第44話 霞初月その4

昨夜はどうかしていたのだ。


彼と部下の間に何があるわけでもないのに、朝長が折原のことを嬉しそうに話す姿を見ていられなくなってしまった。


結婚前、愛果が山尾に向ける眼差しを、朝長はこんな気持ちで眺めていたのかと思うといたたまれない。


悔しくて、嫉妬を覚えた自分が情けなくて、それでもこの感情をどうすることもできなくて。


あの頃の愛果は、みんなから羨ましがられる立場に居た。


欲しいものは全部手の中にあって、誰かを羨んだことなんて一度もなかった。


けれど、大学生になって、自分が誰かを羨ましいと思う立場になって、妬み僻みといった嫌な感情をちゃんと理解したはずだったのに。


本当に意味では、嫉妬心を分かっていなかったのかもしれない。


だってあんなに胸が苦しくなるなんて知らなかったから。


抱き着いた愛果を朝長は優しく抱きしめ返してくれた。


不機嫌な愛果とは正反対に朝長は上機嫌で、愛果を宥めようと顔のそこかしこにキスを落としては、むずがる愛果の身体を撫でて、少しずつ熱を宿していった。


意識が蕩け始めたキスの途中で身体が浮きあがったなと思ったら、すぐにベッドに運ばれて、食事はどうするのかとか、明日は何時に出勤するのかとか、色んな確認事項を口にする前に、もう一度キスが落ちて来て、彼のぬくもりに包み込まれたら、もう何も言えなくなってしまった。


いつもより執拗な愛撫はじれったいくらいに優しくて、欲しいところを掠めては逃げていく指先に何度も腰を揺らした。


焦らされれば焦らされるだけ身体が熟れて潤うのだと思い知らされた夜だった。


朝長は平日の夜にも拘わらず、何度も愛果を欲しがってまるで休日の夜のように抱き合った。


そうして欲しくて半分は愛果からねだったのだ。







・・・・・・





「・・・・・・気持ちいい?」


深い場所で腰を使いながら、掠れた声で尋ねた朝長が、胸の尖りに手を伸ばしてくる。


一緒にされると駄目になると分かっているから、逃げるように身体を捻ったら、その拍子に飲み込んだ屹立が柔らかい襞を掠めてパチパチと火花が散った。


「っふ・・・っぁ、っ」


咄嗟に目の前の腕にしがみついて、這い上がって来た愉悦から逃れようと目を閉じる。


締め付けに苦しそうに息を吐いた朝長が、そのまま腰を押し付けて最奥を暴いてくるからたまらない。


響く水音と二人の吐息で、ベッドルームが満たされる。


一度目ではないのに熱量は増すばかりで、それを嬉しそうに飲み込んで、反応を返す自分の素直な身体がいじらしい。


彼に抱かれる権利を持っているのは一人だけだと思い知りたくてたまらない。


「愛果・・・出していい?」


膨らんだ切っ先で狭い隘路の奥を暴きながらお伺いを立てられて、朦朧としながら頷き返せば。


横たわった愛果の柔らかいふくらみを手のひらで包み込んだ朝長が、低く笑った。


「・・・まだするけど」


「・・・ま・・・だ?」


枕もとに散る開封済みのパッケージを数えそうになった途端、ぐうっと腰を捻じ込まれて枕を端を必死に掴む。


抱き込んできた彼が首筋に頬を寄せながら腰を震わせた。


熱い吐息を感じながら、背中を抱きしめる彼の肩に甘えて、心地よさに溺れながらそっと唇を寄せた。






・・・・・・





それが、まさかこんなことになるなんて。


明け方まで抱き合っていたので、朝長が起きる頃、疲れ果てた愛果はまだ夢の中。


いつもの時間にアラームが鳴って、重たい瞼を持ち上げた頃には彼の姿はもうなかった。


結局彼は用意していた夜食に手を付けないままだった。


それなのにあの体力。


正直愛果のほうは腰が痛いし身体が怠い。


今日は午前中だけのシフトで本当に良かったとしみじみ思った。


寝不足の分は、帰ってからのお昼寝で補って、今日は早めに帰るよと連絡をくれた朝長と、久しぶりに食卓を囲むべく張り切って買い出しに出かけて、いつもより沢山おかずを作った。


もちろん、高たんぱく低カロリーを意識して。


結婚した途端幸せ太りした、とだけは言われたくないので。


朝長は愛果の柔らかいこの身体がお気に入りらしいが、愛果としてはもう少し絞りたいところだ。


それが叶うかどうかは別として、意識だけは持ち続けたいと思っている。


あの頃のような体型に戻りたいとはもう思わないけれど。


夕飯の準備が終わる直前に、ちょうど朝長が帰って来た。


キッチンからお帰りを告げると、意気揚々とリビングに入って来た彼が、眦を細めて近づいてくる。


寝不足のはずなのに、今日はやたらとご機嫌だな、と訝しげに思いながら、伸びて来た腕に身体を預ければ。


「昨夜は特大のお土産をありがとう」


ネクタイを緩めた彼がそんなことを口にした。


「お土産・・・?何の話?」


いつも仕事帰りに愛果にお菓子を買って帰るのは朝長の方だ。


身に覚えのないお土産に首をかしげる愛果に、朝長がシャツのボタンを外して見せた。


覗いた首元の赤みに、ん?と眉をひそめて、すぐに気づいた。


「~~~っ!!」


昨夜自分が彼に残したキスマークだ。


真っ赤になってうろたえる愛果を抱きしめて、朝長が幸せそうにただいま、と笑った。






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