第12話 moon phase 16

「愛ちゃーん、可愛いワンピース見つけたから買ってきちゃったーちょっと袖通してみないー?」


急に低カロリーのダイエット食品ばかり食べたせいで体調を崩した愛果は、二日ほど大学を休んでいた。


栄養バランスが崩れてしまったせいで肌荒れもして、生理不順にもなって、踏んだり蹴ったりである。


何をどうすれば体型が戻るのかさっぱりわからない。


着られなくなった可愛い洋服たちは全部処分して、スカスカになったクローゼットに残ったのは、母親が調達してきた膝下丈のワンピースだけ。


締め付けが無いストンとしたIラインは、気になる色んな所をカバーはしてくれるけれど、ついこの間まで惜しげもなくショートパンツやミニスカートを楽しんでいた愛果からしてみれば、どれもこれも野暮ったく見えてしまう。


「洋服はもう買わないでって言ったでしょ」


「えええどうしてー?明るいお洋服を着たら、気分も明るくなるじゃない?パパもママも愛ちゃんには笑っててほしいわー」


これまで洋服を買っていたブランドではもう小物くらいしか買えるものが無い。


だから母親とのショッピングはこのふた月ほどお休みしている。


毎日朝晩体重計に乗っては頭を抱えて、溜息を吐いてまたベッドに戻ることの繰り返しだ。


遅くに出来た一人娘を溺愛している両親は、どうにか愛果を元気づけようとあれこれアイデアを出してくれるけれど、どれも愛果の心には響かない。


今朝だって、大学に行きたくないと言ってベッドに戻る愛果に、それなら気晴らしに買い物に行きましょうよと言ってくれた母親に、一人で行ってと怒鳴り返してしまった。


どんどん自分を嫌いになって行く。


このままだったら、いつか両親からも見放されてしまうかもしれない。


こんな私だから、朝長はあの細くて綺麗なマネージャーを選んだのだろう。


脳裏を過るのは、腕を組んでカフェテリアを横切っていく朝長とフットサルサークルのマネージャーの姿だ。


大学に入ってからすぐに、高校時代の先輩に誘われたからとフットサルサークルに入った朝長は、あっという間に人気者になった。


元々見目の良い先輩が何人か在籍していたサークルで女子がしょっちゅう練習を見に来ていたらしいが、そこに後輩の朝長が加わった途端さらに人気は加速した。


けれど、朝長自身は自分の人気ぶりにはさっぱり興味がないようで、これまでと変わらず愛果に接してくれていた。


フットサルの練習を見に来るように勧めてくれて、サークルの先輩たちにも同じ高校出身だと言って愛果のことを紹介してくれた。


まるで彼女扱いされたみたいで物凄く嬉しかった。


けれど、愛果の体型が変わり始めて朝長の前に立つのが怖くなって、彼からの誘いを断っているうちに、メッセージが来なくなった。


講義が始まる直前まで人の少ないスペースで過ごして、講義が終わると同時に一番に講堂から出る。


同じゼミの友達からの誘いも全て断って、肌荒れを隠すためのマスクをして俯いて大学から帰る。


そんな毎日を続けていたある日、人の少ない時間帯を見計らって入ったカフェテリアで、楽しそうに笑い合う朝長とマネージャーの先輩を見つけた。


最初に紹介されて挨拶を交わした時から、どこか挑発的な視線を向けられて、彼女のことは苦手だなと思っていたのだ。


あの視線は、やっぱり朝長のそばをウロチョロする自分へのけん制だったのだろう。


昔の自分を彷彿とさせるような細身の身体をタイトなジャージで包んで、華奢な腕を絡ませて笑いかけるマネージャーの姿は、とても直視なんて出来なかった。


朝長はやっぱりああいうタイプが好きなんだなと思い知らされた気分だった。


「無理なの、出来ないの!だってもう可愛い愛果は居なくなったんだから!」


「あら、どうしてそう思うの?」


「だって見てよ、可愛い洋服全部着られなくなっちゃったし、顔だって丸くなって・・・・・・こんなんじゃ別人でしょ」


上掛けを頭からひっかぶって、もう放っておいてと返せば。


「ママが産んだ大事な一人娘になんてこと言うの!!!!」


遠慮なしの力で上掛けをひっぺがされた。


「太っても顔が丸くなっても、私の娘は愛果一人です!!!なによちょっとぽっちゃりしたくらいで!いいじゃない!ちゃんとご飯食べさせてるのか心配されるようなガリガリの頃よりずっと健康的だわ!あなたのことを見た目で判断して、どうこう言う相手なんて放っておきなさい!あなたの中身は何一つ変わってないでしょう?パパとママが大事に育てた愛果のままよ!」


「・・・・・・・・・で、でも・・・・・・もう可愛くなぃいいいいい」


どう足掻いてもあの頃には戻れないし、朝長の心も取り戻せないのだと思うと、ただひたすらにそれだけが悲しい。


泣きじゃくる愛果を抱きしめて、母親は平気よと快活に笑った。


「大丈夫、大丈夫よ。あなたはちゃんと可愛いわ。ママが産んだ子が可愛くないなんてあるわけないでしょう!でも肌荒れは頂けないわねぇ。ちゃんと病院に行って診て貰いましょう。身体の事もね。健康的に痩せたいっていうのなら、いくらだってママは協力します」


この時の母親の言葉は、慰めではなくて事実だった。


すぐに行きつけの美容皮膚科に愛果を連れて行って、肌荒れを治療させた後、痩身エステを受けさせて、一通り娘の身体のメンテナンスを行ってくれた。


その後何度か痩せたり太ったりしながら、どうにか標準体重を維持することに成功した時には、もうすっかり恋やら愛やらに意識が向かなくなっていた。


だから、愛果にとって朝長への恋心は、唯一無二の思い出となった。

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