03話

「ここのなにを気に入っているわけ?」

「静かなところかな」

「静かなのはいいけど変なやつが来たら終わりじゃない」

「大丈夫、その場合は隠れるところが多いからね」


 入ってはいけない場所ではないし、こういうときにこそ大島さんや先輩からしたら小さい背が役立つと思う。


「うぅ、冷えるわね」

「触れていれば温かいよ」


 二人から温かいと言ってもらえているから間違いなく役に立てる、少なくとも触れているところだけは保証する。

 というか、こうでもしておかないとすぐに帰ってしまうからというのが大きい、別に触れたいわけではないから勘違いをしないでほしい。


「なんかそれはあんたに甘えるみたいで嫌、だから先輩に触れておくわ」

「でも、なんでこんなに弱っているんだろう」

「さあね」


 彼女が触れた瞬間に先輩も反応して抱きついていた、こうして見ている分には同性同士のカップルに見えるけどそうではないというのが面白いところだ。

 学校と違って積極的に話しかけてこないからどうしても静かになる、だからここにいるのであればどちらか極端であってほしいと思った。

 一緒にいるならお喋りをして盛り上がりたい、お喋りをしないということであれば一人の方が気が楽だと分かる。


「ちょっ、重いんですけどっ」

「だって大島ちゃんも温かいからさー」

「きゃっ、これ以上はっ」


 盛り上がっている二人を放っておいて色々なところを見て過ごしていた、ほら、逃げないという約束をしているからいつも通りにやっていくしかないのだ。

 ぼうっとしていてもちくりと言葉で刺されないのが本当にいい、冬だと寒いけど空気も奇麗な感じがして落ち着ける。

 雪が降るような場所ではないけど降ったら降ったで大変なことをテレビで知っているため、これでいいと思っていた。


「ねえ見て久保ちゃん、ほっぺた赤くなっているでしょ?」

「叩かれたんですね」

「まあ、私が悪いから被害者面はしないけどねー」


 でもあれか、電車がまた通るようになってくれたらなんて考えている自分もいる。

 ただ、母とたまに通る電車を見ながら作ってきたお弁当を食べていたときのことが鮮明に思い出せてしまうのが唯一微妙なところだと言えた、だってなにか支えられるわけではないから余程のことはない限りは昔みたいにはならないからだ。


「馬鹿、アホ先輩」

「なんか年下の子にここまで真っ直ぐに罵倒されるとゾクゾクするよ」

「ふざけるんじゃないわよ、久保がいるところでやったら教育に悪いじゃない」

「いや、久保ちゃんはあなたと同じ学年だからね?」

「無垢そうだから変なことはしないで、いまので敬語を使う気も失せたわ」


 苦手なままでいられると困る、色々な選択肢がそのまま私のモチベーションとなってくれているのに一つまた一つと減っていくと気分が下がってきてしまう。

 お前中心に周りは動いてないぞと言われたらそれまでだけど、まだまだ長い人生を楽しむためにはこうして巻き込むしかないのも事実ではないだろうか。

 関わってくれる複数人の相手に対して感じたこと全てを吐いてぶつけているわけではないからまだマシだと思いたい。


「決めたことがあるんだ」

「なによ急に」

「えっとね、あ、久保ちゃんがいるところでは言いづらいなぁ」

「じゃああっちで話しましょ、必ず戻ってくるから久保はそこで待っていなさい」


 頷いて前に意識を向ける、少し手が冷えてきたから自分の手を握っておくことでなんとかした。


「暗くなってきた」


 もう少しで一年が終わるというところまできているから暗くなるまでの時間が早くなっている、暗いところが苦手なのはあるけどなんとなく寂しくなるからこの時間をあまり好きにはなれない。

 それでもなんとかなっているのはお気に入りの場所にいられているからだ、そうでもなければ固まってしまっていると思う。


「お待たせ、あ、先輩はもう帰ったわよ」

「そっか」

「そろそろ帰りましょ、一人にしておくといつまでもいそうだから連れて行くわ」

「分かった」


 私がいるところでは言いづらいということは一生懸命になるとかそういうことだろうか、敢えて私がいるところで言うことで引けない状態を作るというのもありなような――って、これは駄目か。


「悪いことじゃないから安心しなさい」

「別に悪く言われていて傷つかないよ」

「ふーん」


 あ、だけど目の前で何回も言われると少しぐらいは影響を受けるかもしれない、完璧ではないから複数の隙間から入ってきて上手く対応できないなんてこともありそうだった。

 とはいえ、ある程度まではコントロールできてしまうからそこまで嘘というわけではないことだ。


「大島さんはどう?」

「別にコントロールなんてできないから自由に言ってくれてもいいけど目の前で言われたら手が出るでしょうね」

「はは、容易に想像ができるよ」


 だから陽子が言っていたようなことはないというか、抑えられないのが彼女のいいところだと言える。

 だって出していかないと溜まりに溜まって体や精神に悪い、その点、彼女みたいに上手く出していければ爆発しなくて済む。


「は? あんた喧嘩売ってんの?」

「ううん、大島さんらしいと思っただけ」

「同じじゃない……」


 挨拶ついでにちゃんと考えたことまで口にしてから別れた。




「はぁ、はぁ」

「お疲れね」

「みんなやる気を出しすぎ」


 みんな体育が好きすぎて付いていけない、私がこうして弱っている内にもどんどんと活動をしていく。

 それでいて授業が終われば部活をするために出て行くわけだから体力お化けとしか言いようがない、部活をやっていないくせに元気な大島さんも謎だ。


「委員長みたいなタイプなんだからコントロールをしてほしい」

「無理ね、みんな体を動かすのが好きで自然とこうなってしまっているんだから」

「じゃあ後で癒やしてほしい、そうでもないと不公平」

「なんで私のせいみたいになってんのよ、寧ろあんたが付いていけるように鍛えなさいよ」


 メンタルの方は大きくなるにつれて強くなったけど運動能力なんかは変わっていないから駄目だった、あまりできない私からしたらしゃきしゃきできてしまうみんなの方が変なのだ。


「一応聞いておいてあげるけど癒やすってどうすればいいのよ?」

「頭を撫でてくれればいい、あ、ついでに『頑張ったね』と言ってもらえると効果的だよ」

「私のキャラじゃないからやめておくわ」


 えぇ、これから仲が深まっても私のキャラ云々と言われて駄目になりそうだった。

 とりあえず先生に怒られないように真面目にやって、授業が終わった瞬間に教室に戻ってきた形となる。

 意外だったのは先輩が既に教室内で待っていたということだ、知らない男の子がこそこそしているよりはいいけどこんなに早く移動することは可能なのだろうか。


「おかえり、大島ちゃんももう戻ってくるかな?」

「はい、もう――あ、戻ってきましたよ」

「じゃあ大島ちゃんは借りていくね」


 が、着替えられていないということで言うことを聞いたのは着替え終えた後だ、それでもちゃんと付いて行くところに笑ってしまったけど。


「あらら、七美に興味を持っちゃったのかな」

「どうだろう、でも、まだ先輩は動き始めたばかりだよ」

「はは、そっか」


 くっ、我慢をしなければならないというのはなかなかに辛い。


「陽子、ジュースを買いに行こ」

「いいよ、行こっか」


 一応歩いている最中に確認をしてみたけど近くで話しているわけではないみたいだった、やたらと警戒されているのは気の所為だろうか。

 すぐに余計なことを言いそうになるものの、直接邪魔なんてするつもりはないから勘違いをされていたら嫌だ。


「久保さんはどれを飲む?」

「私はこれにする」


 いちご味が好きだった、初めて飲んだときから給食のときにこれだったらよかったのにという考えが強く存在している。

 まあ、高校生になってからは給食というそれ自体がなくなってしまったからあまり意味もないわけだけど、妄想が好きだからついつい続けてしまうのだ。

 

「はいよー、えっと……はい、奢り」

「受け取れないよ」

「いいからいいから、私も同じやつにしちゃおー」


 今度絶対に返すということとお礼を伝えてから飲ませてもらう。

 冷たくて甘くて美味しい、これの大きいバージョンがあれば母にわがままを言って間違いなく買ってもらっていた。

 ただ、何回もお買い物に付いて行ってもこれの大きいバージョンは見たことがないからそれについては諦めているというのが現状かな。


「そういわけじゃなくてもありがとね」

「あ、気になるだろうからじゃなくて陽子とも仲良くしたかっただけ……かな」


 それに自分が余計なことを言ってしまうからじっとしているのを避けて教室を出ただけで、お礼を言ってもらえるようなことはなにもできていなかった。

 一瞬ぶわっと冷や汗的なものが出たのもそこからきている、なんてことはない一言で負けそうになることを再び知ることになった。


「それでもだよ、そもそも七美にしか興味がないと思っていたから普通に相手をしてもらえるだけでもありがたいんだよ?」

「ちゃんと答えていたし、陽子に自分から話しかけることだって何回もあったよ?」

「うーん、それでもなんかこれまではおまけ的な感じが強かったんだよ」


 いや、おまけなのは間違いなくこちらだった、私はいちゃいちゃしている二人を見ていることが主な仕事みたいなものだった。

 だから全くと言っていいほど彼女の発言は合っていない、どうすればそういう考えになるのかを細かく聞いてみたいところだ。


「だからこれからも続けてもらえるとありがたいかな、やっぱり仲良くできた方がいいじゃん?」

「うん、仲良くなって名前で呼んでもらう」

「はははっ、自分の名前が好きなんだね」

「好きだよ」


 意味とかではなくて両親が決めた名前だからだけど。


「あっ、七美が来たっ、戻るよっ」

「え、なんで――あー」


 逃げる意味がまるで分からなくて、それでも止められなくて引っ張られていた。

 私にはできないことだからこんなことでも羨ましいと感じている自分がいた。




「はぁ、先輩に付き合うのはいいけど疲れるからあんたといると落ち着くわ」

「でも、無理をしてここに来なくていいのに」

「休み時間は先輩に呼ばれて出る必要があるからね、こういう時間でもないとあんたとはいられないじゃない」


 確かにそうだけど私の話すことに寒さを我慢してまで付き合う価値はないはずだ、少し前までならこんなことは絶対になかった。

 先輩も彼女も陽子も少しずつ変わってきているということで、ちゃんと把握しておかないと全く理解できなくて混乱しそうだ。


「前までならありえないことだけど少しだけでも優先してくれて嬉しい、やっぱり大島さんとの時間が必要なんだよ」

「あんたどうせ杉本とかにも言ってんでしょ」

「仲良くなったら言うよ、でも、現段階では大島さんにしか言っていないから」

「なにそれ、ま、別に悪い気はしないけど」


 昔のもう少しぐらいは強い私なら迷うことなく触れているところだけど残念ながらできない。

 救いな点は弱まってしまったのではなくちゃんと相手のことを考えて行動できていることだ、いつでも自分勝手に行動するような人間ではなくてよかった。


「手」

「ん?」

「手、貸して」

「はい」


 あ、いつも制服越しとかだったから分からなかったけど母と同じような体温だ。

 あ、いや、人なら当たり前と言われてしまうかもしれない、ただ、すぐに浮かんできたのは母の顔だった。

 父は優しくても手がやたらと冷たい人だから強く出た形となる。


「お母さんみたい」

「私はまだあんたと同じ十六歳なんだけど」

「あ、私は早生まれだから十五歳だよ」

「細かいのよ……、とにかく、私は母親になるような年齢じゃないから」


 彼女はこちらの手を離して立ち上がる、今度はこちらがなにかを聞く前に「寒いから帰るわ」と言って歩いて行ってしまった。

 少し調子に乗って自分もなんて考えでいたけどやっぱり駄目か、見ているのが仕事ではなくて見ていることしかできないのを無理やりいいように捉えようとしているだけでしかない。


「ただいま」

「おかえり」

「あ、いま帰ってきたところなんだ、おかえり」

「ああ、ただいま」


 父だったら先程みたいなことがあっても次だ次だと行動できてしまいそうだ。


「あれ、母さんは寝ているみたいだな」

「お布団を持ってくるね」

「ああ頼む」


 こっそり起こさないように掛けて部屋に移動した。

 なんとなくすぐに下りる気にならなくてベッドの上で休んでいると何故か先程まで寝ていた母がやって来た。


「電気も点けずになにをしているのよ」

「せっかく起こさないように気をつけたのにこれじゃ意味がないよ」


 頼りない運動能力でなんとか起こさずに済んだのにこれって、というか、起きているのであればあのタイミングで「空生」と名前でも呼んでほしいところだった。

 寝たふりなんてする意味はない、普段の母であればしないことだからそれこそこちらがなにかがあったのかと聞きたくなる。


「お昼寝をしてもあなた達が帰ってくる頃には勝手に起きるようになっているのよ」

「いきなりどうしたの?」

「それは私が言いたいことね、いつもは着替えたらすぐに下りてくるのにどうしたのよ? 暗いところが苦手なのに電気を点けないなんてなにかがありましたよと言っているようなものじゃない」


 おお、家に大島さんが住んでいるみたいだ……って、母の方が二倍以上長く生きているわけだから言い方的には正しくないけど。


「なんでもないよ、私のメンタルが強いことをお母さんは知っているでしょ?」

「強がっているだけじゃないわよね?」

「強がっていないよ、制服から着替えたらすぐに行くから先に戻っていて」

「分かったわ」


 長く生きている分の違いか、単純に親だからこそなのか、いつも通りにしなかった私が馬鹿だけど手強かった。

 下りたらもうご飯が食べられる状態だったから食べさせてもらって、食べ終えたらお手伝いをするために台所を独占した。


「やっぱりなにかあったのね、大島さんとなにかあったんでしょ」

「はは、なんで大島さんの名字がすぐに出てくるの?」

「私が大島さんのことしか知らないからよ、何故か家には全く連れてきてくれないし、遊びに行くのは中学生のときの友達とだから」

「本当にたまにだけどね」

「いいから連れてきなさい、大丈夫、変なことを言ったりはしないわよ」


 そういう心配をしているわけではなくて家まで連れていけるような友達があの学校にはいないというだけのことだ、とはいえ、頑張りようによっては可能になるわけだから無理などとは言ったりはしない。

 だって本当にそうなってしまいそうで嫌だからだ、少しでも可能性が高まるようになるべくいい方向へ働く言葉を吐いていきたい。


「お父さんも連れてきてほしいわよね?」

「空生がそうしたいならでいい」

「もう」

「はは、それにお前だって学生時代はよく母さんに本当に俺以外は連れてこないんだから的なことを言われていただろ」


 昔のことを聞いても教えてくれないからこういうときに余計なことを言わずに聞いていた方がいいと考えて黙っていた。


「それはあくまで男の子の話じゃない、そりゃ何人も連れて行ったりしないわよ」

「はは、そうだよな」

「あ、なによその反応はっ」

「空生、気にしなくていいからな」

「うん」


 ぐっ、こうして父にやられた後でも吐いたりはしてくれないのか、別に相手は娘なのだから気にしなくてもいいと思う。

 むしろ自分の経験から気をつけるべきことを教えてくれれば多少はいまよりもよくなるかもしれないのに……。


「ごちそうさま、今日も美味かった」

「そう言われても許したりしないからね?」


 いや、ここまで大島さんに似ているというのもどうなのだろうか。


「許してくれ、母さんや空生に嫌われたら生きていけない」

「……よ、よくそんなことを言えるわね、ねえ?」

「だからこそ仲良くいられていると思うよ」

「……もういいから二人はさっさとお風呂に入ってきなさい」


 お仕事で疲れているということで今回も父には先に入ってもらって少しの間、母を独占していた。

 あ、洗い物に関しては結局怖い顔の母に負けてできなかったことになるけど、次は絶対に譲ったりはしない。


「そう考えると空生もおかしくないのかもしれないわね」

「え、私はそもそもおかしくはないけど」

「あ、そういうことじゃなくて大島さんだけしか連れてきていないことについてよ」

「それもよく分からないけど」

「ま、いいわ、お父さんが出たらすぐに入ってちょうだい」


 えぇ、こういうのが一番嫌だ。

 これならまだはっきりと言ってくれた方がよかった。

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