第7話 命を宿すということ

『咲也さま


 昨日はありがとうございました。

 のぺ子ちゃんとその後も色々とやり取りをしまして、それらを元にイメージして早速ラフ画を描きました。

 基本の1枚に差分を2枚用意しています。


 是非とも咲也さんの意見も聞かせて頂けると幸いです。


 追伸

 私のGiscord IDはすでにのぺ子ちゃんに伝えてあるので、咲也さんも確認しておいて頂ければと思います。


 Chaco』


 3枚の画像に添えられているのは簡潔な文章だった。

 幾分か距離感の縮まった文面で、どうにもその縮め方に違和感というか、バグるというか…。

 自分が発端で全ての事柄が動き始めているのだと理解はしているが、あまりにもスピード感がありすぎてついていけないというか、Chaco先生のやる気が満ちすぎてちょっと、いやだいぶ引いてるといった感じだ。


 そもそもラフ画が半日程度で出来てくるってどういうこと?

 しかもなぜに差分まで用意しているんですかね?

 売れっ子イラストレーターが無報酬で半日を(恐らくだが)ろくに寝ないで描き上げてくるとか、意味不明を通り越して怖い。

 とはいえ、せっかく徹夜で描いてくれたのだから、早速見ようと思う。


「Chaco先生がのぺ子のイラストを早速描いてくれたらしいから、一緒に見ようか」

「楽しみだにぃ! 昨日はパパが寝た後もこっそりママとおしゃべりしてたんだにぃ♪」


 はい、知ってます。

 どうやらミュート状態にしても通話は可能らしく、俺がいつものごとく配信を終えてから色々と話していたらしい。

 なにそのご都合主義と思ったが、のぺ子の存在がすでにご都合主義なのだからまぁいいかと納得した。

 思考を放棄したとも言えるが。

 

 『咲也・のぺ子ちゃん基本ラフ』と書かれた添付ファイルをダブルクリックする。

 そこには、俺とのぺ子の一枚絵イラストラフが描かれていた。


 俺が一番最初に描いてもらう時にChaco先生に出した希望は、名前は咲也で、見た目は黒髪黒目の20代後半男性。

 それ以外は衣装も含めて全てChaco先生に一任した。

 その際に出来上がったイラストは、現実とは見間違うほどのイケメンが白シャツジーパンを着ているとてもシンプルなものだった。


 今回はラフ画なので衣装はまだ来ておらず、いわば裸の状態。色付けもまだされておらず、白と黒のみだが、見た瞬間、今の咲也絵とはまるでクオリティが違っていた。

 ラフ画と書いているが、もうこれ身体だけで言えば完成版でしょと言いたくなるくらいには書き込まれていた。


「……ははっ、これは凄いな。これがChaco先生の本当に実力ってやつか」

「わっ! ねぇねぇパパの横に描いてるのがのぺ子だよね?」

「そうみたいだね。小さくのぺ子ちゃんって書いてるくれてるよ」


 ラフ画端には、作画する際の設定も書かれていた。

 咲也の身長175cmを基準として、のぺ子は10歳の平均身長よりも少し小さめの135cmにしたと書いてある。

 性別は中性と書いてあり、実際にのぺ子の顔を見るに男の子とも女の子とも取れる顔立ちで、紙も肩にかからないくらいの長さのボブカットだった。

 設定はつらつらと小さな文字でびっしりと書かれていて、それを少しだけ見てみる。

 【角度や着ている服によって、男の子にも女の子にも変身できる。唯一無二の存在であるのぺ子ちゃんにピッタリです】と書き添えられていた。

 

 いやそれほぼあなたの願望ですよね? と言いたくなるほどにChaco先生の思いがこれでもかと詰め込まれているのが、見るだけでもわかった。


「すごくかわいいしカッコいい!」

「確かに、先生が書いているようにかわいいしかっこいいね」


 ふと思いついて、今使っている咲也の立ち絵と並べてみると、なんというかもう全く違っていた。

 正直、今使っている咲也の絵は上手くて綺麗だが、俺は好きじゃなかった。

 言ってしまえばそれだけだと思っていたからだ。

 だからこそ、先生が改めて書いてくれた咲也の絵がどれだけ魅力的なのかが並べてみるとよくわかった。


 咲也とのぺ子が親子であることがきちんと絵の中で伝わってくる。

 2人の髪の外ハネ具合も合わせているなんて事も設定欄に書いてあるが、ちょっと項目が多すぎるので今はスルーする。

 とにもかくにも出来栄えはもう満点だと思えた。


 そのままの流れで差分の2枚を開けてみると、ちょっと思っていたのと違った。


 1枚目は喜怒哀楽を表したのだろう、のぺ子の表情を首から上だけ抜粋して4つ描かれていた。

 目を細めて笑顔いっぱいという顔や、ふくれっ面でジト目になりながら怒っている顔。

 うつろな目をした悲しげな顔に、見ているだけでこちらまで楽しくなってくるような楽しげな顔。

 【哀の表情を描いている間は、私まで哀しくなってきて、思わずのぺ子ちゃんに連絡しちゃいました】とは、先生の感想。

 キャラ崩壊が進みすぎて、もはや別人物だったんじゃないかと疑うレベルまであった。


 頬がヒクつくのを抑えながら、もう1枚の差分イラストを見る。

 それは更に思っていたのと違っていて、だけど中々に面白い考察が書いてある。


 内容自体は表情差分と同じように4等分された枠の中に4つののぺ子が描かれている。

 だが、それらは表情差分ではなく、動作差分だった。

 風を切るように躍動感を得て走っている姿ののぺ子。

 きっとその視線の先には誰かがいるのであろう、赤白帽子を被って体育座りをしながらじっと話を聞いている様子ののぺ子。

 気持ちよさそうに布団の中ですやすやと眠るのぺ子。【眠り姫のぺ子ちゃん】ってやかましいわ。

 そしてコントローラー片手に何やらゲームをに熱中している様子ののぺ子、の4つだった。


 ……いや、気合入りすぎでしょ。


 引いた。そりゃ盛大に引いた。

 半日でラフ画を描くだけでなく実質8つの差分まで描きあげてくるとか、もはや狂気すら感じるレベルである。

 

【のぺ子ちゃんに聞いたところによると、動作や表情に違和感があるそうです。それを聞いて私が考えるに、それらのデータが無いが為に挙動に何らかの制約が掛かっているのではないかと考えました。であれば、様々な差分を用意すれば、もっともっとのぺ子ちゃんが自由に、より楽しくかわいくカッコよくなれるのではないかという事です。】


 素直にその考察は面白かった。

 確かにのぺ子が動く時の挙動はどこか不自然で、動きにくそうにしていた。

 先生が言うにはそれらは無い表情や動作をするが為に起きている現象であり、ならば用意すればいいじゃないかという話だ。

 まぁ、言いたい事はわかる。言っている事もあながち間違っていないような気もする。

 ただ、それを半日で用意するかね?

 どれだけ力を注ぎ込んだんだよと問い詰めたくなるほどであった。


 とはいえこのままうだうだしても仕方ない。


「のぺ子、これ全部フォルダに入れておくから、先生が書いているようにどこまで動いたり出来るか試してみてくれる?」

「わかったにぃ!」


 今か今かと俺が落ち着くまで待っていたのぺ子は、フォルダへ一直線に走っていった。

 よほど楽しみだったのだろう、俺は苦笑しながらそれらのイラストをまとめてフォルダへダウンロードする。

 すぐにゴソゴソとのぺ子が動いている音と、「もぉーっ!」とか「わははー!」とかいった声も聞こえてくる。

 たぶん喜怒哀楽の表情に合わせて喋っているだろうね。どうやっているのかはわからんけど。

 恐らくしばらくの間は一人で色々と試すだろうと思い、俺は席を立った。

 

 キッチンに立ってサッと作ったホットコーヒーを啜りながら、ふぅ……と息を吐く。

 わずか数日の間に起きた出来事の連続に今更ながら怖気づいてきた。

 Chaco先生に連絡したのだって、はっきり言ってまともに考えていなかったからこそ出来たのだ。

 のぺ子の事だって面白半分でここまで来たと自分ではっきりと自覚している。

 だからこそ、怖気づいているのだ。

 俺がやった事なんて精々がのぺ子を自由にさせて、友達が出来るように場面を作って、Chaco先生にメールしただけに過ぎない。

 今までのPC所有者のように怖いなどとは微塵も思っていないが、何というか、少し重荷に感じていたのだ。

 

 

 コーヒーが少し温くなってきた頃、のぺ子の呼ぶ声が聞こえてデスクへと戻った。

 画面を見ると、何やらのぺ子はフォルダの端からひょこっと顔を出している。


「パパ! これすっごいにぃ!」

「そりゃ良かった。んで、なんでフォルダから出て来ないの?」


 俺にそう言いながら笑顔で言うのぺ子。


「だって、服を着てないから恥ずかしいにぃ……」


 あぁ、なるほどそりゃそうだと頷く。

 さすがに俺も10歳前後の子供に裸のまま出てこいとは到底言うつもりは無い。


「だから、動いたりは出来ないけど、このままで色々と見せてもいいにぃ?」

「オーケー。全然いいよ」

「それじゃちょっとだけ待っててにぃ!」


 そう言ってフォルダに再度隠れたが、言ったとおりにすぐ準備出来たようだ。「いくにぃ!」という声とともにのぺ子がフォルダからひょこっと顔を出した。


「じゃじゃーん! パパ、どうだにぃ?」

「おぉ……」


 先程見たばかりのイラストに命が宿ったのが、わかった。

 平面で二次元だった単なるイラストに、今、のぺ子という命が宿って、確かにそこで息吹いている。

 ただのデータのはずなのに、もうそれは一人の人間なのだと思い知らされた。


「こーんな事も出来るにぃ……もぉーっ!」

「……」


 差分に入っていたふくれっ面の表情で、怒っています! とでも言いたげなのぺ子。

 よくあるVtuberのように表情を切り替えるのではなく、自然な流れで怒の表情に変わるその様は、まるでアニメを見ているかのようだと思った。


「にゃははー! うぅ……しくしく。……えへへへ」

「これは……ちょっと……」


 その後も残りの差分を取り込んだのか、喜哀楽にコロコロと変わっていく。

 やはりその変わる様にも何一つ違和感はなく、明らかに単なるVtuberとは別の何かだった。

 それは世の中に出していいのか考えるほどで、出せば確実に吹き荒れるレベルだろう。

 思わずなんと言っていいのかわからず、口ごもってしまうくらいには驚いた。

 これは俺とChaco先生、それにすでに見せてしまったリスナー3人だけの間で止めておくべきでは?

 すぐにその考えが浮かんだ。

 上昇志向のある人なら、きっとのぺ子を使って色々な金儲けを考えるに違いない。

 だが、俺にはそんな思考はまるでなく、はっきり言って面倒事を生み出してくる可能性しかない。

 Chaco先生がなんと言ってくるのか分からないが、最悪ゴリ押しすれば何とかなるだろう。


「どうどう? すごいにぃ?」

「うん、凄い……それ以外になんて言えばいいのか分からないくらいに凄いな……」

「パパを驚かせられたにぃー!」


 満面の笑顔で喜ぶのぺ子を見ていて、やはりそうしようと誰に見せるでもないが、大きく頷いた。


「のぺ子はさ……」

「うにぃ?」


 そこまでして、ふと、のぺ子に聞いてみたい事が浮かんだ。

 ひょこっと出した顔を少し傾けるのぺ子。


「その姿で、何かしてみたい事はあるか?」

「してみたい事、にぃ?……うーん」


 少し考え込むのぺ子だが、すぐにパッと浮かんだのか笑顔でこう言った。


「パパともママともたっくさんおしゃべりしたり、遊んだりして欲しいにぃ! それに、お友だちとも遊んだりしたいにぃ!」

「そうか……そうだよな」

「それにそれに……」

「うん?」


 少しモジモジと照れた表情をした後、のぺ子が言った。


「パパやママ、お友だちやみーんなが笑っていてくれたらとっても嬉しいにぃ!」

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俺の娘はバーチャル”幽”チューバー ちょり @mm2222

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