第6話 イラストレーターからの返信(咲也視点)

『Chacoさま


 お世話になります。

 

 急なメール失礼いたします。

 先般、先生にVtuber利用にあたってイラストを描いていただいた者です。


 どうしても先生に一度見て頂きたい事柄があり、メールいたしました。

 文章や口頭では説明がしにくく、出来ればGiscordなどで直接見て頂きたい内容です。


 ご多忙かと存じますが、宜しければ返信頂けますと幸いです。

 何卒、ご検討宜しくお願い致します。 咲也』


 

 色々と考えたが、結局Chaco先生に送る文面はシンプルなものにした。

 どう書いたって説明不足になるだろうし、変に書くと余計に混乱させるだろうと思ったからだ。


 とはいえ、まさかこんなにすぐに返信が来るとは思っていなかったので、若干引いたくらいだ。


『咲也様


 お世話になります。

 イラストレーターのChacoです。


 メール拝見しました。

 具体的にどういった内容なのか教えてもらえないと、判断のしようがありません。

 もう少し詳しく教えていただけますか。

 宜しくお願い致します。 Chaco』



 まぁ、そりゃそうだという内容だった。

 恐らく俺が逆の立場でもそう書くだろうなと思う文面で、だがかといって俺にどう説明出来るんだと言いたくなったが。

 どう返信しようか暫し考えたが、楽しそうにデスクトップ上を走り回っているのぺ子を見ていると面倒になってきた。


『Chacoさま


 早速の返信ありがとうございます。

 どう返信しようか考えましたが、見てもらう方が早いと思いました。

 お手隙きの際に以下より一度ご視聴ください。

 いつでも入れるようにしておきますので。

 宜しくお願い致します。 咲也』


 3人のリスナー集合の際にも使った無料会議ソフトのURLを添付してChaco先生に送る。

 俺のPCでは事前に通話状態のままにしておく。

 来ない可能性も多分にあるとは思うが、現状で下手に説明するよりは見てもらう方が何より早い。

 というか説明出来る気がしないし。

 のぺ子には、もしかすると誰かが入室してくるかもしれないから、もし来たら入れてあげてほしい事、その人は俺の絵を描いてくれた人だから、色々とおしゃべりしてみてほしい事を伝言し、俺は食料の買い込みがてら久しぶりに外出することにした。

 俺がいない状況で他人との接触は初めてだった為、のぺ子は少し不安そうだったが、絵の生みの親だと聞いて俄然やる気が出たらしい。

 色んな画像を使わせてもらったお礼も言いたいと鼻息を荒くして気合を入れていた。


 

 さっと風呂に入り、3日ぶりに外に出た。よく行く駅前のスーパーまで徒歩で向かう。

 パーカー一枚だと少し肌寒くて、そういえばもう秋口に入ろうかという季節だったなと自分自身に苦笑するような感じ。

 まぁ外に出ればそりゃ色んな人がそこには存在していて、学生やらサラリーマンやら家族連れやらが普通に生活している。

 どうにもそういった人たちを見ていると、どんよりとした気持ちになってくる。

 それは100%思い込みだとわかってはいるのだが、まるで自分だけがこの世界から隔絶した場所にいるような、『あちら側』と『こちら側』の間に乗り越えられない壁のようなものがあるように思えて、ひどく嫌な気持ちになった。


 みんなそれぞれに生活があり、人生があり、大小に差はあれど一喜一憂しながら生きているのだと頭では理解しているけれど、どうにも心がそれを飲み込めない。

 だから嫌なんだよ、とぽつりとこぼすように吐き出してしまう自分にも嫌気が差した。


 そそくさと逃げ帰るように自宅へ。

 日々目減りしていく口座残高に少なくない焦燥を感じつつも、どこか他人事のように見ている自分。

 ままならんよなぁ、という言葉がふと浮かび、口に出して言ってみる。


「ままならんよなぁ」


 言ってみて後悔した。

 口に出した言葉はすっと消えていってしまい、事実だけがそこに残ったような。

 本当に自分は袋小路に立っていて、どうしようもなく立ち往生してしまっているのだと感じたからだ。

 すれ違う主婦らしき人が怪訝な表情で見ているのも気にならないくらいには落ち込んだ。



◆◆


「そうなんだにぃ! だからのぺ子、今はとっても幸せなんだにぃ!」

『よかったねぇ。かわいいなぁ……のぺ子ちゃんほんとかわいいなぁ』


 鍵を開けてドアを開けると、何やら声が聞こえた。

 このまま盗み聞きするのも憚られて、わざと大きめな声で帰りを伝える。


「ただいまー」

「あ! 咲也パパが帰ってきたにぃ! パパおかえりだにぃー」


 とりあえず食料品をささっとしまう。冷凍食品と要冷蔵のものだけしまって、残りは後でもいいだろう。

 恐らく通話の相手はChaco先生だろうから、待たせるのも悪いと思い、PCデスクへさっさと向かう。


「え、と……Chacoさん、でいいんですかね? はじめまして、俺は咲也です」

『……』

「うん? 聞こえてます?」


 あれ、先程までは確かに声が聞こえていたのに、どうにも反応が無い。

 通信状況が悪いのかと思い、何度か声を掛けるが、やはり返答は無かった。


「聞こえてないのかな? 一回退室してもう一回繋げたほうがいいのかな」

「咲也パパ、大丈夫だにぃ。ママにはちゃんと聞こえてると思うにぃ」

「え、ママ? ってか聞こえてるの? どういうこと?」


 待って待って。情報が多い。

 いつの間にママ呼びになってるのとか、繋がってるのに返事がないとかどういうこと?


「いや、ちょっとよく分からないけど、まず聞こえてるのに反応が無いというのは?」

「うーんと、ママが『わたしはじゅうどのコミュ障』? だからおしゃべりが全然出来ないって言ってたにぃ」

「でもさっきはのぺ子と楽しそうに話してたの聞こえたけど」

「のぺ子となら大丈夫なんだって!」

「うん、うん……?」


 どういうこっちゃ?

 重度のコミュ障なのは分かったけど、なぜかのぺ子となら会話が成立するらしい。

 二次元ならOKとでも言いたいんだろうか?

 あながち見当違いじゃなさそうな気がしないでもない。


「あーっと、それじゃ俺は買ってきたものをしまったりしてくるから、もう少し2人で話しててもらっていい?」

「わかったにぃ! ママと2人で待ってるにぃ!」


 俺はそう言って席を立った。

 とはいえ、狭い家の中だから少し離れていても2人の会話は嫌でも聞こえてくる。

 今更席に戻って音量を下げるのも違うなと思い、できる限り聞かないようにするしかない。


『ふぅ……。ごめんねのぺ子ちゃん。うまく話せなくて』

「んーん! パパは優しいから大丈夫だにぃ。それよりもママは大丈夫かにぃ?」

『アァァ……のぺ子ちゃんの優しさが五臓六腑に染み渡るわぁ』

「ごぞう? ろっぷ?」

『のぺ子ちゃんの優しさがマリアナ海溝よりも深かったということだよ』

「??」

『意味がわからなくて首を傾げるのぺ子ちゃんかわいい』


 あ、この人へんな人だ。

 聞こえてくる会話から判断した。

 というかヤバい人かも。

 これが俗に言う限界化ってやつか。知らんけども。


「そろそろ俺も戻っていいかー?」


 とはいえ、いつまでもこのままではいられない。

 買ってきた食料品をしまうなどすぐに終えてしまって、実は手持ち無沙汰になっていたのだ。

 たかが独身男一人で食べる量などしれているから、どうにもすることがなくて何となくぼーっとしてしまっていた。


「はーい! ママ、パパが戻ってくるって言ってるにぃ」

「あっ、うん、はい。……はい」


 気にしていなかったが、Chaco先生の話している声を聞く限りではそこそこ若い女性? らしい。

 イラストレーター界隈の男女比がどうなっているのかは知らないけれど、少なくともChaco先生は俺よりも若いだろうと予想できた。


「よいしょっと。改めてのぺ子ただいま」

「パパおかえりだにぃ! ……おかえりって言ってみたかったんだにぃ、えへへ」

「ぁ……かわぃ……」


 照れ笑いしながら言うのぺ子ににっこりしていると、物凄く小さな音量でChaco先生が何かを言っている。

 いや聞こえているが、何となく理解したくなくてちょっと思考を飛ばしてしまった。


「改めて通話では初めましてChaco先生。いつぞやはお世話になりました咲也と言います。急なメールすいませんでした。どうしてものぺ子の姿をうまく説明出来る気がしなくて、この場を設けさせて頂きました」

「……」


 一気に話してから少し待つも、やはりChaco先生からの反応は無い。

 どうしたものかと悩むが、もう伝えたい事をとりあえず伝えようと続けることにした。


「のぺ子からどこまで説明を聞いたのか分かりませんが、俺から先生にお願いしたいのはのぺ子の姿を描いてほしいという事です。色々と試した結果、どうものぺ子と相性の良いのが先生のイラストだったようで。勿論、作画料もお支払いします。凄くわがままなお願いをするとすれば、出来れば支払いは分割にしてもらえると助かりますが……」


 そういえばこれぞ正しく受肉だよな、なんて思考の片隅で思いつつ、まずは言いたい事を一気に話す。

 咲也のイラスト以前と以降でターニングポイントになっている件については触れないようにした。

 何となく言ってはいけないような気がしたからだ。


「先生がどういった理由でVtuber関連の仕事を受けていないのかは俺には分かりませんが、これを最後と思ってのぺ子に身体を用意してあげてほしいです。どうか宜しくお願いします」


 画面はデスクトップ上を映しているから、当然俺の姿は見えていない。

 だが、それでも俺は頭を下げながら、カメラの向こうで聞いているだろうChaco先生に向けて言った。

 お金の事云々以前に、描いてくれない可能性だって勿論十分にある。

 その時はその時だと元から思っていたから、気負うものがなかったというのもあるかもしれない。

 言ってしまってから少し待つと、コメントが一つポップアップした。


 :分かりました、描きます。描かせてください。


 なるほど、会話出来ないからコメントにしたのか。

 こちらからすれば会話が成り立つならなんだっていいが、何となく3人を思い出して少し笑みがこぼれてしまう。


「あ、ありがとうございます。凄く助かります」


 何か言われるかと思ったが、案外すんなりと了承してくれた。

 描かせてくださいとまで言ってくれるのは素直に助かった。


 :お金はいりません。それと、のぺ子ちゃんの身体と一緒に、咲也さんのも描き直させてほしいです。


「いや、流石に無報酬というのは……。それに俺のも描き直すんですか?」


 互いの信頼関係が成り立っていない状況で、無報酬はちょっと危ういかなと思った。

 トラブルの元になりかねないし、何よりChaco先生にメリットが無い。

 お金という目に見えるメリットがある方がよほど納得出来るが、意図がまるで読めないのが一番怖い。

 これは断るべきだと即座に判断した。

 それに、俺の絵まで描き直すという、まるで意味がわからない。


 :はい、これは単なる私のわがままだと思ってください。これは償いであり、罰であり、願望も含まれています。


 言っている内容は一つも理解出来なかった。

 何に対する償いなのか、罰なのか。

 願望はのぺ子の絵を描きたいという……?


 :咲也さんにはご迷惑は一切お掛けしません。なんでしたら無報酬で了承した事を書面で残しても問題ないです。


 言いたい事は色々とある。聞きたい事も。

 だが、今も不安そうに成り行きを見ているのぺ子を見ると、どうにもあまり事を荒立てたくはなかった。


「はぁ……、まだよく分かっていない部分は多々ありますが、それじゃ一つ宜しくお願い致します」

「わーいわーい!」


 :頑張ります!


 俺の言葉に喜んでいるのぺ子と、妙にやる気になっているChaco先生のコメントを見て、まぁこれでいいかと思った。

 なるようにしかならないし、極端な話をすると実害も無さそうだし。

 そもそもChaco先生くらいの人が俺を騙したところでメリットもないしな。



 翌日、Chaco先生からのぺ子のイラスト原画が出来たとメールが届いた。

 メールを開けると、そこには添付ファイルが、しかも3枚も。

 早すぎるだろ、なぜだ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る