05話

「あ」


 後ろから話しかけるよりも紙に言葉を書いて渡した方がいいと考えた自分、ただ、コントロールが悪すぎて大島さんの後頭部にぶつけてしまった。

 すぐに謝罪をするために移動したものの、何故か全く怒ってこなかった。

 心配になっておでこに触れてみても通常のレベルだったから風邪を引いているというわけではないことはすぐに分かったけど……。


「なによ?」

「考え事でもしていたの?」

「まあね、もうちょっとでお小遣いを貰えるからなにを買うかを考えていたのよ」


 なんでもないと吐いて静かに紙を回収してから席に戻る。

 いまので生きていられる時間が一時間ぐらい減った気分だった、怒られなかったのもいいことなのかどうかは分からない。


「あ、そういえば杉本の誕生日がもうくるのよ」

「陽子の? それならなにか用意しないといけないね」


 彼女との時間が一番だろうけどそれだと自分が動いたことにはならないからなにかいい物を探してこなければならない。

 とはいえ、ジュースのお金もまだ受け取ってもらえずに返せていないから丁度いいのではないだろうか、誕生日プレゼントという形でなら多分緩んで受け取ってくれるはずだ。


「そうだわ、欲しい物があるけど流石にそっちを優先しないとね」

「それならその欲しい物を教えてよ、一万円とかしないなら買ってあげられるよ?」

「嫌よ、誕生日でもないのに買ってもらおうとするわけがないじゃない」

「そこはほら、普段お世話になっている分の――」

「嫌よ」


 ……まったく、ここまで難しい子は人生で初めて出会ったことになる。

 だったらなにか要求をしてもらいたいところだ、なんにも求めてこないとそれぐらいの仲だと言われているような気がして嫌だった。

 そういうのもあってこそこそ行動をするつもりがない私は陽子を頼ることにした、あの頑固な女の子にもなにか絶対に渡せるようにしたい。


「お、あくまでそれがメインだけど私も貰えるってことだよね?」

「あくまでメインは陽子に対して、だからね? だから終わった後に協力してほしいんだよ」


 年内中にお礼がしたいだけだからそういうことになる。


「メインは私か、うーん、だけど七美に求めるよりもやりづらいところがあるかな」

「もう八ヶ月は一緒にいるんだから大丈夫だよ」

「ほー」


 友達に求めることができるレベルであれば私だってちゃんと応えられる、少なくとも言わないで終えるというだけはやめてもらいたかった。

 そういうことであっても求められて安心したい、ここで求められなかったらもっと仲良く云々のあれも嘘のように思えてきてしまうから後の私のためにも大切なことなのだ。


「欲しい物は特にないんだ、だから久保さんに求めるとしたら一緒に過ごしてとかそういうことかも」

「それなら私でもできるね」


 いやいや、一緒に過ごすことならいまだってできているわけだから駄目だろう。

 でも、もっと違うのを考えてなんて言うのは勝手で、とりあえず自分でもできると言うしかなかった形になる。

 というかこうしてほしいという考えがないだけなんじゃ、おまけ的存在だった私に対しては当たり前と言えば当たり前なのかもしれないけど……。


「あ、七美と仲良くしてもらうっていうのもいいかも」

「陽子は大島さんがいいんじゃないの?」

「や、人として魅力的だよ? でも、なんだろう、うーん、伝え方が難しいなぁ」

「勝手に名字を出して勝手に振るんじゃないわよ」

「はは、ごめんごめん」


 こうしてすぐに来たりするから余計なことを言いたくなってしまうわけで、私に余計なことを言われたくないのであればもうちょっと考えて行動をするべきだった、なにを言われても構わない、調子に乗っていたらぶっ飛ばすだけというスタイルであればあまり関係はないのかもしれないけどね。


「というかね、頼まれて来られるのはごめんよ」

「お、じゃあ久保さんの意思で来るならいいんだね?」

「それも嫌よ、なんか調子に乗りそうじゃない」


 うん、そう言うだろうなと思った、こういうときに違う言葉で吐くようなら私がここまで困ったりはしていないというものだ。

 それなりに一緒にいる陽子でもどうしようもない件なのかもしれない、たまたま正しいことができた人間だけが彼女に甘えてもらえるということになる。

 多分、そのたまたまを狙って行動をし続けているようでは駄目なのだ。


「どうすればいいんだよー」

「はは、もっとよく考えなさい」


 表では笑っているけど本当のところは本当の自分を見つけてくれる人を待っているとかないだろうか、言葉にはできないからとにかく普通を装って待っているとかだったら誰でもいいから見つけてあげてほしい。

 仲良くなりたいのは確かなことだ、でも、特別になりたいという考えがあるわけではないのと、他者と他者が仲良くしているところを見ていくらでも妄想をすることができる人間としてはそれでいいのだ。


「ごめん久保さん、私じゃ役に立てそうにないや」

「ううん、謝らなくて大丈夫だよ」

「ぐっ、七美が手強いのが悪いんだから」

「勝手に私のせいにすんじゃないわよ」


 陽子は動く気がなさそうだから期待できるとしたら先輩か、余計な遠慮をせずに積極的に仲良くしてもらいたいところだと言えた。




「お誕生日おめでとう、陽子が美味しいと言っていたお菓子を買ってきたよ」

「ありがとう、でも、よかったのに」

「そういうわけにもいかないよ、じゃ、次は大島さんね」

「誕生日おめでと、私からは――じっと見られているから後で渡すわ」

「「はは、気にしなくていいのに」」


 でも、残念ながらここまでだ、陽子は毎年ご両親と過ごすようにしているみたいだから一緒には過ごせない。

 私はともかく大島さんとはもう少しぐらいはいたいだろうからと離れたら「待ちなさいよ」と空気が読めない子がきてしまった。


「なんで大島さんっていつもあとちょっとが足りないの?」

「あんた最近は喧嘩を売るのが好きよね、元々五分とかそれぐらいだって話だったじゃない」

「そうだけど、多分もうちょっとぐらいは一緒にいたかったはずだよ」


 振り向いてみてももう外にはいないものの、きっとそうだったはずなのだ。

 これでは空気を読んで離れたのが逆効果に見えてきてしまうからやめてほしい、でも、もう駄目なんだよね……。


「いいのよ、あの子にとって誕生日に大切なのはご両親と過ごすことなんだから」

「はぁ、まさかここまでとは――痛いっ、た、叩くのはなしだよっ」


 軽くではあっても叩かれたのなんて初めてだ、そしてその初めてが彼女とは思っていなかったから驚いた、なんだかんだで手を出したりはせずに言葉だけで済ませてきたのが彼女だからなおさらそういうことになる。

 いやでもこんな感じなのか、すぐに自分がM体質ではないことが分かったのはいいけどいい気にはならないな……。


「あんたには言ったでしょ、コントロールはできないから別にいいけど手が出るでしょうねって」

「……容易に想像ができるよ的なことを言ったけど、正にその通りだったということだよね……」

「ふっ、いまのはもう気をつけたところで結果は変わらないから次からは気をつけなさい」


 いいか、数百円のお菓子だけど買って渡せたから満足できた、あそこに行って少しだけゆっくりしてから帰ることにしよう。


「お誕生日か」

「あんたは早生まれって言っていたけどいつなの?」

「二月だよ――って、なんでいるの?」


 付き合ってもらうつもりなんてなかった、というか、どうせ付いてきてくれても先に帰ってしまうから期待はできなかった。

 こうして一緒にいてくれても最後までいてくれないというだけで物足りなさを感じてしまうし、途中で帰ってしまうぐらいなら最初からいない方がいい。

 ただまあ、私は彼女のそういうところに感謝をしているのだ、ちゃんと自分のしたいように行動をしてくれているから余計なことを言わなくて済んでいる。


「早く帰っても暇だからよ、ご両親と過ごすつもりじゃなきゃ杉本を連れて遊んでいたところね」

「どうせならその方がよかったかな」

「ま、言っても意味はないからここで終わりにしましょ」


 目を閉じてなんにも集中しない時間にしていく、顔を見たら二人なのをいいことに触れたくなってしまうから最近はよくこうしている。

 そう、二人きりの時間は少し前までと違って増えていて、だからこその難しさというのが存在しているわけで、でも、多分その全部を彼女は分かってくれていない。


「久保」

「帰るの?」

「違う、ただちょっと今日は外に長くいて手が冷えているから手を貸してよ」

「やめておいた方がいいよ、自分のキャラじゃ――いたたっ、悪口じゃないのになんで今回も……」


 目を開けたのが馬鹿だった、こちらの手を強く握っているくせにまた笑みを浮かべている彼女が見えてしまったからだ。

 なんで意地悪をしたときだけそういう顔をしてしまうのだろうか、無自覚なのだとしたら相当な才能ということになる。


「本当にあんたは余計な一言が多いわね、いいから貸しなさいよ」

「握ってから言うのはずるいよ……」

「あんたが悪いのよ、まったく……」


 ……自由に言われたままではいられないからもう我慢はできなかった。


「私はいつも我慢をしていたのにこんなことをした七美が悪いんだよ?」

「重いからどいて」

「だから七美が――わ、分かったよ……」


 離してから今度こそ目を閉じる、彼女がここから去るまで開けないと決めた。

 まあ、一瞬ではあっても自分から触れることができたわけだから満足している。


「私には友達としていてくれるように求めていたみたいだけど、同性同士とはいえ抱きしめるのは友達の域を超えているんじゃない?」

「だ、だから七美はもてもてってことだよ、陽子と私からそうされたってことなんだからさ」

「なに言ってんの?」

「……もてもてってこと」

「ふっ、あんたが言いづらそうにしているところを見ると笑えるわ」


 上手く対応ができなくてがっかりとしているとこちらの手を掴んだまま彼女が立ち上がったから変な体勢になった、いや、それどころか結構危なかった。


「帰るわよ」

「うん」


 帰り道は叱られた子どものように縮こまっていたのだった。




「冬休みになるね」

「先輩はどうするんですか?」

「私はもちろんだらだらして過ごすよ、あんまりじっとしていたくないのは学校のとき限定のことだからね」


 さすがにわざわざ家を出てまであのお気に入りの場所に行くつもりはないから用事がない限りは出ないことになる、が、そうやってだらだらしておくとお肉がついてしまうかもしれないから避けたかった。


「それなら遊びませんか? クリスマスとかお正月以外で大丈夫な日を教えてほしいです」


 遊ぶことで回避できるということであれば積極的に出る、元々、お休みの日は引きこもるなんて考えで行動していないからそういうことになる。

 仮に先輩が無理でも大島さんや陽子が付き合ってくれればそれでいいけど、その二人も無理だった場合は一人で過ごすしかなくなるから先輩には付き合ってもらいたいところだ。


「なら連絡先を交換しようか、スマホ、持っているよね?」

「はい」


 交換させてもらって内側で喜んでいると「私ともしようよ」と陽子がやって来た、断る意味もないから交換させてもらうと「私とも交換しなさいよ」と大島さんの連絡先もゲットできた。

 というか、これだけ一緒に過ごしていて一度もそういう話が出てきていなかったことが不思議だと言えるかな、別に交換しなければならないなんてルールはないけど。


「終業式の前日、クリスマスイブにみんなで集まらない? と言うより、そこでなら集まれるから参加してくれるとありがたいな」

「私は大丈夫よ、あ、プレゼント交換会とかがしたいなら他の子とやって」


 もう十二月でいいところまできているから自然とそういう話になった、まあ、大島さんが言ってくれるとは思っていなかったから陽子と先輩の二人に期待していたわけだけど動いてくれて助かった。


「集まれればそれでいいんだよ、先輩と久保さんはどう?」

「「私も大丈夫」」

「よし、じゃあ忘れないでね、場所は私の家で――」

「久保の家にしましょ、広いから複数人で集まっても迷惑にはならないわ」


 大声を出してしまう子達ではないし、結局集まれませんでしたなんて展開になるよりはよっぽどいい、ぎりぎりに言わなければきっと許してくれるだろうから問題はないはずだ。


「えっと……」

「お母さんに前々から言っておけば大丈夫だと思う」

「ありがとう」


 クリスマスに友達と集まれるなんて中学二年生を最後にできていなかったからいざ実際に集まれるとなるとなんとも言えなくなるものだと気づいた。

 嬉しいけど嬉しいと言ってしまうのはなんか違う気がする、だから当日に集まって解散になるまでは余計なことを言わなくていいと思う。


「あ、そのまま泊まることって可能かな?」

「お布団がそんなにないから……」


 三人となるとお布団が足りない、冬にろくに掛けずに寝てしまったら風邪を引いてしまうから「大丈夫だから」と言われても受け入れるつもりはなかった。

 泊まらなくても少し一緒に過ごせれば十分楽しめる、物足りなかったとしたら翌日の終業式の後にでも遊べばいい。

 お昼には終わるから時間がたくさんあるしね、欲張ると大抵はいいことには繋がらないから我慢も大切だった。


「誰かはあんたのベッドで一緒に寝ればいいでしょ、そうすれば下に二組ぐらいあるでしょ?」

「あるけど」


 その誰かとは誰なのか、別に誰でも構わないけどちゃんと寝かせてくれる子がいいなと内で呟く。

 残念ながら早い時間に寝ておかないと暗闇が怖いから駄目なのだ、多分、こちらを寝かさなかった誰かはさっさと寝てしまうだろうからそういうことになる。

 一時とか二時とか三時とか四時とかもう本当に泣きたくなるからそうだ。


「なら大丈夫ね、今日行って私があんたのお母さんにちゃんと話すわ」

「分かった」

「それじゃあお願いね、先輩もそのつもりでいてね」

「はーい」


 先輩が教室から去って、陽子も自分の席に戻ってから「いきなり悪いわね」と。


「あんまり行ったことはないけどそれでも陽子の家よりも過ごしやすい気がしたの、寝るときなんかもあんたが止めてくれればあっさり寝られそうだからさ」

「大丈夫だよ、ただ、客間になるかもしれないけどね」


 なるかもしれないではなく二人にゆっくりしてもらいたくて私がそうするはずだ。

 リビングに比べたら狭いものの、それでも四人ぐらいなら問題なくくつろぐことができる広さがあるから不満もないと思う――あ、ゲームとかはないからそういうところで出る可能性はあるかもしれないか……。


「それで十分よ、あんたのご両親の邪魔をしたくないもの」

「それと止められなかったら大島さんがお願いね、私、真夜中まで起きていたくないのよ」

「大丈夫よ、あの二人だってそこまで起きたりはしないでしょ」


 す、スルーされてしまった……。

 と、とにかく、そういうときだけ意地悪になるような子ではないから安心できた、後は残念な運動能力で球技大会を乗り越えれば無事に冬休みの開始となる。


「あんたさ、えっと」

「あ、先生が来たよ」

「とにかく今日の放課後は行くから」

「うん」


 遊ぶというわけではないけど放課後になにも心配せずに集まれるように授業にはちゃんと集中しておいた、授業自体は嫌いではなかったから苦ではなかった。


「それじゃあ行きましょ」

「うん」


 残念ながら途中であの二人が、そのどちらかだけでも参加することはなく二人で向かうことになった。

 いやほら、彼女とだけでいると最近は結構ほっぺたをつねられたりするから意識を違うところにやっていてほしいのだ。

 そういうことがないということならそれはもちろん彼女とも二人だけで過ごせるような時間があった方がいいけど……。


「あのさ、私ベッドじゃないと寝られないからあんたと一緒に寝ていい?」

「一人の方がいいだろうからその場合はお母さんのお部屋で寝るよ」

「あんたがいいなら別にいいわよ、寝させてもらっている身でそんなわがままは言わないわ」

「本当に……?」

「当たり前じゃない、私をなんだと思ってんのよ」


 なんだとって……やめておこう。


「ないと思うけどあの二人も寝たいって言ったら四人で寝ようね」

「いやそれは無理でしょ……」


 みんな普段とは違う方向に足を向けて寝ればいけるはずだ、なんてね。

 延々に続けて疲れるようなことにはならないから安心して当日を迎えられそうだと言えた。

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