第2話 おやすみだにぃ!

 すでに陽は完全に昇りきり、人の往来がすでに始まっている。

 窓からは車が走りすぎる音も聞こえ、社会が今日も始まったことを咲也に伝える。


 小さく嘆息しながら、咲也はコーヒー片手に睡魔と戦いながら、今も画面に鎮座するのっぺらぼうと対話を続ける。


「で、とりあえずこのまま電源を入れっぱなしにして欲しいって事でいいんだよね?」

「うん、そうしてくれたら嬉しいにぃ」


 まぁ、それくらいなら……。と理解を示す咲也。

 長時間の電源オンによる画面焼けなどが多少気になると言えば気になるが、明るさを最小まで落としておくか、最悪はディスプレイだけ電源を切っておけば問題無いだろう。

 それに、こんなヘンテコなキャラと今も意思疎通出来ている事に改めて驚くとともに、少なからず現状に面白みを感じていたからだ。

 聞くと、物理的にPCから飛び出したりなどは勿論出来ないが、PC上であればかなり自由に動き回れるらしい。


「こんな感じだにぃ」

「えぇ……」


 のっぺらぼうはそう言いながらとことこと画面上を動くと、ブラウザをポチポチと器用に二回押して立ち上げて適当な検索を行い始めた。

 その光景に咲也はポカンと口を開けたまましばし呆然とする。

 思わずマウスとキーボードに目をやるが、どちらもピクリとも動いていない。

 画面上ではのっぺらぼうが縦横無尽に動き回り、そこかしこをクリックしながらページを遷移させていく。

 これぞ正にネットサーフィンかよ、とつまらない事を浮かべながら。

 

 こんなの他の人に見せても、誰も信じてくれなさそう…。

 まるでハッキングされて遠隔操作でもされているかのようにしか見えない。

 咲也はそう思いつつ、目の前で実際に行われているトンデモ怪奇現象をしばし見ていた。


 だが、ここまで見ていて咲也はふと疑問を抱いた。

 当初こそかなり怖かったものの、こうやって見慣れてしまえばさほどの物でもない。

 裏側でどうやっているのかは未だ理解出来ないが、無理やり電源を落とす事だって出来るだろう。

 今までの所有者が早々に手放すほどの恐怖を抱いた事が、どうにも腑に落ちなかった。


「なぁ…今まではどうやって脅したりしてたんだ?」


 久しぶりに外に出られて嬉しいのか、今も嬉々として動き回るのっぺらぼうに咲也が聞いた。

 呼ぼうとして、なんと呼べばいいのか分からずに無愛想な聞き方にはなってしまっていたが。


「うーん……」


 咲也の問いかけにのっぺらぼうが立ち止まって少し考える。

 のっぺらぼうが腕を組んで思考する様はなかなかにシュールだなと思いながら答えを待っていたが、のっぺらぼうはうーんうーんと唸りながら考え込んだまま言葉に窮した。


「なにか言いにくい事でもあるの?」

「そういう訳じゃないんだけどにぃ……」


 そんなに人に言えない事でもしていたのか!?

 思わず身構える咲也だが、その様子を見たのっぺらぼうが慌てて両手を突き出して誤解を解こうとした。


「違うに! 言えないんじゃなくて、どうやって見せようかと悩んでいたんだにぃ!」

「見せる? 俺に?」

「そうだに! うーんうーん……あっ、そうだに! さっきのアレをちょっと貸してもらうだにぃ!」

「さっきのアレって? って、おーい」


 のっぺらぼうはそう言うと、画面から画面下段に置かれているフォルダの中に消えていってしまった。

 ゴソゴソと音が聞こえるので何やら動き回っている事がわかるのだが、その姿は見えない。

 咲也は立ち上がったままのページを見ながらもうすっかり温くなってしまったコーヒーを啜って待つしかなかった。


 さほど時間が経たずに「出来たにぃ!」とのっぺらぼうが言った。


「その画面を閉じてほしいにぃ」

「はいはい」


 咲也は指示された通りに立ち上がったままだったブラウザを閉じる。

 すると映し出されたデスクトップには、先程までのっぺらぼうが座っていた場所に、咲也の立ち絵が置かれていた。

 こうやって改めて見てもやはり上手さは際立ったイラストだな、とどこか他人事のように立ち絵を眺める。

 そういえば、のっぺらぼうの姿がどこにも見えないな、と思いながら。

 

「俺の立ち絵なんて持ってきてどうした? というかそんな事も出来るんだな。それに姿が見えないけど」

「こういう事だにぃ!」


 そう言ったのは、目の前に置かれた咲也の立ち絵からだった。

 美麗だが無表情のイラスト。口は閉じられているはずなのに、まるでアテレコでもしているかのようにパクパクと言葉に合わせて動いている。

 モーションキャプチャで動いていると言われればまだ納得出来るが、咲也は使用していない。

 普段は2D静止画での配信のみであり、今までにモーションキャプチャを使用した事は一度もない。

 故に咲也のPCにはそういったソフトもダウンロードされていなかった。


「ボクはこうやってイラストや写真の中に入って動かす事が出来るに!」

 

 そう言いながら画面上を上下左右に動き回るのっぺらぼう、もとい咲也の立ち絵。

 無表情で、どことなくカクついた動きが気味悪い。


「これを幽霊とかの姿でやったら物凄く怖がられたに」

「いやそりゃそうでしょ……」

「反省してるにぃ……」


 自分の立ち絵で、無表情なのにどこか憂いを帯びた顔で反省されても……。

 そう思いながら、今までの所有者の恐怖に少し同情を覚える咲也だった。


◆◆


 その後も色々とのっぺらぼうから聞いた咲也。

 どうも元のイラストや画像の姿や表情からあまりにもずれた動きなどは出来ないらしい。

 それらを無理やりに近い形で動かす為に、先程までのようなカクついた、ゾンビのような動きになるとの事だった。

 そりゃ、あれで画面いっぱいに近寄って来られたら泣くわ。

 そう言った咲也の言葉に、しゅんとなるのっぺらぼう。

 どうやらこののっぺらぼうの姿がデフォルトのようで、この姿であれば特に不自由は無いらしい。


「とりあえず、君の事はだいたいわかった」

「それじゃぁ……!!」


 温くなったコーヒーを一気に飲み干す。それでもさすがに眠気が限界に来ており、そろそろベッドに潜り込みたい咲也。


「まぁ、もともと何かあるんだろうなとは思ってたから、それくらいならいいよ」

「ありがとうだにぃ! とっても嬉しいにぃ!」


 そう言って何度もジャンプしながら万歳をするのっぺらぼう。

 小さめサイズなら、これはこれで可愛いもんだな。

 そう思いながら、わーいわーいと喜ぶのっぺらぼうに思わず笑みを浮かべる咲也だった。



「じゃあ俺はとりあえずちょっと寝るから、好きにしててくれていいよ」

「わかったにぃ。あんまりうるさくしないようにするにぃ」

「原因が分かったから、多少ならゴソゴソしても大丈夫だよ」

「ありがとうだにぃ!」

「いいよいいよ」


 咲也は笑顔いっぱいののっぺらぼうからの感謝に苦笑しつつ、ディスプレイの明るさを最小まで落とす。

 小さくガサゴソと聞こえる音を聞きながら照明を消して咲也はベッドへと寝転んだ。

 現実にはいないながらも、近くで誰かの物音がしている事に何とも言えない気持ちになる。

 窓から漏れる陽の光がどこか鬱陶しく感じて、遮光カーテンを思いっきり閉じると、部屋は真っ暗になった。


「うーんと、うーんと……」

「んー? どうしたー?」

「あっ、えっと、えーっと……」


 さっきまでの眠気が飛んでしまったのか、スマホを見る気にもなれずそのままベッドに寝転んでいると、唸っているのっぺらぼうの声が聞こえた。

 何かあったのかと問いかける咲也に気づいたのっぺらぼうはまごついている。


「あの……」

「うん? 何か気になる事でもあった?」


 PCからは少し離れているが、のっぺらぼうには問題なく咲也の声が聞こえているらしい。

 だがやはり咲也の言葉に返答しないのっぺらぼうに訝しんで、咲也は起き上がるとPCデスクまで近寄ってディスプレイの電源を入れた。


 「あっ」

 

 咲也の顔が見えたからか、画面中央で何やらまごついていたのっぺらぼうがモジモジと恥ずかしそうにしている。


「どしたの? 何も無いなら俺は寝るよ?」


 少しキツイ言い方になってしまったかな、と言ってから反省する咲也だが、いつまでもモジモジされていてもどうしようも無いと割り切る事にする。

 まごついていたのっぺらぼうだったが、咲也の言葉に意を決したのか、がばっと立ち上がった。


「あっ、あの……!!」

「ん?」


 のっぺらぼうは両手をグッと握ると、口を開けて何かを言おうとしたままピタッと止まってしまった。

 そのまま何度か口をパクパクさせるが、やはり言葉が出ないのかそのままモジモジすると、急に画面上を走って近くのフォルダにシュポッと隠れてしまった。


「何だったんだ…?」


 釈然としない咲也だが、隠れてしまったものは仕方がない。

 もう一度ディスプレイの電源を落としてベッドに寝転ぼうとしたところで、やっとのっぺらぼうが言いたかった事がわかった。


「あの……お、おやすみなさいだにぃ!」


 恥ずかしかったのか言葉に詰まりながらも言うのっぺらぼうに、咲也は見えていないのに顔を赤らめているであろう姿が目に映るようだった。


「あぁ、おやすみ」

「ずっと言ってみたかったんだにぃ!」


 それでまごついていたわけね、と苦笑しつつも、久しぶりに誰かと声を合わせておやすみなんて言ったな、と思う咲也だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る