04話
「先輩?」
「久保ちゃんは温かいな」
今度は私にひっついてばかりいる、前日までは大島さんと教室以外のところで過ごしていたからその差に引っかかる。
「調子が悪いんですか?」
調子が悪いのかなんて聞いてからそれはないとすぐに分かった、微妙な状態になっているのはきっと大島さんからはっきりと言われてしまったからだ。
でも、誰が悪いというわけではないからやりづらさというのがあって、とりあえず私を頼ってきた、というところだろう。
温かいらしいから冬や微妙な状態のときには最適だと思う、人の体温というのはやはり落ち着けるのだ。
「ううん、やる気がないだけだよ」
「そうですか」
「それに杉本ちゃんや大島ちゃんだけこれを独占できるのはずるいでしょ?」
「陽子はともかく大島さんはしてきませんけどね」
甘えてくれるのであれば昨日みたいなことにはなっていない、変わる可能性はあるけどその変わるまでが長い。
なんでもはっきり言っていくというのもあの子が相手のときは効果があるのかが分からなくなってくる、逆効果になっていたらどうすればいいのだろうか。
というのも、そうやって生きてきたから他の方法というのを簡単に出すことができないのだ。
「どいて」
「ありゃ、不機嫌娘さんが帰ってきちゃった」
「ここは私の教室なんだから当たり前でしょ、どいて」
そういうことかとすぐに気付けた、たまたま今日は不機嫌だから近づかずにこっちに来ているということか。
たった一回の失敗で諦めるような人ではないだろうからきっとそうだ、もう少しぐらいは相手とそうなった原因の相手を見てから判断しなければならなさそうだ。
後ろに先輩がいても振り向いたりはしないからこちらも話しかけられるまでは話さないを貫いていたら放課後になってしまった。
残念ながらおはようとしか言えていないけど、そういうときもあるよねと片付けてあの場所へ向かう。
「待ちなさい」
「大島――」
「しっ、杉本や先輩に気づかれないように行くわよ」
私がいるところでは言いづらかったように二人がいるところでは言いづらいことでもあるのだろうか。
まあ、あそこに行けるということであれば私はそれで満足できる、なにを言われても多分大丈夫だ。
「あんたね、なんで今日はほとんど一人でいたのに話しかけてこなかったのよ」
「先輩が不機嫌娘さんって言っていたからそんなときに話しかけられたら嫌かなって思って話しかけなかったんだけど」
その情報がなかったら何回も話しかけている、一人でいるのであればなおさらのことになる。
「不機嫌じゃなかったわよ、あれはもう目的を達成した先輩が適当に言っていただけでしかないわ」
「え、そういう意味で興味を持ったんじゃなかったの?」
「は? はぁ、ないわよ、出会ってすぐにそんなことになるわけがないじゃない」
「恋は分からないよ、一目惚れとかだってあるかもしれない」
中学のときにいた友達は出会ったばかりの男の子に対して一週間ぐらいで好きだと言っていたからありえないわけではない、なんなら順調に仲を深めて付き合っていたぐらいだからどうなるのかなんて誰にも分からないことだ。
「また悪い癖が出ているのね」
「で、でも、終わるまでは言わなかったらいいでしょ?」
「言ったら同じなのよ、馬鹿」
「え、さすがにそれは言い過ぎだと思う……」
「知らないわ、自分と相手じゃなくて相手と相手で勝手に想像するのが悪いのよ」
……先輩の発言は嘘ではなかった、無自覚に不機嫌だった、それかもしくは私にだけ不機嫌、というところかなと。
「そんな顔をしても無駄よ」
「……もう帰る」
「はぁ、被害者面するんじゃないわよ」
こちらの頬を引っ張ってきている彼女、ただ、そうしているときに笑みを浮かべているのが気になるところではあった。
だって意地悪をすることが楽しいように見えてしまう、意地悪な子が相手だと安心して一緒にいられないからやめてほしい。
あ、私に対してではなくて好きな子に対してのそれならそれはもうテンションが上がるだろうけどねと内で早口になってしまっていた。
「もうあんたに話しかけてから八ヶ月か」
「意外にも大島さんの方から話しかけてきてくれたよね」
「だってあんたが小さいから、その割にはまあ……ちゃんとできていたけどさ」
「特になにかがあったというわけじゃないけど弱いわけじゃない」
「そうね、こっちが緊張しているときだって『どうしたの?』なんて無表情で無神経に聞いてきてくれたわよね」
多分嘘だ、いや、確かに特に緊張することなんかもなかったけど彼女が緊張していたということはないと思う、何故なら意外とやられてしまう陽子に毎回「大丈夫?」などと聞いて動く側だったためだ。
小さくても意味のない嘘を重ねるべきではないと思う、いつか取り返しがつかないことになるかもしれないから自分のためにもやめておくべきだった。
「そういうところが嫌いではなかったけどむかつくことはあったわ」
「はっきり言ってくれればいいよ」
「はぁ、駄目ね」
少しでも吐くことで発散してもらおうという考えは無駄に終わった。
「いない」
「どうしたの? あ、久保さん達のこと?」
「そうだよ、杉本ちゃんはなにか知らないの?」
「知らないかな、はぁ、結局久保さんは七美ばかりを優先していて守ってくれていないんだよね、だから興味ないよ」
今回の件で協力してもらえそうにないから一人で再び探しに行くことにした。
でも、先程と違ってすぐに見つけられたけど、なんとなく声を掛けずに会話を聞くことにした。
「先輩がおかしい? そんなのいつものことじゃない」
あらら、大島ちゃんはなんでもかんでもずばずばと言葉を吐きすぎだ。
「気にしていないにしては大島さんに話しかけていないから気になるんだよ、やっぱりなにかがあったんじゃないの?」
「別になにもないわよ、振ったとかそういうことじゃないわ」
そう、ただ単に色々と教えてもらっていただけで、気まずい状態になってしまったというわけではなかった。
いまこうなっているのは前に久保ちゃんに言ったようにじっとしているタイプではないからだ。
「というか気になるなら本人に聞けばいいじゃない、いまだってあそこにいるんだからさ」
「え、いつの間に……」
「あんたそんなんじゃあそこにいるときにやられるわよ」
ばれているなら隠れていても意味はないから二人のところまで移動する、するといきなりお腹を優しい力で叩かれて困惑した。
なんでと言う前に「余計なことをしていないで興味があるなら来なさいよ」と。
「で?」
「毎時間久保ちゃんが教室で大人しくしていないから探していたんだよ」
「それはごめん、私が連れ出していたのよ」
「どうして?」
前後の席だから座ったままでも会話をすることができる、久保ちゃん的にありえないだろうけど授業中に喋ることすら可能な距離だ。
仮に一回の休み時間を大事な話で使ったとしても毎時間大事な話ばかりをしているというわけではないだろうから気になって聞いた。
「杉本もあんたも来なかったから、そうしたら暇だから同じく暇そうな久保に頼るしかないじゃない」
「私が言うのもなんだけど友達が少ないんだね」
「多ければ多いほどいいというわけじゃないから少人数でいいわ」
人によって考え方の違いは当然あるからそのことについてなにかを言うつもりはなにもなかった、ただ、あまり解決ともならなかった。
「えっと、私が話しかければこの時間は減るってこと?」
「あんたでも杉本でもそうね」
「でも、久保ちゃんだって大島ちゃんと話したいでしょ?」
「はい、だから最近は優先してくれていて嬉しいんですけど、あくまでそれは先輩や陽子が来ていないからなんですよね」
私としては連れて行かれると困る、けど、久保ちゃんは大島ちゃんともいられるようにと求めているわけだからあまり邪魔もしたくない。
なら教室で話してよと久保ちゃんにではなく大島ちゃんに頼んだら「教室だとやかましいじゃない、私達だってそうなってしまうかもしれないから廊下でするの」と言われてしまい……。
「ならここだって場所を決めて教えてくれないかな、同じ場所にいてくれたら行きやすいからさ」
「じゃあここでいいんじゃない? ちょっと冷えるけど丁度いい感じに教室からは離れていて落ち着いて話せるもの、声が大きくなってもすぐに怒られることはないしね」
「おけ、あ、久保ちゃんも大丈夫?」
「はい」
とりあえずいまは一人で戻ろうとしたら「連れて行きなさい」と久保ちゃんを渡されてしまったけど……。
「最後まで付き合ってくれないんですよね」
「まだ放課後というわけじゃないんだから一緒に戻ればいいのにね」
「自分が求めているように思われるのは嫌なのかもしれません」
杉本ちゃん経由で知っていたけど関わってはいなかったから本当のところはまだ分かっていない、そのうえ多分、それを見せてもらえるのは特別な存在だけだろうから仲良くなれても変わらなさそうだ。
同性とか全く関係ないということであれば杉本ちゃんや久保ちゃんなんかが見られるかな? あ、いや、付き合っても同じくつんつんしていそうか。
「先輩、大島さんといたいならちゃんと言葉にした方がいいですよ、そうすればちゃんといてくれますから」
「分かった、教えてくれてありがとう」
「はい、それとまたあそこに行きましょう」
「あそこ……ああっ、うん、行こうか」
別れて階段を上ろうとしたタイミングで腕を引っ張られて無理になった。
「あそこに行くときはちゃんと言いなさい、黙ってこそこそ二人で行ったりなんかしたら許さないわよ」
「はは、本人に言ったらどう?」
「一人で行くかもしれないから気づいたらちゃんと言って」
「分かったよ」
やれやれ、素直じゃないんだから。
でも、そういうところが可愛くて近くにいたくなるというやつだった。
「七美も久保さんも構ってくれないから嫌い」
「来ればいいじゃない、場所は先輩から聞いているでしょ?」
不安定なところに煽るようなことをと言おうとして止まった、だってそうとしか言いようがないからだ。
私達は別にこそこそと行動しているわけではない、出て行くときだって毎回というわけではなくてもちゃんと言ってから出ている。
つまり簡単に一緒にいることができるわけで、いまそうなっていないのは彼女自身に原因があると言えた。
「可愛くないっ、久保さんも同じだからっ」
「陽子も来て」
「あーもう! なんにも分かっていないじゃんっ」
怒っているような感じだけどその手はさり気なく大島さんの手と私の手を掴んでいる、そういうやり方もあるかなんて参考にしようとした自分がいた。
だってそうでもしないとこの前みたいに求めてくれたりはしないからだ、待っていると冬どころか一年生が終わってしまうからそれで変わるのであれば積極的にやっていくだけだ。
「なんかにやにやしているわね」
「大島さんに触れられて落ち着いたんだよ、私もしたいぐらい」
「あんたやめなさいよ? 杉本や先輩みたいな人間が増えたら疲れることが分かって一緒にいたくなくなるわ」
それならこの前のあれはなんなのだろうか、あんなことをしてくるものだから差が気になってしまうではないかと内で叫んでいた。
でも、本人は全く気にした様子もなく落ち着いた陽子と話しているだけ、それこそ大島さんが普段言っているむかつく云々とそのままぶつけたくなる。
「ばか」
「は? とうとう真っ直ぐに喧嘩を売ってきたわね」
「中途半端なことはやめてほしい、一緒にいてくれているなら甘えさせてほしい」
これは勝手に考えたことを口にしているわけではなく私の正直なところを口にしているだけだからマシだろう、断られたらもう言いたくなっても言わないようにすればいい。
何度も言うけどわざと煽るようなことをする人間ではないのだ、相手が怒っているのに気づけないなんて人間でもない。
「甘えているようなものじゃない、最近はあんたと過ごしてばかりだわ」
「もっと陽子みたいに触れたりしたい」
「え、私になにを求めてんの?」
「と、友達みたいな感じで……」
「あーもー! いちゃいちゃするの禁止! 久保さんは貰っていくから!」
すぐのところで足を止めてばっと振り返った、そうしたら何故か悲しそうな顔をしていたからちゃんと行けば相手をしてくれるよと言っておいた。
というか、これまでくっついたり何回も喋りかけても相手をしてくれていたのが大島さんだから私よりも分かっていると思う。
ただ多分寂しくなってしまったのだ、相手をしてくれていても先程の私みたいに他を優先されているところを見て不満が出てしまったのではないだろうか。
「でも、私だけじゃなくてよかったよ、久保さんにも似たような感情があるってことで落ち着けたよ」
「私は多分見た目と同じで精神が子どものままなんだよ、悪口を言われてもなんとかなるけどそれ以外のことでは優先してほしいと考えちゃう幼い人間なんだ」
いまここに大島さんもいたら「本当ね」と言われているところだ、言いたいことを我慢してまで一緒にいてもらいたいわけではないからそれでいいけど刺すにしてもゆっくり刺してもらいたいところだった。
最近の私の場合は他の子から言われた場合と違って影響の受け方が違うから、少しのコントロール次第で耐えられるわけだからなんとかそこはと甘い自分がいる。
「えぇ、それだと私なんてもっと子どもじゃん、相手をしてもらえないと叫んじゃうぐらいなんだよ?」
「私は陽子ぐらいはっきり言ってくれる子の方が好きだよ」
静かに近づいてぼそっと吐くよりはよっぽどいい、つまり先程の私みたいなやり方では駄目だということだ。
ああして控えめにやろうとするからなにも変わらない、ときにはなんで甘えさせてくれないのっ――そういう風に彼女みたいにぶつけなければ駄目だった。
「えぇ、そこを好きだって言われてもなぁ」
「たまにだけなんだから恥ずかしいことじゃないよ」
「あっ、馬鹿にしているでしょっ、もう、うりうりうりー!」
「な、なんで私はくすぐられているの……」
なんならそのまま抱きしめられて声音だけ感情的なだけでそれ以外は違うということがよく分かった……。
「やばい、さっきまで叫んでいたのも影響して眠たくなってきちゃった」
「もうちょっと時間があるから休めばいいよ」
「それならこのまま抱きしめておくね」
ところで、やたらと気にしていたのは結局なんだったのだろうか。
あれからだって特に彼女に対して行動をするようになったわけではないし、本人が言っていたようにこちらを優先してくれているぐらいだから分からなくなる。
「陽子、あのとき大島さんって本当に聞いてきたの?」
「うん、なんであそこまで気にしているのかは分からなかったけどね、普通に言えることだからいちいち隠したりはしなかったよ」
「私が陽子とこそこそとしていて取られるかもしれないからって考えていたけど、違うのかな」
「違う違う、七美は私に対して全くそうやって動いてくれたことがないからね、名字呼びの時点で分かるでしょ?」
「そういえばなんでだろう、中学生のときから一緒にいるって言っていたのに」
何気に昔の話をしてくれることが多くて一緒の中学でもなかったのに詳しくなっていた、何気に付き合っていたとか、よく告白をされていたとか妄想が捗る情報ばかりで一緒にいられる度に教えてもらえるのではないかとわくわくしたぐらいだ。
でも、最近の私は自分が仲良くなれるようにと考えたり動いたりしてしまっていて全く違う、理想的ではないからやめたいけど残念ながら自分に甘いからやめられないでいる。
「願望かもしれないけど興味がないからとかじゃないんだよ、仲のいい友達はいたけど最後まで苗字呼びを続けていたからね。だから拘り、かな」
「私だったらすぐに名前で呼んじゃうよ、名前で呼びあえていた方が仲がいいように見えるから」
「私もそうかな、だからもっと仲良くなったら久保さんのことを絶対に名前で呼んじゃうからね」
そのときがくるよりも早く卒業になってしまいそうだからこっちもしっかりやりたい、こうして相手をさせてもらえば少しずつでも仲良し度というやつが上がっていってくれるだろうか。
「ふふ、いまみたいに拗ねられていたらいつまでも仲良くなれないかも」
「あっ、七美風に言わせてもらえば喧嘩を売っているね?」
「はは、そろそろ戻ろっか」
ぐぇ、後ろから攻撃をされて足が止まりそうになったけどなんとか前に進めた。
席に着いたら大島さんがじろりと睨んできて冷や汗をかいたのだった。
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