第3話 ふたりの関係性

「そういえば、名前ってあるのか?」


 昼過ぎに目覚めた咲也だったが、のっぺらぼうは普通に画面内に存在していた。

 どうやらその後もネットサーフィンを続けていたようで、今はなぜかフリーゲームの紹介サイトを回遊しているらしかった。

 全くキーボードにもマウスにも触れていないにも関わらず遷移されていく画面に改めてヘンテコだなと思いつつ、眠る前に呼ぼうとして口ごもった事を思い出した。

 

「たぶん、無いと思うにぃ」

「無いのか……」


 返答に少し詰まる咲也だが、ある程度予想していた内容ではあった。

 気がついたらPCの中にいて、なおかつ記憶などは全く無し。

 であれば、名前などもあるはずがない。

 いや、もしかしたら本当は名前があるのかもしれないが、少なくとも本人がそれを知らない時点で名前が無いことと同義だろうと考えていた。


「とはいえお互いに呼び名が無いと流石に不便だもんな」

「なら、名前を点けてほしいにぃ」

「えぇ……俺が付けるの?」


 咲也は、四捨五入したら三十路の独身ニートにそんなスキル求めるなよと、思わず口に出しそうになるのを堪える。

 自分の名前だって、ほぼ本名から引っ張ってきてるようなものであり、活動時に多少は考えてみたものの、すぐに投げ出してしまった過去を思い出した。


「じゃあさ、逆にボクはなんて呼べばいいにぃ?」

「あー、俺のことって事だよね」

「うんうん、そうだにぃ」

「咲也と呼んでもらうのが一番順当だけど……」


 のっぺらぼうの問いに、フムと少し考える。

 よく分からない生き物? に咲也と呼ばれるのも何だか少し違う気もしてくる。

 かといって、さん付けや君付けも違う気がするし……。

 うーむと咲也が一人考えていると、のっぺらぼうが訪ねた。


「じゃあ咲也パパにするにぃ!」

「えぇっ! パパぁ!? いや流石にそれは……」


 そこまで言った咲也だが、自分で言ってキャッキャとはしゃぐのっぺらぼうの姿を見ていると強く断れなくなった。

 気が狂いそうなほどに真っ暗な空間に独りずっといた反動もあるのかもしれない。

 それに、のっぺらぼうだから詳細は分からないが、ここまでの少ない会話で考えてもどう見繕っても十歳やそこらの精神年齢に思える。

 自分が十歳の頃にそんな所にずっとひとりぼっちだったらと思い浮かべて、とてもじゃないが耐えられないなと怖気すら感じたほどだった。


 うーんと唸りながらなんの変哲もない天井に視線をうつす。

 きっと家族というものに、愛情にも飢えているのかもしれない…。

 ふと思うと、最早そうとしか考えられなくなった。

 それに、現実で本当に子供を育てるわけでも養うわけでもない。

 謂わば仮想世界での関係だと考えればさほど手もかからないだろう。

 そうだ、ゲームのようなものだと思えば、幾分か咲也の心持ちも軽いものになった。


 そこまで考えて思考を巡らしていた咲也が画面に視線を戻すと、いつの間にかブラウザは閉じられており、見栄えしないデスクトップの中央に少しばかり不安そうな表情ののっぺらぼうが立っていた。

 あぁ、この子は俺に拒否されるのが怖かったんだな。

 怖がらせるつもりなんて微塵も無かった咲也だったが、この子の境遇を考えれば咲也の一挙手一投足に不安を抱いてもおかしくないよな、とそう思えた。


「よし分かった。じゃあ俺の事は咲也パパって呼んでくれればいいよ」

「本当だにぃ!? めっちゃくちゃ嬉しいにぃ! やったにぃ!」


 努めて笑顔でそう言うと、僅かばかりにほっとした表情を見せたが、すぐに昨日のようにピョンピョンと飛び跳ねながら喜ぶのっぺらぼう。

 その姿を見てやはり、と思うと同時に、まぁこういうのも少しくらいならいいかなと思える咲也だった。


◆◆

 

「君の名前を何にするかは一旦検討するとして、それまでは『のぺ子』って呼ばせてもらうかな」

「わかったに! 楽しみに待ってるにぃ!」

「物凄く適当に決めたから何か言われると思ったのに、そんなに気にならないんだ?」


 流石に名前が無いと不便だと思った咲也は、見た目からの安直な呼び名として『のぺ子』と当面呼ぶ事を提案したが、特に不満などは無かったようだった。

 だが、咲也の問いにのぺ子は少し悲しそうに苦笑しながら首を横に振る。


「だって、化け物って呼ばれるよりは嬉しいにぃ」

「…………」


 生後僅か半年でひとりぼっち。さらに見た目は誰がどう見ても奇怪なのっぺらぼうの姿であり、本人すら理解出来ていない状況下にあった。

 しかも自我は常に保たれ続けていて、PCの電源が落ちている時間は唯ひたすらに暗闇の中でじっとしているしか無かった。

 そんな中で現れた、唯一コミュニケーションが取れる二人の所有者には化け物と呼ばれたとすれば……。


「今までの人たちが悪い人たちだなんて思ってないにぃ。でも化け物って呼ばれるのはとても悲しかったにぃ」

「それは……そうだな」

「だから、こうやって名前で呼んでくれるととっても嬉しいんだにぃ!」


 咲也の辛そうな表情を見たからだろうか、のぺ子は努めて笑顔でそう言った。

 咲也からすればどう見てもそれは強がりの言葉であったが、のぺ子にすれば本心も多分に含まれたものであり、仮の名前とはいえ、パパから名前を呼ばれる事にワクワクするような、どこかモゾモゾするような気持ちを抱かせた。


「のぺ子がいいならわかった。それと、他にも気になっている点があって……」


 すんなりと飲み込めた咲也ではなかったが、のぺ子がいいと言うならこれ以上何も言えないと思い、話題を変えることにした。

 会話しているうちに気になった点を咲也が挙げる。

 それは、朝に見せてくれた咲也の立ち絵を使った挙動についてだった。


「もう一回、俺の姿で動き回ってくれるか?」

「わかったにぃ!」


 わけも聞かずに、のぺ子は颯爽とフォルダの中へと走っていく。

 随分と信用されたもんだなと咲也は苦笑しつつ、のぺ子の戻りを待った。

 ゴソゴソとのぺ子が準備している音を聞きながら代わり映えのしないデスクトップを見ていると、少しずつ気持ちが落ち込んでいく。


 電子データ相手に何をしているんだ?


「はぁ……」


 心の中にいるもう一人の自分からまるでそう言われているようで、後ろめたさに顔を顰めた。


「じゃじゃーん! ……どうかしたにぃ?」

「いやいや、何でもないよ大丈夫」


 フォルダの中から飛び出してきたのぺ子が、咲也の表情に怪訝そうな声を出すが、咲也は笑顔で首を横に振った。

 のぺ子は首を小さく傾げたが、咲也の作り笑顔を見てこれ以上聞いても仕方がないと思ったのか、もしくはそれ以上に楽しさが勝ったのかその場で動き回りながら咲也の指示を待つことにした。


「それで、咲也パパ、の気になる事ってなんだにぃ?」


 まだ言い慣れていないのか若干の気恥ずかしさを込めて咲也を呼ぶのぺ子に、思わず笑みをこぼす咲也。


「もぉーっ! 笑ったら余計に恥ずかしくなるにぃ!」

「ごめんごめん、何だかその姿で照れてるのが面白くって」

「笑ったらダメなんだにぃ!」


 咲也は悪い悪いと謝りながら、のぺ子に気になっていた点を聞くことにした。


「その状態の時で動くのには限界があるって言ってたよな? 具体的にどんな感じなの?」


 咲也の問いにうーんと唸りながら暫し考え込むのぺ子。


「なんかこう、詰まってる? 突っ張ってる? これ以上は動けないって感じだにぃ」

「それはどのイラストとかでも同じなのか?」

「ううん、動きやすいものもあれば、動きにくいものもあるにぃ」


 のぺ子の言葉に今度は咲也が考え込む。

 どうやら挙動の限界値は必ずしも同じではないようだ。

 それらの法則性が分かれば、もう少し動きやすい姿を用意出来るかもしれないが、原因が分からない以上は手の打ちようがない。


「色々と試してみるか」

「はーい!」


 様々なサイトからイラストや写真などキャラクターが描かれた画像をダウンロードしていく。

 二次元に限らず三次元のものまで様々なものを、だ。

 その結果、のぺ子が言った通り確かに挙動性の大小がある事が判明した。

 だが、やはりその法則性が分からない。

 咲也の立ち絵に代表するように、美麗であれば良いという訳でもなく、適当なサイトからダウンロードした単なる棒人間が物凄くフィットした場合もあり、ますます咲也を混乱させるに至った。

 

「結論、よく分からん」

「だにぃ……」


 テスト用に設置したフォルダ内には様々なイラストや画像が保存されている。

 動きやすい・動きにくいでカテゴリ分けをしたが、それらをじっくり見てもやはり法則性は見い出せそうにない。

 それなりの時間を使って動作テストしたが、どうにも答えは出てこなかった。


「ま、とはいえ別にそれで何かが困るわけじゃなし、気にしなくてもいいさ」

「せっかく一緒に遊んでくれたのに、ごめんなさいにぃ……」

「いや、のぺ子が悪いわけじゃないから」


 遊んでたわけじゃないんだけどな、と思いながら励ます咲也。

 まぁ、のぺ子からすれば遊んでいたのと同義だよなと考えつつ、ふと思い浮かんだ事を聞く事にした。


「そういえば、咲也の立ち絵はどんな感じなの?」

「あんまり動きやすくないにぃ」


 それは確かに咲也から見ていても同じ感想だった。

 特に棒人間との違いは如実で、咲也の立ち絵を使って動き回っていた時にはさほど気にならなかったが、棒人間を使った動きを見た後であれば明らかに動きにくいんだろうなと思えたほどだったからだ。


「…ん? いや、ちょっと待てよ」

「どうかしたんだにぃ?」

「ちょっとばかり思いついた事があってね」


 そう言いながらブラウザを立ち上げて何やら検索を始める咲也。

 いつの間にかのっぺらぼうの姿に戻ったらしいのぺ子がブラウザの右端に小さく陣取ると、すいすいと遷移していく様子をじっと見ている。

 そして、目的のページに行き着いたのか、あるサイトでマウスの動きが止まった。


「これって……」


 サイト内にある無数のイラストに目を通しながら視線を向けてきたのぺ子に大きく頷く。


「ここに掲載してあるのは、咲也の立ち絵を書いてくれたイラストレーターの画像集サイトだよ」

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