と愛果の二人の間にいい意味でのラブスパイスを提供してくれる役割の当て馬先輩は、恵の描く物語に必要不可欠だった。
彼のおかげでずいぶん話の構想が膨らんだのだ。
噛み締めるように伝えれば、山尾が可笑しそうに笑った。
「家も近所だし、これからもちょくちょく会うから、お世話はし続けるよ」
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