第5話 moon phase 2

「また焼きそばパン?」


仲の良いクラスメイトがバイトに向かったり、部室に向かうのを見送って、一人になった教室で総菜パンに齧りついたら、教室の後ろのドアが開いた。


大口を開けて焼きそばパンを頬張ったタイミングで何も声を掛けなくてもいいのに。


振り向いて、朝長に向かってこくんと頷く。


授業が終わると同時に、今日は部会だと言って大急ぎで教室を出ていった彼が、どうしてこんな中途半端なタイミングで戻ってくるのか。


大急ぎで焼きそばパンを咀嚼して、味わう前に飲み込んでから口を開く。


「部会は?」


「先輩遅れててまだ。明日提出の古文の課題あったの思い出してさー」


「あ、それもう私出したわ」


「え、まじ!?早くない!?」


「先輩の写させて貰った。あの先生課題毎年使い回しなんだって」


「えええ何それ。まじかよ」


ぶつぶつ言いながら朝長が席まで戻ってくる。


何度目かの席替えで、気安く話しかけられない距離になってしまったので、最近の愛果は、授業中朝長の後頭部ばかり見ている。


「ずっと焼きそばパンだな。浮気しないの?」


朝長の指摘に、愛果は小さく頷いた。


コンビニで適当に選んだそれに運命を感じて以来、ずっと愛果の放課後のおやつは焼きそばパン一択だ。


ほかにコロッケパンとカツサンドを食べてみた事もあったけれど、どうもしっくりこなくて焼きそばパンに戻ってしまった。


このガツンと炭水化物な感じが、愛果のお腹にはちょうど良いらしい。


「・・・・・・・・・好きになったら一途なので」


一瞬きょとんとした朝長が、すぐに破顔した。


「ははっ!まじか」


嬉しそうに笑う彼の顔を真正面から見るのは久しぶりだな、と思う。


部活休みが重なることは試験休み以外にあまりなくて、だから仲の良いグループで出かけてもどちらかが居ないことのほうが多い。


これで二年生になってクラスが離れてしまったら、もっと疎遠になるかもしれない。


それは絶対に嫌だ。


けれど、この心地よい友達の距離感を壊す事の方がもっと怖い。


「朝長は?最近なに食べてるの?」


「えーなんだろ。俺は色々。食堂寄ることもあるし。あ、でも、焼きそばパンは、長谷にお勧めされたやつから変えてない」


「え、ほんと?」


「うん。それ美味いし。なんつーか・・・・・・がっつり系男飯って感じ」


「悪かったわね・・・・・・がっつり系で」


バスケ部の部員たちにも心配されるくらい食欲旺盛な愛果は、けれど入学前から体重は変わっていないし、当然見た目も変化していない。


三学期に入ってからも相変わらずあちこちから件のアイドルに似てるね、と呼び止められる。


「ほんとあんな食うのにどこにいってんだろな」


冬休みに、みんなでアイススケートに出掛けた時、スケートリンクの近くのファミレスで男子たちと同じだけ料理を頼んで驚かれたことを思い出す。


食べないと動けないし、食べたら動きたくなるので、まあ消化されるだろうとあまり深く考えずに食べたいものを食べたいだけ頼んだのだが、やっぱり普通の女子高生の量では無かったようだ。


ついいつものテンションで頼みすぎたなとは思ったけれど、朝長はとくに何も言わなかったのだが。


やっぱり思うところがあったのだろうか。


相変わらずAカップのままの胸を見下ろして、溜息を吐く。


胸とお尻にはもうちょっとお肉がついて欲しいところだ。


部員たちからは贅沢な悩みだと言われているけれど、むしろその胸ならスポーツブラで良くない?と言われてしまう成長不足の小胸は、愛果のコンプレックスでもあった。


「バスケってかなり走るからね!」


開き直ったように言うと、朝長がサッカーもだよ、と言い返してくる。


「まあでも、食べない長谷ってもう長谷じゃない気ぃするわ」


「・・・・・・嬉しくないんですけど!?」


「いやだって、お前誰といてもガツガツ食うじゃん?」


「だって動いたらお腹すくんだもん」


悪い!?と言い返せば、朝長が首を横に振った。


「いや全然。むしろ見てて安心する。香川とかさぁ、ファミレス行ってもサラダしか食わねぇじゃんカロリー気にして」


「美容体重を維持したいのよあの子は」


「ストイックなのはいいけど、気ぃ使うだろ?だから、長谷が食べてるの見ると、安心すんだよな」


「だから私だけ牛丼誘われたの!?」


いつだったか、試験休み中に、牛丼食べに行かない?と言われたことがあって、なんて色気のないと思いながらも、朝長に誘われたことが嬉しくて二つ返事でOKしたことがあった。


割引券の使用期限がもうすぐだから、という誘い文句にさえ魅力を感じてしまうから、恋する乙女は困る。


愛果以外の仲良しグループの女子は一人も来なくて、朝長とクラスメイトの男子生徒二人と四人で駅前の牛丼を食べに行って、大盛を美味しく頂いて帰った。


「あーそう。絶対来ると思って」


「行ったけど、美味しかったけど!」


しっかりつゆだくにして貰ってたっぷりショウガも乗せたけれども。


愛果の言葉に朝長が嬉しそうに頷いた。


「だろ?また行こうな。次の試験休みの時にでも」


「うん!三学期中に行っとかないとね」


「え?なんで?」


「なんでって・・・・・・クラス替えあるから・・・ほら・・・二年になってクラス離れたら、あんまり遊んだりできないかもしれないでしょ」


「どうせクラブハウスで会うし、そんな変わんないだろ。え、なに、長谷ってクラス離れたら疎遠になるタイプ?」


意外そうな顔で質問されてそんなまさかと首を横に振る。


「そそそんなことないよ!絶対遊ぶし、絶対連絡するけど!」


むしろ全力で遊びたいし、連絡だってマメに取りたい。


前のめりで返事した愛果に、朝長が満足げに目を細めた。


「だろ?じゃあ別にいいじゃん」


クラスがどうなろうがそんなの全然関係ないよ、と言外に示されて、一気に胸の奥が温かくなった。


二年生からは類型ごとにクラスが分かれるので、文系を選択予定の愛果と、理系を選択予定の朝長はほぼ間違いなく別のクラスになる。


それでも、彼がこういってくれる限り、二人の関係は変わらない。


何もすぐに告白できなくても構わない。


こうして一緒に過ごす時間が持てるなら、どれだけだってこの気持ちを募らせることが出来る。


そして、その気持ちは二年生になっても少しも変わることは無かった。

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