第11話 moon phase 15

「朝長くーん!」


フットサルコートを囲むフェンスの向こうからこちらに向かって手を振ってくるのは、愛果と同じゼミの女の子だ。


名前は前に聞いたけれど忘れてしまった。


ゴールに向かって走っていくメンバーとは逆走する形でコートを抜けて、手を振ってくる彼女の元まで駆け寄る。


途中フットサルサークルのマネージャーの険しい視線が飛んできたけれど無視した。


「なに?」


「あのね、愛果ちゃん、今日もお休みみたいなんだけど、何か知ってる?」


「いや・・・俺も最近会ってなくて」


会えていない原因は、キャンパスの広さと、取っている講義の種類が異なる事だけが理由ではない。


愛果が朝長を避けているせいだ。


メッセージを送っても曖昧な返事しか返ってこないし、地元で会えないかと呼びかけても時間が取れないと突っぱねられる。


ここしばらくずっとこんな調子なのだ。


あれほど同じ大学に通う事を楽しみにしていたはずなのに、蓋を開けてみれば二人の日常は綺麗にすれ違っていた。


朝長の返事に、目の前で彼女が探るように目を光らせてくる。


ここ最近よく向けられる眼差しの意味は、尋ねるまでもなく分かっていた。


「あ、そうなの?同じ高校だって話してたから、何か聞いてるのかなーって思ったんだけど・・・・・・あのさ、二人って付き合ってるわけじゃないんだよね?」


「付き合ってないよ」


告白する前に距離を置かれてしまったから、朝長の恋心は結局宙ぶらりんのままだ。


「そう・・・なんだ・・・・・・入学してすぐの頃凄く仲良かったし、しょっちゅう一緒にランチしてたから、てっきりそうだと思ってた・・・・・・・・・最近、愛果ちゃんちょっと変わっちゃったもんね」


入学してからしばらく経った頃、愛果の身体が丸みを帯び始めた。


これまでが瘦せすぎだったので、ちょっと肉がついてくれたほうがこちらとしては色々と都合が良かったのだが、愛果は過剰に気にしてタイトな洋服を一切選ばなくなった。


その頃から愛果は体調を崩す事が増えて、フットサルサークルの練習を見に来るように誘っても、用事があるから、と言って断られるようになって、そのうち食堂で顔を合わせることもなくなってしまった。


アイドルによく似た長谷愛果のイメージで彼女に接していた友人たちはそう思うかもしれないが、愛果自身が好きだった朝長は、むしろ愛果の変化は好ましく思えた。


もう誰も愛果を何かと重ねてみる事が出来なくなるからだ。


「長谷は別に変わってないよ」


そっけなく言い返して、用事がないならこれでと踵を返そうとしたら、待って、と呼び止められる。


「・・・・・あのね、うちゼミの子が、朝長くん紹介してって言ってて・・・前、フットサルサークルの試合見に行った時にかっこいいって騒いでて、それで・・・」


「悪いけど、バイトとかあるし今は・・・」


とてもじゃないがそんな気分になれない。


同じ高校の先輩に誘われて参加したフットサルサークルは、女子の人気が凄まじく、フットサルコートの周りには常に見物客の女子大生が溢れていた。


まるでいつかの愛果を遠巻きにする男子高校生たちのようだ。


飲み会に顔を出せば、向こうから連絡先を教えてと頼まれることが増えて、バイト先の居酒屋では、朝長目当ての常連客が出来た。


その反面、誰も愛果のことを気に留めなくなった。


適当に言葉を濁した朝長に、目の前の女の子がそうだよね、と苦笑いを浮かべる。


「また愛果ちゃんと一緒にご飯行こう!」


「うん・・・・・・あのさ、長谷ってメッセージに返信して来てる?」


「え?ああ・・・・・・うん。即レスじゃないけど、ちゃんと返事くれるよ。今回も風邪みたい」


「そうなんだ」


朝長が送ったメッセージに既読が付くのは早くて数時間後。


返信は決まって、ありがとう、とか、またね、ばかり。


朝長経由の誘いかけが不味いのかと思って、高校時代の共通の友人に、愛果を飲みに誘いだしてくれと頼んでみたけれど、答えは同じ、また今度で、というものだった。


何がきっかけで距離が生まれてしまったのか分からない。


「朝長くーん!次のゲーム入れるよねー?」


いつまでも戻ってこない朝長にしびれを切らしたマネージャーが小走りに駆け寄ってくる。


「あ、はい。入ります」


「じゃあすぐ戻って。あのーゲーム中の声掛け止めて貰いたいんですけど・・・迷惑なんで」


元々サッカー部のマネージャーをしていたという一つ年上の彼女は、フットサルサークルのサブリーダーで、裏方仕事を一手に引き受けている敏腕マネージャーだ。


彼女に睨まれるとフットサルコートに近づけなくなると噂されていた。


朝長としてどうでも良いことなのだが。


「す、すみませんでした」


慌てたように頭を下げて戻っていく愛果の友人に、他の見学者たちの視線が集中している。


きっとあの子は当分ここには来られないだろう。


「いや、俺が話長引かせたんで」


「朝長くん、きみねぇそういうとこだよ」


腰に手を当ててマネージャーがこれ見よがしに溜息を吐いてくる。


ああ、その昔愛果にも同じことを言われたなと思い出した。


「すいません・・・」


「後でドリンク買いに購買行くから、付き合ってくれるよね?」


「また俺ですか?」


顔を顰めたら、べしりと肩を叩かれた。


「文句言わないでよ。いいでしょ、あの何とかチャンもう来てないんだから」


「・・・・・・・・・良いですけど」


最初に朝長が声を掛けた時、愛果はフットサルに興味を示してくれた。


サッカーよりも取っ付きやすいイメージのおかげだろう。


あわよくばマネージャーやってくれないかな、と思って誘ったのだ。


二度ほど練習を見に来た彼女は終始楽しそうに過ごしていた。


あの後すぐ、授業を休むようになったんだっけ・・・・・・・・・


いつ頃から愛果とすれ違うようになったのかと思い出す朝長に、マネージャーが問いかけてくる。


「あの子、ほんとにアイドルに似てるって言われてたの?全然感じ違うけどね」


何度か顔を合わせた愛果を思い出すように目を閉じるマネージャーに向かって、朝長は素っ気なく応えた。


「・・・・・・・・・俺は重ねて見てたことないから、分かんないッス」



そして、これ以降、愛果と大学で顔を合わせる事が一切なくなってしまった。

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