第24話 moon phase 19
彼の言葉に上手な切り替えしが見つからずに黙り込んだ愛果の口に、白身魚の揚げ物を放り込む朝長を見つめながら、母親が安心したように微笑んだ。
「あなたたちお似合いよ」
円満なカップルに見えるのは、そう見えるように二人が動いているからだ。
愛果は、山尾の件で多少なりとも朝長に罪悪感があるし、朝長も、父親の手前不慣れな距離感のままでいられるはずもない。
二人がうまく補い合って仲睦まじい結婚間近のカップルを装っているのだ、と愛果的には思っていたのだが。
「そう言っていただけてホッとしてます。ご両親に嫌われたら、俺は愛果と結婚できませんから」
ホッと息を吐いた朝長の安堵した表情が、とても演技には見えなくて、また少し心がざわついた。
「良かったわ。朝長くんと出会わなかったら、愛果はいつまでも家に居たでしょうし」
「いつまでも家に居て良いって言ったのお父さんたちじゃない」
「そりゃあ言ったよ。いい人が見つからない時は、無理して嫁に行く必要なんてない。縁って言うのは探し回ってる時には見つからないものだからね。でも、いずれはパパもママも愛ちゃんより先に死ぬ。この世に一人娘を残して行くのは、やっぱり心配だからね。できれば頼りになる誰かと人生を共に歩いて欲しいと思うよ。だから、朝長に目を付けた。彼は優秀だし人柄もいい。愛ちゃんを任せるなら彼しかいないと思ったんだよ」
いやあ、いい選択だったなとしみじみ悦に入る父親をジト目で睨みつける。
それで、昇進という名の人参をぶら下げて朝長を生け捕りにしたのだ。
そこにまんまと乗っかってお独り様生活に終止符を打とうとしている自分も自分だけれど。
「本部長にも、愛果にも、後悔させることがないように精一杯務めます」
そつなく答えた朝長が、隣の愛果を見つめて柔らかく微笑む。
「愛ちゃん、今時こんないい男、余ってないぞ」
「その言い方は朝長に失礼でしょ。余ってるのは私のほうなんだから」
「どっちでもいいじゃない。残り物には福があるんだから」
けろりと言った母親が、ロックの梅酒を煽る。
「しかし・・・営業本部の椅子は自分で取りに行くなんて、なかなか言える台詞じゃないよ」
さすがだなぁと感心したように零した父親の言葉に愛果は目を剥いた。
「え!?どういうこと!?」
てっきり昇進と引き換えに余りものの娘を引き取ったのだとばかり思っていたのに。
仰天して朝長の顔を見つめ返すと、困ったように笑い返された。
昔何度も見た彼の表情だ。
「まだ今の俺には実力不足ですから。実績を積み重ねていつか挑戦したいと思います」
「え、なに、お父さん、朝長を役職に押し上げるんじゃないの!?」
「彼の実力は申し分ないし、出来ればパパもそうしたいんだが、本人がしばらくは今のポジションで頑張ると言うからしょうがない」
「待って、じゃあ、朝長は、私と結婚することになんのメリットもないじゃない!?」
「メリットならあるよ」
「どこによ!?」
これでは朝長は完全に貧乏くじを引いた事になる。
朝長が、愛果に気を遣って昇進を辞退したのならば、是が非でも父親に椅子を用意させなくては申し訳がなさすぎる。
いや、それよりも結婚話自体無かったことにするほうが、朝長のためなんじゃなかろうか。
パニック状態の愛果に向かって、朝長が真っすぐに答えた。
「愛果と結婚できる」
心臓が止まるかと思った。
静かに答えた彼の声には、強い意志が宿っていて、茶化したり誤魔化したり出来る雰囲気ではなかった。
「・・・・・・・・・仕事好きだって言ってたでしょ・・・出世に興味ないの?」
「愛果を理由に出世したと思われたくないし、今の支店気に入ってるんだよ。本部長には敵わないけど、これでもそこそこ稼いでるつもりだけど、俺の収入面が心配?愛果が専業主婦でも十分やっていけるだけの貯えもあるよ」
淡々と答えた朝長の言葉に、父親がそうだぞこの世代の中でも一番の高給取りだぞと付け加えてくる。
が、そんな言葉は一切頭に入ってこなかった。
疑問だけがひたすらに浮かんでくる。
「・・・・・・・・・朝長、なんでこのお見合い受けたの・・・?」
「言っただろ。愛果と結婚したいと思ったから」
やっとわかった。
あの日、彼が口にした言葉は、紛れもない真実だったのだ。
ボタンを勝手に掛け違えていたのは自分のほうだった。
・・・・・・・・・・
『・・・・・・あのさ、大学ってどこ受けるの?』
あの日渡り廊下で向けられた質問に背伸びした大学名を口にしたのは、共通の友達から朝長の志望大学がそこだと聞いていたから。
両親は愛果の大学進学を花嫁修業の一環くらいにしか捉えておらず、無理なく合格出来る大学を選びなさいと寄付金の高い女子大をいくつも勧めて来た。
それを拒んで
志望大学が同じだと打ち明けた瞬間の彼の嬉しそうな顔を見て、絶対に受験勉強を頑張ろうと心に決めた。
『
『どうしても
『そうは言ってもなぁ・・・・・・先生としては安全牌を勧めたいんだがなぁ・・・なんかこの大学でやりたいことでもあるのか?』
『キャ・・・・・・キャンパスライフを・・・』
朝長と二人で、とは言えず言葉を濁した愛果に、進路指導の教師はきょとんとした後すぐに訳知り顔になった。
『はあ?・・・・・・あーあれか、お前もとうとうアイドル卒業して大学デビューして彼氏とか作りたいわけか。まあ、ずっとバスケばっかしてたもんなぁ。分かった、分かった。応援するよ』
こうしてどうにか志望大学を決定して、予備校だけでは補えない部分は、両親に頼んで家庭教師まで付けて貰って必死に勉強したのは、彼の隣に並ぶため。
朝長と一緒に居たいからだった。
そしていま、朝長は、純粋に愛果と結婚がしたいから、出世コースから外れてもいいと、輝かしい選択肢の一つをあっさり手放してしまった。
必死に背伸びする事を決めたあの時の愛果のように。
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