07話
どこだろここと内で呟く。
や、七美が隣にいてくれているから不安というのはないものの、初めての場所が気になっていた。
自宅から学校までとコンビニとかスーパーまでしか基本的には行かないからこういうことになる。
「なにそわそわしてんの?」
「初めての場所だから」
「ま、別に変なところに連れて行こうとしているわけではないから安心しなさい、ただ歩いているだけよ」
「うん、七美がいてくれれば大丈夫だよ」
途中で人が全然来ていなさそうな神社なんかを発見してお昼なのに不気味だななんて漏らしたりもした。
ただ、地元ですらこんな感じだから他県に旅行をしに行くまえに県内を見て回ってもいいかもしれないなんて考えになっていた。
というか、知らないままで終わりたくない、せめて自分の住んでいる市ぐらいは詳しく知りたいものだ。
「ここら辺まで歩けば十分ね、戻りましょう」
「あそこに座れるみたいだからちょっと座っていかない? 川を見ながら話せたら落ち着けそう」
「分かったわ」
ベンチの周りは草がしっかり刈られているから虫に襲われるなんてこともない、気にせずにゆっくりと話すことができる。
先程も言ったように時間もまだお昼頃だから暗くなる心配もない、それは帰りも同様だろう。
「今更だけどいきなり誘っちゃってごめん」
「別にいいわよ」
「受け入れてもらえて嬉しかった」
「ふーん」
おお、少し離れているところでは魚釣りをしている人がいた、川に入るのも怖いからできないけど近くにいたらなにが釣れるのかを聞いてみたいところだった。
それと気をつけてくださいと内で言っておく、死んでしまったら楽しいこともなにもできなくなってしまうからそうだ。
意識を戻すと彼女は器用に頬杖をついてずっと前を見ていた、なんとなく真似をしてみたものの、辛かったからすぐにやめた形になる。
「やっぱり迷惑だった?」
「別に」
「でも、つまらなさそう」
帰りたいということなら残念だけどそうしてもらうしかない、無理に頼んだところで心はここにはないから虚しくなるだけだろう。
「はぁ、勝手に悪く考えるんじゃないわよ、迷惑とかつまらないならここに座らないで帰っているわ」
「じゃあなんで……」
「なんでか、多分、一年が終わるからじゃない? しんみりとした気持ちになっているのよ」
いやこれは嘘だ、優しいから少なくともいまだけはそういう風にして片付けようとしているだけだ。
となると、私が言い出さなければ家に帰ることができないというわけで、渋々立ち上がる。
「付き合ってくれてありがと、一時間ぐらいは一緒にいられたから――わっ」
「だからそういうのじゃないわよ、いいからじっとしていなさい」
そうだ、今日は合流したときから全く顔を見てくれていない、そういうのもあって帰る選択をしようとしたのに本人のせいで無駄になった。
彼女限定で普通ではいられなくなってしまうから一緒にいてくれるということであればもうちょっと柔らかい感じでいてほしい。
「空生って名前で呼ぶわ」
「よく名前を覚えていたね」
「最近出たばかりじゃない、それにそれがなくても覚えているわよ」
こちらの腕を掴んでから「ずっと席も前後なんだから」と。
初期の配置からは変わったものの、それからは一度もしていないからそういうことになる。
まあ、どこでもいいと言えばどこでもいいけど、彼女とすぐに話せるような距離を気に入っているからできればそのままの方がいい。
背中を見るのが好きなのだ、丸まっていたりすると微妙なんだなと分かるし、ぴしっと決まっていると好きな授業なのかと分かるからだ。
「私の方から動かないとすぐに不安になって変な行動をし始めるからこれは仕方がないことなのよ」
「はは、それでも嬉しいよ」
どんな理由からであっても名前で呼び合えるというだけで嬉しい、友達としてであっても仲がいいように見えるからこのまま続けてもらいたい。
「あとなんか今日のあんたはいい匂いがするわね、シャンプーとか変えたの?」
「ううん、いつも通りだよ、香水とかに頼ったりもしないよ」
消臭スプレーをまいてきたというわけでもないから本当にいつも通りだ、柔軟剤に関しても同じことになる。
「ふーん、これは主にどこら辺から出ているのかしら……」
「私自身がそうならここからっ、というのはないんじゃないかな」
「ふーん」
い、いや、なんか恥ずかしい、このなにもしていない今日だけがいい匂いということならこれまではどうだったのかと不安になっていく。
それぐらいのことで影響を受けるのだからもう少し考えて行動をしてもらいたいところだった。
「さてと、そろそろ帰るわよ、お腹が減ったわ」
「じゃあ私が作るよ、多分、頑張ればなんとかなると思う」
「え、飲食店でいいわよ」
「駄目っ、いいから行こうっ」
積極的にやっていくと決めたのだ、こんなところで遠慮なんかはしない。
何故か引きつったような顔をしていたものの、付いてきてくれているから大丈夫ということにしておいた。
「あれ、お肉がついたおかげかな、この時間に外にいるのに全く寒くないや」
「ぐ、ぐるじ……」
「ああっ、温かい久保さんを抱きしめていたからかっ」
「静かにしなさい」
「そうだよ杉本ちゃん、さすがに静かにしないと怒られちゃうよ」
ちなみに父に付いてきてもらっているから女の子だけで危ないなんてこともないうえに暗闇が怖いということもない。
ただ、少し気になるのか離れて歩いていたからそこまで下がった。
「お父さんごめんね」
「気にするな、それより友達が増えたんだな」
「うん、楽しくやれているよ」
「よかったな」
その点は真っ直ぐにそうだと言える、ただ、偏り出してしまっているためそこでは悪いことだと言えた。
まあ、悪いのは私だから自分がなんとかすればいいものの、簡単にはできなくて苦労しているところだ。
「大きいですね」
「あ、ああ、身長は昔から大きめの方だったな」
最近、陽子のキャラが安定していなかった、が、別にだから七美ばかりを優先しているというわけではないけどね。
「それにがっしりとしていて格好いいです、私の父にも見習ってほしいぐらいです」
「きみのお父さんにはお父さんのよさがある、冷静に見てみれば沢山のそんなところが見えてくるはずだ」
「え、すぐにお酒を飲んで酔っ払って大声を出してしまう父でもですか? 母に意見を言うのが怖くてお酒のパワーに頼ってしまう父でもですか?」
父はお酒を飲んでも普段通りだからレアなのかもしれない。
「き、きっとそうだ、それに少量であれば酒は体にいい」
「今度見に来てください、私がこう言った意味、よく分かると思います」
「娘の友達の家に行くのは問題だと思うが……」
「ふふ、気にしなくて大丈夫ですよ」
昔から仲がいいならともかくとして、仲も良くない状態で行くと問題になりそうだったからその場合は止めようと決めた。
「こら、迷惑をかけないの」
「あいたっ、だ、だって羨ましかったんだもんっ」
「あんたのお父さんも優しいじゃない」
「で、でも……」
「隣の芝は青く見えるというやつよ、忘れなさい」
やっぱり七美の存在は大事だ、こういうときに止めてくれる存在がいてくれるというのは大きい。
ただ先輩はと確認してみた結果、一人で前の方を歩いていて心配になったから近づいた。
「先輩?」
「うわーんっ、みんな私のことを放置するよーっ」
「い、いますよここに」
「もう久保ちゃんから離れないぃっ」
大丈夫、もうすぐ目的地には着くからみんなが近くにいてくれる。
それでも不安ということなら私が側にいればいい、役に立てるのであれば嬉しいからね。
「お疲れ、後は私に任せな」
「嫌だぁ、私は久保ちゃんから離れないぞぉ」
「いいからこっちに来なさい、杉本、手伝って」
「おーけー」
ああ、連れて行かれてしまった……。
別に迷惑ということでもなかったからよかったのに、こちらとしては温かくて助かっていたぐらいだった。
「お父さん寒くない?」
「ああ、空生は大丈夫か?」
「大丈夫だよ」
すぐに三人が戻ってきたのはいいけどいつものように陽子に先輩がくっついてしまっていたものの、二人とも楽しそうだったから余計なことを言わずに黙っておく。
でも、私だってああいう風に友達として求めていたはずなのに変わってきてしまっていることに引っかかってしまった。
「自動販売機があったから温かい飲み物を買ってくる」
「それなら私も行きます、あ、先輩も付いていきますけどいいですか?」
「いや、ここに残ってくれればいいぞ」
「駄目じゃないのなら行きます」
「そうか? じゃあ空生、すぐに戻るから待っていてくれ」
頷いて七美の方に意識を向けるとこちらを見ていた二つの目と合った。
「よく付いてきてくれたわね、あんたのお父さん、私が同じ立場だったら絶対に付いて行かないわ」
絶対にないと断言できる、むしろ頼まれていなくても「付いて行くに決まっているじゃない」と言ってしまうような子だ、ここで意味のない嘘をついてしまうのは褒められ慣れていないからだろう。
「うーん、やっぱり大人としてという方が勝ったんじゃないかな」
「あ、でも、この前泊まったあれで話しているからそこは違うか」
「みんなすごいよ、私じゃできないことを平気な顔をしてしちゃうから」
仲のいい七美のお母さんやお父さんとだって会話をするとなれば緊張してしまう、もっと仲が深まれば彼女のお家に行くことが増えてそんな情けないところを晒してしまう可能性が高かった。
「あんたじゃできないことってなによ?」
「え、そんなのいっぱいあるけど、分かりやすいものを一つ挙げるとすれば七美の笑顔を引き出せないということかな」
「別に笑うけどね」
うん、意地悪をしているときは笑う、もうMだった方が幸せだったのかもしれないなんて馬鹿なことを考えることもあった。
「でも、もっと笑ってほしい、呆れた顔か怒った顔しか基本的に見られないから寂しくなるときもある」
「いー、どう?」
「なんか不自然」
作られた笑みに意味があるのかどうか、それとも妥協をして満足しておくべきなのだろうか。
求めれば求めるほど余計に見せてくれなくなりそうだ、彼女のことだからその可能性の方が高い。
「ははは、そんなの当たり前じゃない、寧ろ作り笑いが上手すぎる人がいたら困ってしまうわ」
「珍しく意地悪をしていないときなのに笑った……」
「は? はぁ、だから笑うって――あ、戻ってきたわね」
三人が戻ってきたことよりもそのことが気になってしまっていた。
とはいえ、さすがに年が変わる頃にはそちらに切り替わっていたから問題はなかったけどね。
「七美と会うのは禁止だよ、今日は私と一緒に過ごしてもらう」
「うん、どこに行こうか?」
「うぇ、あ、そうだねぇ……映画とか観に行っちゃう?」
「分からないから陽子が教えてくれるなら行く」
「よし、レッツゴー!」
お年玉も貰えたからお金には余裕がある、映画代ぐらいだったらなんにも痛くはないから構わなかった。
映画館に向かっている最中、陽子が凄く楽しそうに見えたから聞いてみると「一人で行くと寂しかったから付き合ってくれてありがたいよ」と、どうやら七美にも先輩にも断られてしまっていたみたいだった。
「おお、人気だからどうか不安だったけど隣同士で座ることができるみたいだね」
「よかった、せっかく一緒に来ているなら離れたくないからね」
「うんうん、そうだよね」
陽子はポップコーンやジュースを買っていたけどこちらは買わなかった、気にして食べるよりも映画を観た後にゆっくり気にせずに食べられる方がいいからだ。
「おお、大きい」
「だね」
「そうね」
「「ん? え……」」
七美の声が聞こえてきて見てみれば何故か隣に座っていた、奥には先輩もいた。
私はそのことよりも先輩とこそこそ二人きりで行動していることの方が気になったものの、こちらも同じようなものだから強気で対応ができないのが残念だった。
「こんな偶然もあるのね、ちなみに先輩もいるわよ」
「やっほー、場所が場所だから小声だけど終わったら楽しもうねー」
……とりあえず映画を見終えるまではこの複雑さは忘れることにする、と言うよりも自然と勝手にそうなった。
やはり大きい画面というだけでわくわくするものだ、一緒にいるのにお喋りをしないというのも面白い。
「馬鹿、なに杉本と勝手に行動してんのよ」
いきなり耳元で話しかけられて少し驚いたものの、先程のそれが戻ってきてベタで迷惑な反応をすることはなかった。
上映中にそんなことにはならなくてよかったと思う、多分、叫んでいたら一発で出禁になっていたと思う。
「そっちこそ、なに先輩とこそこそ一緒に行動しているの?」
「終わったら逃げないように」
「そっちこそね」
中盤から終盤まではお互いに集中をして、出られるとなったらすぐに七美の腕を掴んであとにした。
「ま、ネタバラシをしておくと杉本が考えたことなのよ」
「陽子が考えたこと?」
「ああいう形で集まろうってね、知らなかったのはあんただけね」
もちろん嬉しい情報なんかではない、私に言いづらいことなら最後まで言わずに三人だけで楽しめばいい。
知らない方がいいことだってたくさんあるのだ、やはり彼女は優しくもあり意地悪な子だと言えた。
「なんでそんなことを……、私が嫌なら三人で行けばいいのに」
「違うわよ、ま、それもあんたに構ってもらおうとした結果なのよ」
「そうだよ久保さん」
「普通に話してもらって普通に誘ってもらえた方が嬉しいよそれなら」
子どもだとか言われてもいい、納得のできないことだったから落ち着かせるために一人で行動を開始した。
目的地はもちろんあのお気に入りの場所だ、いまはそういうパワーに頼られないとやっていられないというやつだった。
「なに勝手に拗ねてんのよ」
「付いてこないで、二人と一緒に遊んだらいいよ」
まさか遊ぶ約束をしたことが逆効果になるとは、これならまだ母や父と家でゆっくりしていた方がマシだ。
やはり求めすぎると駄目になることは確定みたいで、一気に悪く見えてきて……。
「はぁ、あんたって面倒くさいわね」
「そうだよ? 私なんてこんな感じだよ」
一応振り返ってみると「杉本の家に行っているわ、で、私の仕事はあんたを連れ戻すことね」と答えてくれたけど……。
「私はいいよ、ここである程度の時間まで過ごしたら家に帰るから」
「そ、なら私も帰ることができないわね、『任せなさい』なんて言ったのに結局連れ戻すことができませんでした~じゃあの二人に笑われてしまうわ」
「意地を張ってもいいことはなにもないよ、こんなことで風邪を引いても馬鹿らしいから早く戻りなよ」
もう新しい年になってしまっていてお休みの日も短いから長引いたら学校に行けなくなってしまう、彼女はこれまで休まずに通っているわけだから特になにがあるというわけではなくてもこれからも休みたくはないだろう。
「いま私が言ったことが聞こえなかったの? 私一人じゃ意味が――」
「七美っ、……いまは一人でいたいんだよ」
「最近は私、あんたの言うことをよく聞いているわよね? だったらあんたからしたらわがままみたいなこれを聞いてくれてもいいでしょ?」
「……直ったら今度ちゃんと聞くよ、だからいまは……やめてよ」
やめだやめ、顔を見るから相手に言い続けたら動くかもしれないという期待をさせてしまうのだ、もう今日は一切見たりはしない。
そもそも一人でいたい人間が全部にちゃんと答えるというのも馬鹿らしい、なんでこんなに簡単なことに気づかなかったのかと呆れた。
「じゃ、私とあんたの我慢勝負ね、幸い、冬休みはまだあるから余裕ね」
こ、答えないぞ、きっと連続して言葉を吐くことで私が降参するのを待っているだろうからなおさら頑張らなければならない。
ただ、そう時間も経過していない段階でなにをしているのかと今度も自分のそれに呆れてしまった形となる。
こんなことをするぐらいならちゃんと言うことを聞いて仲良くできた方がいい、でも、意地を張ってこんなことを続けているのだ。
「ふぁぁ~、あまりにじっとしすぎて眠たくなってきたわ、ちょっとあんたの膝を借りるわね」
しかし、彼女も彼女だ、面倒くさい人間なんか放って帰ればいいのにそれをしないでここにいる。
別に陽子や先輩がいるところに行かなければ連れて行けなかったという結果でも全く問題はないというのになにをしているのか。
「……風邪を引いちゃうよ」
「ま、それで連れていけるなら別にいいわよ」
「わ、分かったよ、行くから意地を張るのはやめて」
風邪を引いてしまう前に諦めることにした、私の無駄なそれよりもその方が大事だから当たり前だ。
「やっぱりいいわ、私の家に行きましょ」
「え……」
「少なくともここよりは温かいわ、ほら、行きましょ」
いや、え、いいのだろうか……?
でも、明らかに彼女のお家がある方に向かって歩いていたし、手を掴まれているとはいえそのまま付いて行ってしまっているからあまり説得力もなかった。
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