第4話 ママという存在と固定リスナーという存在
「ここに掲載してあるのは、咲也の立ち絵を書いてくれたイラストレーターの画像集サイトだよ」
それは咲也が法外な値段で依頼した立ち絵を依頼したフリーランスのイラストレーター公式画像集サイトだった。
商用転載などは認められていないが、自端末などへの保存は許可されている画像集をいくつかダウンロードしていく。
掲載時期などは特に意図せずにどんどんダウンロードする。
プロフィール欄に『Vtuber関連の依頼はお受けいたしません』の文字が書いてあっても、敢えて咲也は見ない事にした。
すでに活動を開始してからそれなりに期間が経っているからだろう、かなりの数が掲載されている。
中には著名なゲーム内イラストや、漫画・小説の挿絵表紙絵なども多数掲載されている。
だが、どうやらほんの一部を除いて、咲也の立ち絵が書かれた頃以前のイラストはほぼ皆無だった。
「咲也パパのイラストは無いんだにぃ?」
「無い、ねぇ……」
「どうしてだにぃ?」
「どうしてだろうね……?」
これは咲也にも本当に分からない事だった。
一般的にVtuberが依頼したイラストレーターは『ママ』と呼ばれる存在であり、Twittoなどでも生みの親でもあるママの名前を書くのが一般的だ。
だが件のイラストレーターは、咲也の立ち絵作成を依頼する際に法外な作画費用とは別にいくつかの条件を付けた。
・指定口座へ前払い一括振込のみ
・ママの名前は書かない、出さない、言わない
・差分などの追加依頼は一切受けない
・イラストレーターの活動実績には掲載しない
大きくこの4つが条件とされた。
さすがに咲也も提示された時にはムッとしたが、当時の投げやりな心境だった咲也は、まるで今更嫌だと言っても絶対に書かせるぞと言わんばかりに即座に依頼料を振り込んだ。
なかば煽るように、振り込んでやったぞさっさと書けとメールを送ると、それから数日して咲也の立ち絵が送られてきたのだった。
形式的なお礼を送ったが、イラストレーターからの返事は無く、以来そのまま没交渉となっていた。
どういった理由でこれほどまでにVtuberを毛嫌いしているのか咲也にはまるで分からなかったが、どうもこのイラストレーターはVtuber関連の仕事は一切受けないらしく、咲也の立ち絵作成の以前以降に問わず一件も受けていないらしかった。
送られてきた咲也の立ち絵を見た時、確かにこれは上手いし高くても仕方がないかも、と思った咲也だったが、それも数日も経てば何とも思わなかった。
むしろ、美麗だし上手いのは間違いないけど、そこまでの値段か? と問われれば間違いなく否だと言えると思えた。
とある理由から、決め打ちで件のイラストレーターに依頼していた為にやむを得ない事だったが、今になって思えばもう少し他のイラストレーターに一般的な依頼料でお願いしていれば、もう少し口座残高も潤沢だっただろうなと思えて仕方なかった。
「ま、その辺りはもう考えても仕方ないし、それより早速動いてみてくれるか?」
「らじゃーだにぃー」
シュバッと敬礼ポーズを取ると、のぺ子はフォルダの中に飛び込んでいった。
それから色々と試した結果、いくつかわかった事があった。
まず、イラストレーターの活動実績から鑑みるに、咲也の立ち絵を作成した時期よりも後の作画の方がのぺ子の動きが良かった事だ。
それは直近に近づけば近づくほどに如実であり、ごく最近にアップロードされたと書かれているとあるイラストは、見ているだけでもほぼ違和感が無いほどに動きやすそうだった。しかもそのイラストは咲也から見ても見事なものだと思えるほどであり、実際に動いている姿をじっと見てしまうほどには、作成者の心がこもっているように感じられた。
逆に咲也の立ち絵作成以前ものはやはり動きにくそうにしていて、そこから推測するに、咲也の立ち絵作成時期がターニングポイントになっている事は明らかだった。
「本当に動きやすそうだな……」
「うん! すっごい動きやすいにぃ!」
さすがに表情などには限界があるのか無表情のものを笑顔にするなどは無理なようだが、日常的な動きだけで言えば本当に3Dで動かしていると言われても納得出来てしまうくらいだった。
「となると、だな……」
恐らく自分を、引いてはVtuber全体を何故か毛嫌いしているこのイラストレーターに連絡を取るのが最も近道なように思えてくる。
正直、前回のやり取りを思い出すとあまり気が進まないが、今も嬉しそうにはしゃいでいるのぺ子を見ていると、重い腰も軽くなるような気がする。
「依頼料、まけてくれないかな?」
「んにぃ??」
「分割なら尚良しなんだけどね……」
日々枯渇していく口座残高に思いを馳せる。
今回はまかり間違っても煽るような文面は書かないようにしようと思いながら、『Chaco』名義で活動しているイラストレーターへの送信文面を今から悩む咲也だった。
◆◆
「今日の配信はどうするかな」
咲也とのぺ子は色々と遊び兼検証をしているうちに、気がつけばもう夕刻を過ぎていた。
すでにChacoには依頼メールを送り終わっており、そちらは相手からの反応を待つ他ない。
もしかすると返信自体もらえないかも? と思う咲也だったが、その時はその時でまた考えようと一旦頭の片隅に問題を棚上げする。
送り先は業務用メールアドレスだったので、確認するまでに相当な時間を要するのかもしれない。
とりあえずは一週間ほど様子見して、それから考える事にした。
「のぺ子は隠れておくから、咲也パパのしたいようにすればいいと思うにぃ?」
「んー、まぁそうだな……」
何故かデスクトップ上で寝転びながらゴロゴロと転げ回るのぺ子に首を傾げつつ、手元のスマホでTwittoを立ち上げる。
意識したわけではないが、咲也は毎日配信を欠かさず行っており、気がつけばすでに連続配信から3ヶ月が過ぎていた。
ただ単に咲也には膨大な時間があり、それにゲームをしている間は不要な事を何も考えずにいられたから、それだけだった。
配信内容はお世辞にもレベルの高いものとは言えなかったし、稚拙で杜撰で独りよがりな内容だったが、咲也からすればそれで十分だと考えていた。
もとより誰かを楽しませようだなんて欠片も考えていなかった。
真剣に配信者をしている者からすれば、怒りすら覚えるような内容であったが、悲しい哉、咲也には同業者との交流は皆無であり、そもそも視認すらされていないド底辺Vtuberだったからそれも仕方がない。
「まぁちょっとだけ配信しようかな」
「わかったにぃ! その間のぺ子は隠れて咲也パパの事を見ているにぃ!」
「了解。たぶん2、3時間くらいだけだから留守番、じゃないな……まぁ、大人しく待っててね」
「はーい!」
しばし考えた後、咲也はやはり配信する事にした。
どうせ差し迫ってする事など無く、Chaco先生からの連絡が来ない事にはのぺ子にしてやれそうな事も無い。
デスクトップ画面を映さなければ、のぺ子の存在は配信には乗らないだろう…。
唯一の注意点としては音を立てる事だが、じっとしてくれている分にはさほど気にしなくてもいいだろうし。
咲也はそう考えて配信することにした。そもそも配信に音が乗らない可能性もあるし? と楽観的な思考だったとも言えるが。
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「なんか今日は全然ダメだな……」
:調子悪そう
:なんというか、注意散漫?
:なんか気になる事でもあったのか
当初の予定通り時間に配信を開始し、間もなくいつもの3人が配信に現れた。
今日は3時間だけ配信すると宣言し、早速いつものように『頂上伝説』をプレイ開始するも、ここまでは散々と言える結果だった。
初動死に始まって、ブレブレのエイム。間近に接近した敵パーティーに気付かずに蜂の巣。
果ては自分で投げた手榴弾で自爆する有様であり、ゲーム内ランクの為のポイントを大きく落としていた。
3人プレイであるからこそ、1人が脱落すると途端にパーティーの戦力は半減する。
咲也の緩慢なプレイにパーティーの2人も引っ張られるように倒されてしまう試合が何度も続いた。
「いやぁ、別に体調が悪いとかは全然無いんだけどね」
そう言いながらサブディスプレイに視線を向けると、不安そうな目でこちらを見るのぺ子が映った。
プレイ当初はデスクトップの片隅に膝立ちで腕を何度も前に突き出しながら『いけ! 倒せ!』と口パクで咲也を応援するのぺ子だったが、無惨に何度も倒されていく咲也を見ているうちに、どうも実力を発揮出来ていない咲也のプレイを見て、気落ちしたのか、途中からは三角座りのままじっとしていた。
気を遣わせてしまったと反省するように、手を軽く上げてのぺ子へ詫びる。
咲也のそんな行動に不安そうな表情ながらも、首を大きく横に振って否定するのぺ子。
:俺たちはランクにこだわってるわけじゃないからいいけど
:そうそう、別に全然気にしてないよ
:アンレートでもするか?
「そうだねぇ……」
自分ではそこまでのぺ子の事を気にしていたわけではなかったが、ここまでお粗末なプレイをしている現状、強く否定も出来ない。
このままプレイを続けると言っても、3人は特に不平無く了承してくれるだろうが、やはり負け続けでゲームをしても楽しくない。
それに、どう見ても咲也を気遣っている3人に窮屈な思いをさせてまでプレイし続けたいとも思えなかった。
「んじゃまぁ、このままちょろっと雑談して今日は終わらせてもらおうかな」
:おけ
:慌てる必要なんてないもんね
:そうそう、差し迫って何かする必要もない
何とも甘やかしてくれるものだ、と咲也は苦笑しながらゲーム内ロビー画面のまま雑談を始めた。
一般的なVtuberが持っているような雑談用背景などを用意していない咲也は、いつも雑談を刷る時はこのロビー画面でしている。
咲也の会話が聞こえやすいように、BGMをミュートしているだけであり、それ以外は何ら変わりない。
放っておけば10分程度で強制ログアウトされるが、それも特に気にせずにそのまま雑談するのが主だった。
初見で来たリスナーからすれば、ログアウト状態の画面のまま雑談する様は相当滑稽だったに違いない。
「みんなの週末の予定は?」
:家にいる
:私も特に用事はないかな
:俺は写真撮りにいくかな
固定リスナーの3人は少なからず互いの情報を出しており、雑談もそういった関連の話題になる事が多かった。
学生・主婦・売れない写真家が3人の素性らしく、それらを基に話題を広げる。
それ以上の細かい情報はさすがに咲也も当人たちも晒していないが、会話の端々から多少の漏れは出てくる。
やまぴーは恐らく中学生くらいの男の子。
ちょみは主婦で恐らくだが専業主婦。どうやら小さい子が1人いるらしい。同年代あたりだと予想している。
ワキは自分でも言っているように売れない写真家。文面を見る限り、一回りは離れているのでは? と咲也は見ていた。
「ワキさんは相変わらず写真なんだね。まぁ仕事の延長線上って感じ?」
のんべんだらりと会話を繋げつつ、サブディスプレイで今もじっとしているのぺ子へ視線を向けた。
咲也が軽く手を振ると、のぺ子も嬉しそうに手を振り返してくる。
そんなのぺ子を見て、ふと咲也は思いついた事があった。
何気なしにマウスカーソルをのぺ子の近くまでゆっくりと持っていく。
のぺ子はそんな咲也の動きに何をするんだろうとカーソルの動きを見ていたが、頭上にゆっくりと止まったカーソルと咲也の交互に見回す。
咲也は設定画面を立ち上げると、カーソルのイラストを矢印から手のひらが指差ししているものへと入れ替えた。
当然のようにのぺ子の頭上にあるカーソルも手のひらへと切り替わる。
少しばかり驚いた様子ののぺ子に咲也が笑みをこぼしつつ、カーソルをそのままゆっくりと動かし始めた。
恐る恐るのぺ子の頭あたりにカーソルを置くと、ゆっくりと左右に動かし始める。
なかなかに精密度を求められる動きだったが、咲也が見込んでいたように、カーソルがのぺ子の頭を撫でるように動いた。
のぺ子はその動きにひどくびっくりとして、思わず声を出しそうになったのか、両手を口に当てて声を押し殺す。
そんなのぺ子の動きが面白くて、気がつけば咲也は無言でのぺ子の頭をゆっくりと撫でていた。
:あれ?声聞こえない
:やっぱり何かあったのかな
:ミュートにでもなってるのか?
「おっと! ごめんごめんいつの間にか無言になってたわ」
のぺ子の幸せそうな顔を見ながら何度も撫でているうちにかなり集中していたらしく、いつの間にか無言になっていた事を咲也が3人に詫びた。
言葉には出来ないが、内心では今日一番のエイムだったよと言いたいくらいに抜群の力加減で撫でていたようで、のぺ子の表情からもそれは見て取れた。
だからだろうか、慌ててメインディスプレイの端に映るコメント欄を見る時に、軽くマウスを動かしてしまったようで、しまった! 咲也が思った時にはすでに遅かった。
「へきちっ!」
やばっ!
咲也は思わず声に出しそうになった。
サブディスプレイを見ると、僅かに動かしてしまったカーソルがのぺ子の顔付近まで近づいてしまったようで、指先にあたる部分はほぼ顔にあたってしまっている。
しかもその先端はちょうどのぺ子の鼻付近に動かしてしまったらしい。
のぺ子の顔にカーソルがめり込んでしまうような事態は避けられたようだが、どうやら軽く当たってしまった指先の感触がのぺ子にはくすぐったかったらしい。
刺激された鼻腔は耐えられる事無く、くしゃみを誘引してしまったようだった。
:うん?くしゃみ?
:咲也くんの声じゃなさそうだったけど
:子供の声にしか聞こえなかったな
流れてくるコメント欄に、じわりと嫌な汗が吹き出るのが咲也にはわかった。
ちら、とのぺ子を見ると、今にも泣きそうな顔で俯くのが見える。
しっかりと配信でものぺ子の声が聞こえるらしいと頭の片隅で考えつつも、今の状況をどう弁明すればいいのか必死になって考える咲也。
すでに日頃の配信で咲也が独身ニートである事は3人も知っている。
そんな咲也の配信から、子供の声が聞こえてくる事自体が非常事態であり、まかり間違えば通報されてもおかしくない。
かといってどう説明すればいいのか。
話題になっていた中古PCを買ったらその中にはヘンテコなのっぺらぼうがいて、しかもそののっぺらぼうは意思疎通が取れて、イラストなどに憑依する事も出来る。
一定の干渉をPCへ行う事が出来る、性別不明の多分10歳くらいの子供……。
そこまで一気に考えて、やはり誰がこの状況を理解出来るのかと思った。
怪奇現象、超常現象じみている事は咲也が最も理解している。
たぶん、のぺ子が世間に現れればかなりの注目を集める可能性は十分にある。
信じない層だって一定数現れるだろうが、のぺ子の動きややり取りを鑑みれば信用度はすぐに高まるだろう。
だが、信用される前に通報されてしまったら?
というか自分がこの配信を見ていてもまず疑うは誘拐・拉致・監禁の類だろう。
それらがまず頭に去来し、その上で信頼関係がある相手であれば初めて聞くのかもしれない。
それなりに付き合いの長くなった3人とはいえ、それを求めるのは少しばかり無理があるのでは……?
「あー、えっと……3人ともこの後、ちょっと時間ある?」
咲也は諦めて説明することにした。
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