第3話 moon phase 1

「あ、このボリュームタイプのマスカラ、あたしが持ってるやつだ」


「えーダマになるって言ってなかった?」


「こっちのロングタイプは?」


「そっちはウォータープルーフじゃないから、愛果、部活の時パンダになるよ」


「え、それは嫌だ」


「なんでよパンダ愛果も可愛いじゃん。あ、次の新曲のPV先行で見たけどチャイナドレスだったね!」


「愛果もお団子ヘアしたら?」


「ほんとだ。絶対可愛いよ、愛果ちゃん」


「ええー・・・お団子とか上手く出来ないよ」


「あ、あの・・・・・・長谷さん・・・ちょっといいかな?」


朝コンビニで買ってきた最新号のファッション誌を広げて、あーだこーだとメイク談義を始めるクラスメイトと笑い合っていると、少し離れた席から元クラス委員の涼川恵が声を掛けて来た。


1学期のクラス委員は、担任の指名制と決まっており、担任がサッカー部の副顧問であることから、部員の朝長が委員長に、そして、卒業した姉が元生徒会長だったという涼川恵が副委員長に任命された。


朝長は入学式の時から、その容姿と気さくな雰囲気で色んなクラスメイトから話しかけられていたけれど、恵はそうではなかったので、姉が元生徒会長と言われてもさっぱりぴんと来なかった。


あまり似ていない姉妹なのかもしれない。


一学期はイベント事が殆どなく、生徒会の定例会に顔出すことが主な役割となるのだが、二学期は体育祭や文化祭があるのでクラス委員の役割は一学期と変わってかなり大きくなる。


二学期はクラスの投票で委員が決められる事になり、委員長は満場一致で引き続き朝長が、副委員長は愛果が務めることになった。


一学期の終わり頃には、朝長と愛果はクラスの中でもセット扱いになっており、それは嬉しくもあったけれど恥ずかしくもあった。


一学期の恵は、副委員長とは言ってもほとんど朝長のアシスタント状態で、HRでも書記に徹しており、ほとんど発言をすることがなかった。


どちらかというと派手なグループとつるむ事が多い愛果なので、大人しい女の子たちと教室の隅で静かに喋っているタイプの恵が昼休みの時間にわざわざこうして声を掛けるなんて物凄く珍しいことだ。


「うん!もちろん!」


「あの・・・・・・今日、定例会あるから、一学期に作った議事録、渡しておきたくて・・・いいですか?」


その言葉で、今日が二学期最初の定例会だということを思い出した。


秋季大会が目前に迫っていて、朝練と夕練で授業以外はバスケ清けの毎日を送っていたので、クラス委員の役割についてすっかり頭から抜け落ちていた。


「あ、ほんとだー。引継ぎして貰うつもりだったのに・・・・・・ごめんね!放課後すぐ部活行っちゃって」


三年生が引退しても、新一年生が入って来るまで、雑用仕事は無くならない。


入学してからの愛果はずっと時間に追われている。


申し訳ない、と両手を合わせた愛果に、恵がぶんぶん手を顔の前で振ってみせた。


「あ、いえ!大丈夫です。委員長の朝長くんが流れは分かっているので、不明点は聞いてください」


「ありがとうー!助かる!・・・・・・ってか、涼川さん・・・・・・」


「は、はい」


「同い年なんだし、敬語要らないんだけど・・・?」


遠巻きにされるのは寂しいし、タイプは違えど同じクラスメイトなのだ。


恵にとって愛果のような女の子はあまりお近づきになりたくないタイプなのかもしれないけれど、この先ずっと敬語なのは困る。


「あ、は・・・・・・うん・・・」


照れたように言い直した恵が、持っていた議事録を愛果に差し出した。


受け取って開くと、事細かに一学期の定例会の内容が記されている。


恵の性格を伺わせる几帳面な文字は、愛果とは真逆のものだ。


「わー・・・すごい丁寧に纏めてくれてる・・・・・・ありがとう。これ見たらどうにかなりそう!」


「あの、私も今日の定例会は、生徒会役員で出席してるので、何か困ったことがあったら言って・・・・・・ね」


「え!?涼川さん、生徒会入ってるの!?」


「まじで!?」


「えー知らなかった!もしかして自分で立候補したの?」


愛果の側に居た女子生徒が揃って目を丸くする。


全くの初耳情報だ。


生徒会役員なら、議事録がこうも分かりやすく記されているのも納得できた。


「あ・・・・・・えっと・・・無理やり・・・その・・・姉のことを知ってる先生に呼ばれて・・・」


「ああーそっか・・・・・・お姉さん元生徒会長だもんね・・・」


「大変だねー涼川さん」


目立つ姉を持つと、そうではない妹は苦労させられるだろう。


苦笑いを浮かべた恵が小さく頭を下げる。


「はは・・・・・・慣れてるので・・・あの、じゃあ、何かあれば・・・」


「うん!ありがとね!朝長にも見せて・・・・・・あ、戻って来た、朝長ー!」


食堂に行っていた朝長がクラスメイトたちと談笑しながら教室に入って来る。


受け取ったばかりの議事録を持ち上げて、これ見てーと呼びかければ、逃げるように恵は自席に戻って行ってしまった。


「ん?なにこれ・・・・・・ああ、議事録か!」


「朝長、記入関係全部涼川さんに任せっきりだったんでしょー」


パラパラと捲った議事録には、一つも朝長の文字が見当たらない。


愛果の指摘に、朝長が困ったように苦笑いを浮かべた。


「いやだって、涼川そっちのが得意だって言うから・・・ほら、見やすいほうがいいだろ?涼川ー助かった。ありがとなー」


「いえ!」


教室の隅から一度だけ声を張り上げた恵は、すぐに同じグループの女の子たちの会話に戻った。


「今日定例会だって。覚えてた?」


「忘れてた」


言ってくれて助かったわと頷く朝長に、同じくと頷き返す。


「だよね。私も・・・・・・会議眠たくなりそう…」


「そっち朝練始まったばっかだもんな」


「朝長はずっと朝早いじゃん」


「もう半年だから慣れたよ。俺らの席目立つから寝るなよ」


「んー・・・・・・そうしないように頑張る・・・焼きそばパンは定例会の後だなぁ」


「今日も総菜パン持って来てるの!?ほんとよく食べるのに全然太らないね、愛果」


「羨ましいわー・・・なにこの細い膝周り!」


校則違反を承知で膝上15センチまで折ったスカートから覗く膝頭をくるりと包み込まれる。


「ちょ、くすぐったいよ!」


女友達の手のひらを押さえながら身を捩ったら、朝長が思い出したように口を開いた。


「長谷がいっつも食べてるやつ、俺も買ったけどあれ美味いな」


「でしょ?部活前に食べると結構持つよ、お勧め」


お弁当は夕練前には消化されてしまっているので、部活の前には必ず総菜パンを食べるのが愛果の癖だった。


二人の会話を聞いていた女友達が、雑誌のメイクグッズ紹介のページを真剣に読み込みながら呆れた口調で言った。


「喋ってる内容が男子高校生だよあんたたち」

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