第5話 言い伝え

『一日に十人食ってやろう。』

とその竜は言いました。

なんとしても、竜に食われてはなりません。

魂まで消滅してしまうからです。

竜は、逃げ惑う人々を捕まえて、一人一人飲み込んでいきます。


そこへ、リューク・サデリンは立ち上がりました。

『お待ちなさい、竜よ。人々を食べるのは止めるのです』

『俺とて食べねば飢えて死ぬ。お前ら人間だって食べるだろう』

『それでは、竜が飢えぬように山には果物を沢山実らせましょう。人々を襲わないと約束できますか?』

『それならば約束しよう』


一度は山へ帰った竜でしたが、人の味が忘れられません。

十日が経った頃、またしても人々を襲いました。


『約束を破りましたね』

リューク・サデリンは竜を人間に変えてしまいました。

人間になった竜は人間を食べる事ができなくなりました。

なぜなら、竜は竜を食べないからです。


こうして世界に平和がもたらされました。

今でも年に一度、ヒト化を披露し、魔法使いを讃える祭典が行われるようになりました。





✳︎ ✳︎ ✳︎





「いいか、俺は人なんて襲ってないぞ」

「じゃあなぜ成敗されたのかしら」

というと、明らかにベルヴルムはムッとした。

「匂いを嗅いでいただけだ。魔力の高いものの匂いを嗅ぐのが俺の食事なんだ」

「か、変わったお食事ね…」

では、言い伝えは嘘なのか。


「なんだよ、お前だって腹は減るだろう」


それは減るけれど…匂いで満腹になるのか疑問だ。

はあ、とため息をつく。


「匂いを嗅いでるのが襲っているように見えたんだろうよ。人間は何でもでっち上げるからな」

「それは、私の祖先がごめんなさい」

頭を目一杯下げた。

「ん、分かればいいんだよ」


私だってモーネを人にした。

挙句本人の意思と関係なく寿命を譲渡した。

全て人間の身勝手だ。

強制されたからと言って、私に王太子を糾弾する資格はない。


しゅんとして俯いていると

「まあ、なんだ。分かればいいんだよ、わかれば」

と上から声がした。

「いえ、サデリン公爵家が毎年ヒト化した生命は数えきれないでしょう。その血を受け継ぐ私は責められて当然なのです」

目を瞑って肩を落とす。

「あれ、あれだぞ、意外と人間って快適だからな!竜はほら、デカいし動けば何かにぶつかるしで…」

そっと肩に手が当てられる。

とっても遠慮がちだ。

「ベルヴルムって…」

「なんだよ…」

「いえ、思ってた感じとあんまり違うから…びっくりして」

と言ってくす、と笑った。


「ん、笑った顔の方がいいぞ、お前」

さて、と言って動くとそれだけで風を孕む裾。


「我が王宮に案内しよう」

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