第4話 死と出会い

足を組んで、つまらなさそうに眺めている王太子は言った。

「君の姉を殺せと命じたのは私だ」

詠唱が乱れる。


(そうだろうと思った)


「私は被害者だよ、ミネルヴァ。犯さなくていい罪を犯した。モーネともっと早くに出会っていればこんなことには…」

役者さながら切ない表情で言った。


姉は何のために殺されたのか。

私は何のために死ぬのか。


そして、モーネは何のために生きるのか。




詠唱が終盤に差し掛かる頃、モーネがみじろぎ一つした。

その時、あたりが白い光で包まれる。

私の声だけが反響している。

モーネが懸命に腕を上げようとしているようだった。

ピンクの髪がぶるぶると震えるけれど、強力な波動の中では動くことは叶わない。


--そして、私は詠唱を終えた。


ふうっと意識が遠のく。

命が尽きていく音がする。

それは耳の奥で虫が這っているような音だった。


白い光が割れる。

粉々に砕け散った白い破片が辺りを浮遊して消えた。

私の消えていく命と共に、モーネを囲っていた波動が消える。




ピンクの長い髪の毛が揺れる。

まるで踊っているかのように軽やかに、王太子へと歩み寄った。

王太子は、腕を広げて彼女を受け止めた。





✳︎ ✳︎ ✳︎





すり、と頬に何かが触れる。

目が覚めると黒い髪が覆いかぶさっていた。

慌てて飛び起きて

「!!!?????」

声にならない声で絶叫して後ずさった。


その人は立ち上がって近づいてくる。

八重歯を覗かせて言った。

「目が覚めたようで何より」


長身の男性は、袖が無いのに裾はスカートのような変わった服装をしている。

乱れる息を整え、男性に向き直る。

「あ、貴方は?」

「うん?俺?俺は…ベルヴルムだ」

「ベルヴルム…って…うそ…」

「嘘を言ってどうする。サデリンのご令嬢」

「!!!!」

「なぜ分かるという顔だな。俺をヒトにしたサデリンの匂いがする」

指を指す、彼のその爪は黒く長い。

ベルヴルムといえば、世界で初めてヒト化した竜の名前だ。


「この名前は嫌いだ。お前の祖先が勝手につけただけだからな。だが便利だ。今では皆が俺をそう呼ぶ。癪だがな」

私は警戒を解かない。

「そう警戒するなよ、サデリンの。俺は名乗ったぞ。お前の名前は?」

「ミネルヴァ・サデリンと申します。お会いできて光栄です」

と言ってハッとした。

「私!私は…禁断の魔法を使って死んだはずです…」

「おー、そうみたいだな。安心しろ、しっかり死んでるぞ、お前」

「ここは…一体…?」

「ここか?冥府と現世の境目だ。ここは半端な魂が集まる場所。俺と」

自身の胸に当てられた親指、そして人差し指を顔に向けられる。

「お前みたいな、な」


歩みと共に空気を含む裾。

私の顎をくいっと上げた。

「…いい匂いだ」

「!!!!!???」

私はベルヴルムというその人を突き飛ばす。

「変態!変態だわ!」

ドッドッドッと心臓がうるさく鳴る。

「一応、俺はこの曖昧な世界の王だ。その俺を変態呼ばわりか、サデリンの」

「"サデリンの"はおやめください」

彼は斜め上を見て、うーんと考えた。

「…ミネルヴァ」

「もしかして一瞬忘れました?」

「むっ忘れてなどいないぞ」

「左様でございますか?」

言って思いっきり首を傾げてやった。

「馬鹿にするんじゃない!ミネルヴァミネルヴァミネルヴァ!!!」

「喧しいですわ」

「かわいくない女だな!あのサデリンとおんなじだ!」

竜だったという彼は、大変に人間らしかった(?)

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