06話

「大島さんと先輩にいいようにされていたけどちゃんと食べられた?」

「うん、むしろ食べすぎちゃって動きたくないぐらいだよ」

「それならよかった、寝る時間までゆっくりしよう」


 ちなみにその二人はいまお風呂に入っている、一緒に入っているのかどうかは分からないけどいないのはそういうことだ。

 何故かこちらは先に入るように言われてしまったから入浴済みで、同じく彼女もそうだから隣に静かに座った。


「まだ早い話だけど来年もこうして一緒に過ごせたらななんて考えちゃったよ」

「私達はそれでもまだ二年生だからいけると思う、先輩はどうか分からないけど」


 大学を志望するのであれば大事な時期が近いから難しいかもしれないし、意外と気にせずに付き合ってくれるかもしれない。

 まあ、まずはなんにしてもそれまで一緒にいられるようにしておかなければ無理なことだから一日一日を頑張っていくしかない。


「久保さんもそうだけどね」

「え?」

「でも、七美が一緒にいてくれるなら久保さんともいられるか」


 違う方を見つつ呟いて一人で勝手に解決してしまって残念ながら参加することができなかった……。


「ただいま!」

「ぶふっ、なにそのサングラスっ」

「ふふ、昨日買っておいたんだよ」


 それよりも薄着で湯冷めしそうだったからお布団を渡しておいた、先輩はそれにくるまってから「サングラスを掛けたままこんなことをしているとシュールだよね」と言い、彼女はまた笑っていた。


「あ、歯でも磨きにきたの?」

「ううん、大島さんが戻ってこないから気になっただけだよ」

「順番に入ったから少し遅れただけよ」


 別に普段と変わらないのにお風呂上がりというだけでやたらと身長が高く見えた、私の背がいまよりも低かったら完全に姉妹にしか見えなかったと思う。

 似ているかどうかは別として身長差的にはそういうことになる、ただ、その方が期待をせずに済んだだろうから私的にはよかったのかもしれない。


「じっと見てきてなによ?」

「どうせここまで来たなら歯を磨いちゃおうと思って、先に客間に行っていてよ」

「別行動をする意味もないから待っているわ」


 歯を磨いている最中も鏡で大島さんの顔を見ていた、怒っていないのに無表情のときは少し怒っているように見えるそんな顔だ。

 何度も言っているように意地悪をしているときだけ笑みを浮かべるから他の方法で見たかった、けど、残念ながら無表情や呆れたような顔が多いから見られる可能性というのは限りなく低い形になる。


「お待たせ」

「ま、戻りましょ」


 戻ると先輩と一緒に陽子が寝転んでいたからこのままならここで寝るのもありかもしれない、変なことをするわけではなくても別行動をするとなると怪しまれるかもしれないからその方がいいだろう。


「すぴー、すぴー、はっ、いけないいけないっ、早い時間に寝ちゃうところだったよー」

「そのわざとらしい演技はなによ」

「だって二人だけにしておくと変なことをしそうだからさ、先輩としてそこは止めないといけないでしょ?」

「二人だけにって杉本は起きているじゃない」


 うん、寝転んでいるだけでその二つの瞳はずっとこちらを捉えている、この場合は私ではなく大島さんを、というところかな。

 こういうときだからこそ積極的になるべきかどうかをきっと悩んでいるのだ、そうでもなければ……どうだったのだろうか。


「七美、ここで一緒に寝ようよ」

「あんたが先輩と寝るならそれでもいけるわね」

「私はこうして温まるから七美は久保さんを抱きしめて温まりなよ」

「布団に入っていられればそれで十分だけどね」


 単純に諦めるしかなかったのか、そもそも最初から言う気がなかったのか、私は陽子ではないから本当のところは分からないままだ。


「余所見をしちゃう杉本ちゃんにはこうだっ」

「ちょっ、それはさすがに……」

「お腹のお肉を掴んでいるだけだよ?」

「だからこそだよっ、そうでなくても冬ということで美味しいご飯をたくさん食べてお肉がついているんだから乙女の心をブレイクするのはやめてよっ」

「ははは、分かったよ」


 まだ寝転ぶような時間ではないから母のブランケットを持ってきて膝に掛けておくことにした、これだけでも十分温かい、それに私がこうしていれば既に敷いてあるお布団に遠慮なく大島さんが寝転べるだろうからね。


「七美? ずっと立ったままでどうしたの?」

「あ、座るわ」

「大島ちゃんもこっちに入る? いま二人の体温の効果で温かいからすぐに寝られちゃうかもよ?」

「んー、まだいいわ」


 残念ながら先輩が言っていた通りになってしまった、今度は演技でもなんでもなく二人が寝始めてしまったから電気を消すことになった。

 となると、お喋りだって自由にはできないということで若干どころかかなりの物足りなさとなる。


「久保、上に行きましょ」

「ここで大丈夫だよ?」

「いいから早く、起こしてしまう前に行くわよ」


 ベッドがいいということか、彼女のその発言で物足りなさも何故か少なくなったから助かった。


「そういえばあんた暗いのに大丈夫なの?」

「あ、忘れていたよ」

「なにそれ、適当ね」


 でも、意識させられたら分かりやすく戻ってくるから微妙だ、そのうえ、もう電気を点けるつもりはないみたいだから徐々に悪くなっていく。


「意地悪がしたいわけじゃなくてもう眠たいのよ、だから寝させてもらうわ」

「うん、おやすみ」

「おやすみ」


 寝転んでいたら勝手に眠気がやってきてくれる、そう信じて寝転んでいたけどいつまで経ってもきてくれなかった。

 クリスマスイブに集まれたというそれが邪魔をするのだ、そのため、暗闇から逃げるためにリビングまで移動をしてきた形となる。

 両親は遅くまでここで過ごすことはないから邪魔ということもない、適当にテレビを点けたり、なんとなくソファ周りを掃除してみたりとやれることはいっぱいあってその点はよかった。


「あ、久保さんだったんだ」

「よく開けられたね」

「うん、ちょっと気になっちゃってね」


 メンタルが強いつもりの私でも一人のときにリビングの扉を開けることはできる自信はなかった、ただ多分、相手のご両親的にも怖いだろうからしない方がいい。


「起きたら七美も久保さんもいないから驚いたよ、先輩は器用にこっちを抱きしめながら寝ていたしさ」

「大島さんはベッドじゃないと寝られないんだって、だからあの後すぐに私の部屋に移動したんだ」

「移動したはずの久保さんがいるのはなんでなの?」

「暗いところで怖かったのと、物足りなかったからだよ」


 まだ二十二時前というのも影響しているものの、やはり怖さや物足りなさの方が大きかったことになる。

 集まることを決めたのであれば早く寝ないでもう少しぐらいは付き合ってもらえないと困ってしまうわけだ。


「それならいまからお菓子を買いに行かない? あっ、手を繋いでおけば怖くないでしょ?」

「わ、分かった、行こう」


 誰かが側にいても怖いことには変わらないことはこれまでのことで分かっている、それでも一人では行かせられないから付いて行くことにした。

 複雑さなんかもあるから甘いお菓子でも食べてなんとかしたいというのもあった、一緒に食べられたらもっとよくなるのではないだろうか。


「はは、こんな時間に出ることってほとんどないからわくわくするよ」

「あ、歩くのが速いよ」

「え、そう? じゃあこれぐらいかな?」

「うん、それぐらいなら大丈夫」


 お気に入りの場所ぐらいコンビニが離れていなくてよかった、近ければさすがに高校生ということもあって耐えられる。

 店内には意外とこの時間なのに人がいて落ち着けた、でも、お菓子を買って外に出たらすぐに戻ってきたけど……。


「ふふふ、久保さんは共犯者だよ、あと、お肉が増えたときも安心だね」

「多分、そうやって考えていると余計に太ると思う」

「ぎゃっ、も、もうやばいかもしれない……」


 うん、私達にとってやばいのはお菓子による脂肪蓄えのことではなく玄関のところで待っていた大島さんだった。


「お金を払うから私にも食べさせなさい」

「三人で仲良く食べよう、先輩には内緒ね、ふふふ」

「ふっ、いいわね」


 あーあ、意地悪をするときだけ出てしまうというアレがまた……。

 陽子は慣れているのかスルーしてしまっていたから少しだけつねって注意をしておく。


「いたたたっ、つ、強く引っ張りすぎだよっ」


 限界があることを分かってほしい、そして限界を超えてしまえばグロ動画みたいになってしまうのだから気をつけてほしい。

 なんてことはないただの頬を気に入りすぎだ、そんなに引っ張りたいなら自分のやつを引っ張っておけばいいのにと実際に言っておいた。


「暗いところが苦手なくせに無理すんな」

「美味しそう……」

「「え?」」


 さすがに意味不明過ぎて二人で固まった、で、陽子もそれが分かったのか「久保さんのほっぺたってもちもちしていて美味しそうだよね、このお菓子とどっちがいいんだろう」と更に変なことを重ねてきた。

 やはり大島さん相手に自分のしたいようにできなくて限界がきているということなのだろうか、私にできることならやってなんとかしてあげたいところだけど残念ながら思い浮かばない……。


「友達が壊れてしまったわ、クリスマスのパワーというのは恐ろしいものね……」

「ちょっとちょっと、壊れた発言はあんまりだよ」

「いいから食べなさい、食べれば落ち着くわ」


 半分ぐらい渡してからゆっくりと食べ始めた、甘い物を選んだのは正解だとすぐに分かった。

 しょっぱいお菓子も好きだけどやはり甘い物で出来上がっていると思う、そういうのもあって完全に普段通りに戻れたから安心して寝られるというものだ。


「冬は蓄えるときだからいいんだ、それに太っても運動をすればいいもん」

「そんなに簡単に太らないから安心しなさい」

「七美はなにも分かってないよ、はは、細い子には言われたくないね」

「どんなキャラよ……」


 笑みを浮かばせるのが私だけできていないというわけではなくてよかった。

 でも、陽子でもできないとなるとやばいような気もしていた。




「あれ、久保は?」

「いまさっき外に出て行ったよ、目的地は言っていなかった」

「は? はぁ、昨日の夜といい言わずに行動をするのが好きなようね」


 すれ違いになるかもしれないからいちいち探しには出なかった、と言うより、行く気がなかったと答えるのが正しい。


「で、なんであんたは先輩に腕を引っ張られてんの?」

「なんかこうすると落ち着くんだって」

「まあいいわ、戻ってきたらご飯でも買いに行きましょ――問題児が帰ってきたみたいね」


 やたらと大きな袋を持っていたから聞いてみると「みんなのご飯を買ってきた」と答えてくれたけど……。


「お肉だからみんなも食べられるよ」

「ありがたいけどせめて言ってからにしなさいよ」

「でも、話し合ってから出るよりも早くていいかなって、みんなは私と違って寒いのがあんまり得意じゃないから」


 得意というわけではないものの、彼女一人に任せるぐらいなら付いて行った方が精神的に楽だった。

 そういうのもあって意地を張っていた自分、ただ、ちらちらちらと見てくるものだから結局すぐに食べることになった。


「ごちそうさま! やっぱりお肉はいいねぇ」

「やばい、私ちょっと物足りないかも」

「えぇ!? やばいよ杉本ちゃん、昨日の夜の分もまとめて襲いかかってくるよ」

「ぎゃあ!? ちょっと運動してくるぅ!」

「えっ、あっ、なんか心配だから私も行ってくるっ」


 いや、私達が行かなければならないのは学校だ、今日までは学校があるからそういうことになる。

 ただあの二人、荷物を久保家に持ってきていたわけではないから取りに帰っただけのようにも見えるかな、と。


「大島さんは足りた?」

「朝から寧ろ重いぐらいね」

「ごめん、美味しそうだったからこれにしちゃったんだ」


 ごめん、買ってきてもらった身として勝手過ぎる発言だ、でも、そうやって分かっていてもとりあえずそういうことにして自分の言いたいことをぶつけたかった。


「つか、まだ六時になるぐらいで暗いのになにしてんのよ」

「さっきも言ったけど自分が動いた方が早く済むから」

「私としては一緒に行けた方がよかったけどね」

「自分で選びたかったよね、後悔はしていないけど話し合うべきだったか」


 駄目だわ、多分このままだと延々平行線になる。

 とりあえず空になった容器を洗ってから捨てて洗面所に逃げてきた。

 コップも歯ブラシも学校の鞄や制服など全部持ってきているからこういうときに困ったりはしないのはいい。


「ただいま」

「あっ、こ、これは……」

「朝からどれだけ食べるのよ」

「美味しい食べ物を食べるともっと食べたくなっちゃうんだよね」


 まだ早いけどだらだらしていても仕方がないから制服に着替えることにした、あ、もちろん客間で着替えさせてもらったから見せたというわけではない。

 終わってからは特にやることもなくなってしまったから未だにもぐもぐと食べている彼女を見ておくことにする。


「七美……でいい?」

「そもそも駄目なんて言っていないのに勝手にやめたのがあんただけどね」


 そうよね……? 名前で呼んできたときにぼそっと吐いたけどそれにしたって止めるような言葉ではなかったはずだ。

 それだというのに翌日からは元通りだった、触れてくることだってあれからは一切してきていない。

 正直、中途半端なのは彼女の方なのだ、が、自覚がないから微妙なことになる。


「七美、冬休みも一緒に過ごしたい」

「連絡先を交換したでしょ、どうせ暇だから遊びたいときに連絡すればいいわ」

「うん、ありがとう」


 ありがとうとかそういうことが聞きたいわけではないんだよなぁ……。

 でも、全部言って求めるのはやはりキャラ的に違うからもう一度あのモードになってくれるのが手っ取り早いと言える。


「最近は少し前よりも七美と一緒にいたいと強く思っている、だから付き合ってもらえないと寂しくなる、期待をするべきじゃないって言い聞かせているのについつい期待しちゃうんだ」

「期待ね」

「でも、陽子を見る度にやっぱり気持ちがあるんじゃないかっていつもの妄想癖も止まらないんだよ」


 杉本か、普通にまだくっついてきたりするけどどうなのだろうか。

 ま、別にあってもなくても構わない、適当でないのであればちゃんと向き合わさせてもらうだけだ。

 それでももし杉本よりも彼女が先に動いたとしたら、そうしたらまあ……うん。


「先輩は?」

「うーん、先輩は陽子に興味を持っているようなただのお姉さん的な人のような……というところかな」

「もしあんたに告白をしてきたらどうする?」

「うーん、先輩は魅力的な人だけど私は七美に求めてもらいたいな」

「それは答えになっていないじゃない」


 質問に質問で返したようなものだろう、だから解決には繋がっていない。


「あんたも制服に着替えなさい、膨れたお腹で酷いことになりそうだけどね」

「お腹なら大丈夫だよ、普段からあれぐらいは普通に食べるからね、ほら」

「むかつくわ」

「す、すぐに着替えてくるねっ」


 ま、身長が低いのに太っていたら気になるだろうから細くてよかったか。

 そう時間もかからない内に戻ってきたけど先程までの余裕がなかったから聞いてみると「お菓子も食べておけばよかった」と言われて呆れた。


「まだ全然早いけど行こ、学校の前に少しあそこで過ごしましょ」

「え、いいの?」

「うん、だから行こ」


 下りてきた彼女の母にちゃんとお礼を言ってから家をあとにした。

 もう十二月も終わるというのと、まだ時間が早いということで冷えたけどそこまで気になったりはしなかった。

 それどころか少しテンションが上がっているかもしれない、認めたくないとかそういうことはないから認める、彼女のおかげだ。


「早起きをして学校に行かなくていいから楽よね」

「でも、安定して七美達と会えなくなるのは寂しい」

「だから連絡をしてくればいいのよ」


 誰にも呼ばれなければぐうたらしているだけだから呼んでくれた方がいい、彼女でも杉本でも先輩でも、家から出るような理由がほしかった。

 朝から晩までずっといたいとかわがままを言うつもりはないから一時間だけでもいいから付き合ってもらいたいところだ。


「手、繋ぎたい」

「ま、温かいからいいわよ」

「七美の手って身長の割に小さいよね」

「女なら小さい方がいいんじゃない、知らないけど」


 異常なレベルでなければ大きかろうが小さかろうがどちらでもいい。

 ただなんとなく気に入らなかったから一瞬だけ強く握っておいた、そうしたら「いたたたっ」といつものように分かりやすいリアクションを見せてくれたから満足できたのだった。

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