俺の娘はバーチャル”幽”チューバー

ちょり

第1話 プロローグ

「スキャン入れる。……あ、こっち一人いる。あと奥にも一人いるね」


 オンラインFPSゲーム「頂上伝説」のプレイ画面。3人1チームでプレイするゲームの配信中である。


 声の主である個人Vtuberである四方山咲也【よもやまさくや】が索敵のスキルを使用し、敵がいる位置が判明するとそこにピンを刺した。

 咲也の声とピン位置に合わせて2人の仲間が動く。


 :もう一人どこにいるんだろ


 咲也がちらっとサブディスプレイに視線を向けると、現在観戦しているリスナーからのコメントが目に入った。


「ワキさんほんとそれね。ちょっと位置見えないのが怖いけど、今のうちに行っちゃおうか」


 ワキ、と呼ばれるコメントしたリスナーへ声を掛けつつ、画面端に映る残部隊数を見ると残り5部隊。そろそろ最終局面に向けてどの部隊も動き出す時間帯だった。

 咲也のGOサインに合わせて仲間二人が動き出す。勿論咲也も動くが、中列に位置する咲也の前を仲間のアタッカーが撃ち出しながら敵へと向かう。後方に位置するもう一人の仲間もスナイパーで撃ちながら援護していた。


「やまぴーさんナイスダウン!こっちも割ってる!」


 激しく撃ち合いながらも、一人をダウンさせ、もう一人も鎧を剥がすところまでダメージを与えた。

 その時、後方に位置していた仲間のスナイパーから接敵のアクションピンが刺される。


「うぉっ!もう一人はそっちにいたのか!」


 咲也は急いで後方の仲間へとサポートに戻る。味方のスナイパーはダウンされたが、何とか咲也が敵をダウンさせた。

 そうしているうちに前線にいた仲間がもう一人を倒したのだろう。目の前にいたダウン状態の敵は箱、いわゆるキル状態へと変わった。


 :ないすぅ!


「ふぅー、さっさと回復しないと今来られたらちょっとヤバメ……だなぁ!」


 咲也がダウン状態の仲間を蘇生させる数秒のチャージ中に呟くと、途端に画面がキラキラと光る。撃たれている事を示す赤の矢印が前方から示された。


「やばいやばい別パだこれ!ちょみさんごめん、一旦引くわ!」


 蘇生完了まで間もなくというところまでゲージが溜まっていたが、やむなく蘇生キャンセルしてその場から離脱する。案の定蘇生をキャンセルされた仲間はすぐにキルされてしまった。

 咲也の体力ゲージはほとんど残っていないが、呑気に回復などしていられないともう一人の仲間がいる方向へ離脱する。


「やまぴーさん後ろやばいから一旦逃げないと……って、こっちにもいる!」


 慌てて前方の仲間の元へ向かうも、更に別パーティーと接敵する。

 咲也の叫びも虚しく、前後から挟まれた咲也パーティーは敢え無く全滅した。


◆◆


「さっきのアレはちょっと不運だったねぇ」


 :ごめん、後ろからの敵に気付かなかった

 :いや、俺ももう少し動き出しとか早めにすればよかったわ


「いやいや、アレはもう仕方がないよ。さすがに別2パ来られたらどうしようもないわ」


 :さすがにね。ドンマイとしか言いようがないね



 ゲームにおけるランクはゴールド。最上位から3つ下のランクであり、さらに咲也はゴールドⅢと呼ばれる下位レート帯。

 ゲームの実力同様に、特に面白みのあるプレイをする訳でもなければ、話芸が得意な訳でもない咲也は、チャンネル登録者数60人、同接平均4人の紛うことなき底辺Vtuberであった。


◆◆


 反省会も終え、ゲームのロビー画面のままでうだうだと雑談をする。

 時刻は23時を少し超えたところだった。


 :今日はもうこの辺にしとく?


「やまぴーさんそうだね、明日はちょっと朝早いしこの辺にさせてもらおうかな」


 :あ、そういえば明日届くって言ってたんだっけ?新PC


「ワキさん、そうだよ。あさイチ到着予定だから、そっから明日の配信までに組み立てて使うつもり」


 :でもそのPCほんとに大丈夫なの?最新ゲーミングPCが中古で5万とか胡散臭すぎるんだけど

 :俺もそう思う。しかもなんか色々アップグレードされてるんだったら、ちょと詐欺疑うわ

 :半年前の物とはいえ、ハイグレードグラボも付いてるから定価だとかなりの値段なんじゃないの?


「ははっ、まぁ定価だとざっと計算しても50万弱はするはずだからね。本当に使えたら儲けものって感じかな」



 咲也がそのゲーミングPCを見つけたのは、某フリマアプリでの事だった。

 半年前にリリースされた最新型PCに個人で取り寄せたのだろうハイグレードグラフィックボードなどが搭載されたものが、なんと即決5万円で売りに出されたのだ。

 売出し開始時刻を見るとわずか1分前と表示されていた。

 現在使用しているPCがそろそろ買い替え時に来ているにも関わらず、諸々の問題で新しいPCが必要であるにも関わらず金銭的に苦労していた咲也は、そのPCに飛びついた。


 :絶対詐欺じゃん

 :よっぽど早く捌きたかったとか?

 :中古PC屋に持っていく事も出来なかったのかねぇ


「俺も落札した後に詐欺かな?とは思ったけど、何ならまだ修理期間内の保証書も付いてるって言うし、じゃあ物は試しでいいかなと思ってね。動作保証って書いてたし」


 :ますます胡散臭いんだけどw

 :うむ。ますます胡散臭い

 :まぁ、否定は出来ないね



 固定リスナーの3人からやんやと言われて咲也は思わず苦笑する。すでに咲也の内情をよく知る3人だからこそだった。


 :イラストに金かけすぎてPC用意する分が足りなくなるとか本末転倒じゃん


「ワキさんそれについてはもう、本当に何も言えないね。あれこそ正にむしゃくしゃしてやったって感じだわ」


 :後悔して

 :反省も、だな?

 :草


「いやぁ、ほんとあの時の俺はどうかしてたとしか言えないね」


 咲也はテンポよく投稿されるコメントに返答しながら、右端に表示させている男性イラスト、所謂立ち絵に視線を向けた。

 そこに表示されているイラストは、底辺Vtuberからは程遠い、美麗な男性が映されていた。


◆◆


 咲也が注文した中古PCは翌朝つつがなく届いた。

 今晩の配信に間に合わせるように早速配線などを進めていく。

 現在使用しているPCとの接続などで手間取ったが、その都度ネット検索で調べながら進める。

 途中、昼食などで休憩を挟みながらもなんとか完了させ、必要なソフト類も問題なくダウンロードし、夕方前には動作テストなども全て終わらせる事が出来た。


 そうなるとやはり色々と試したくなるもの。

 今のところ特に不具合などは特に見つかっておらず、改めて定価の90%OFFで販売した出品者を訝しむも、気にしないことにした。

 保証書の期限まではまだ半年以上残っており、最悪保証書が切れたとしても半年持つのであればペイしたものと判断することにしたからだ。

 それに、半ば賭けみたいなものだと考えており、最悪騙されたとしても仕方ないと割り切っていた。


『何とかPCの接続も完了したので、予定よりもかなり早く配信します』


 Twittoでそう呟くと、早速配信開始ボタンを押し、ゲームを始める。


「おぉ……何もかもが早い。そしてヌルヌル動くぅ」


 晩飯代わりのおにぎりを食べながら今まで使っていた旧式のゲーミングPCとの快適さの違いに思わず声が漏れ出てしまう。

 視聴者は0名。完全な独り言だが気にしない。

 固定リスナーの3人以外にも、時折初見と思われるリスナーが視聴しに来ることがあるが、それもほんの数分ほどで視聴をやめてしまう事が多かった。

 初見コメントに反応して会話をすることもあるが、それでも咲也の配信を見ていてつまらないと感じたのだろう。

 咲也自身も楽しませようと思って配信している訳でもないため、当然の流れだった。

 先程した呟きもいわば固定リスナーの3人に向けてであり、過去の呟きも『いいね』の一つも付いていない。

 Vtuberとして活動しているが、その内実、身内で楽しんでいるだけだと言われれば正にその通りであった。

 

 昨日と同様に「頂上伝説」をプレイする。

 早速ランチマッチを始め、野良2人とサクサクと進める。

 昨日までよりゲームの腕が大きく上昇したわけでもないのに、今日は立ち回りがうまくいき、さらにパーティーで振り分けられた野良がかなりの上級者だったようで、初戦からチャンピオンを取ることができた。


「今日は一発目から幸先がいいね。特に会話するわけでもないけど」


 基本、咲也は野良とのVCは解放しておらず、また相手からの一方的な声も拾わないように設定していた。

 前まではVCオンにすることもあったが、やはりランクが上になればなるほどVCは必須となっており、その中で罵声を浴びせてくる野良に辟易していた為だった。

 プロ-ゲーマーほどの実力が無い咲也では、VCオフのデメリットは非常に大きかったが、そもそもそこまで入れ込んでゲームをしていない咲也にとっては、さほど気にする内容ではなかった。


 その後、数戦をプレイして戦績は上々。PCにも特に不具合は起きていない。

 まだ使い始めて数時間とはいえ、これは本格的にアタリかも?と少し喜ぶ咲也だった。


「ん? なんの音だ?」


 それはプレイを終え、ロビー画面で少し休憩している時だった。

 ガサゴソ、ガサゴソと音が聞こえる。

 殺風景と言えるほどに物が少なく、それにゴミが溢れているわけでもない咲也の部屋で虫を見た事はない。

 デスクの周りをきょろきょろと見渡しながら音の出どころを探ると、どうやら設置したばかりのPC本体から音が聞こえてきているようだった。

 真っ先に頭に浮かぶのはあの生き物。


(まさかGを連れてきてましたとかだったらいやだなぁ…)


 思わずしかめっ面になりながら、そぉっとデスクの下に回り込んで耳を近づけてみる。


(うーん、音は聞こえるけど、なんかちょっと違うような……?)


 ファンが回る音とは別に、やはりガサゴソと聞こえる。

 虫が動き回る時のカサカサといった音ではなく、どちらかというと人が何か書類などに触れたりしている時の音に似ているように感じた。

 さほど大きな音ではないが、気になると言えば気になる。


「虫は嫌だなぁ……おっ?」


 独り言を呟きながら、軽くPCをつま先でカンカンと鳴らすと、不審な音がピタリと止まった。

 耳を近づけてもやはり音は聞こえない。

 その後も何度かつま先でつついたり、軽く揺らしてみても、音はやはり聞こえてこなかった。


◆◆



 夕方に配信を開始してからすでに6時間が経過。

 途中、固定リスナーの3人と合流し、プレイを続けていた。

 昨日はPCの組み立てなどで早めに配信を切り上げたが、通常であればまだまだ配信を続ける時間帯だ。

 咲也が配信する時間帯は大体が20時頃から深夜まで。

 早ければ日が変わる頃に配信を終えるが、時にはそのまま朝方まで配信をする事もあった。


 :届いたPCの調子は良い感じ?


「ワキさん、うん、今のところ動きに変なところはないかな。別のところでちょっと気になる所はあるけど」


 :じゃあマジで当たりだったんじゃん。良かった!

 :気になるところって?


「いやそれがさぁ、PCからちょこちょこ変な音がするんだよね。ガサゴソって」


 :もしかして、G

 :えぇ……


「俺も最初はそう考えたんだけど、何か音の種類が違うというか、まるで人が紙を触ってる時みたいな音が聞こえるんだよ」


 :こわっ!

 :そっちの方が嫌なんですけど

 :もしかしてGはGhostのGだった…?


 騒然とするコメントに苦笑しつつ、PCに近づいて聞き耳を立てるが、今はどうやら音は聞こえてこないようだった。


「まぁまぁ、最悪何かおかしくて使えないようだったら前のPCがあるし、保証期限内だから修理も出せるしね」


 騙されてもともとであると割り切ればさほど気にはならない。

 とはいえ、定価の90%OFFであった理由が必ずあるのだろうと咲也は考えていたが、それは使いながらしか分からないだろうと割り切る事にした。

 音の出どころが気になると言えば気になるが、意識的に気にしないようにすればいいだけの話だ。

 

 水曜平日の真っ只中にも関わらず更に2時間配信を続ける。

 さらに配信を終えてからも一人で「頂上伝説」を無言でプレイし、気がつけば日が昇る時間帯となっていた。


「……」


 画面はゲームのロビー画面を映している。

 画面上のキャラが自動モーションで動き回っている以外には特に動きはない。

 ゲーム音も全てミュートにしており、無音の中でキャラが動き回っている。

 咲也はコミカルな動きのキャラをじっと見ながら、意識は全く別の、つい1時間ほど前から猛烈に気になっている事に向けていた。


 どうやら配信には乗っていないようだったが、時折ガサゴソと小さな音が聞こえたが、それもいつの間にか聞こえなくなった。

 その代わりと言ってはなんだが、別の音がやはりPCから漏れ聞こえてくる。

 どう考えても一人暮らしの咲也の部屋からは聞こえるはずが無い種類の音である。

 その音に気づくまでは、眠気も強くなってきたし、集中力低下で戦績も落ちてきていたのでそろそろ寝ようと考えていたが、漏れ聞こえてくるその音で一気に眠気が覚めた。


「すぴー……zzz」


 寝息である。


 冷却ファンの回転音に乗って、小さい寝息は何度も咲也の耳に聞こえる。「ふがっ」とか「んにぃ」なんて言ったときには、はっきりと聞こえすぎてビクついてしまったほどだった。


 しかも基本的にPCデスクにいる時は部屋の電気を落としている。

 明るいのはデスク周りだけであり、玄関に向かう通路などは全く光が無い。

 普段であれば全く気にならない自室の暗さが、今だけは恐ろしくて仕方がなかった。トイレに行くのも我慢するほどに。

 日が昇りつつあるとはいえ、まだ部屋は薄暗い。

 気温はさして低くないはずなのに、ぶるりと身体が震えた。


(とはいえ、いつまでもこのままでいるわけにもいかないしな……)


 眠気が一時的に覚めたとはいえ、じっとしていればまた少しずつ眠気が出始める。

 それに、流石にそろそろ限界を迎えそうな膀胱も警鐘を鳴らしており、下半身をもぞもぞさせた。


 ふぅ、と小さく息を吐き席を立つと視線を照明スイッチだけに向けて歩き、パチリとスイッチを切り替えて照明を点けた。

 恐る恐る周りを見ても、特に怪しい影は無い。

 そのままの勢いで通路の照明も点ける。

 通路も含めて人影などが無い事を確認したところで、再度小さく息を吐いて、デスクに再度腰を下ろした。

 今も寝息は聞こえているが、もう気にしない。

 怖いからこのまま電気を点けて寝るつもりだが、とにかくもう寝ようと思い、起動させていたゲームを終了させる。

 買ったばかりのハイスペックPCがゲームを即座にシャットダウンさせたところで、思わず咲也は声を出してしまった。


「は……?」


 幾つかのフォルダが両端に置かれているだけのシンプルなブルーバックのデスクトップ中央に、昔少しだけ見たことのある妖怪アニメに出てくるであろう、そのまんまののっぺらぼうが仰向けのまま寝ていたからだった。


「は、えっ?…ちょっ……えぇ……?」


 思わず呆気にとられて腑抜けた声が漏れ出てしまう。

 咲也が眠気も尿意も忘れて呆気にとられている間も、小さな寝息に合わせてのっぺらぼうの身体は小さく上下に揺れており、間違いなく眠っているであろうことがよくわかる。

 あ、これアレだ、ヘルプ機能に付いてるイルカのキャラみたいなやつに似てるわ。そう思った咲也だが、どう見ても大きさはイルカの時に見たサイズの比ではない。

 おおよそ大きさとしてはその3倍程度はあり、図らずもちょうど配信中に映していた咲也の立ち絵と同じ程度の大きさだった。

 

 そのまま呆然としていた咲也だったが、不意にのっぺらぼうが寝返りを打った。

 擦れるような音がPCから漏れ聞こえる。聞こえていたノイズはこれの事だったのか!と気づいた咲也はブルリと身震いした。

 

「ちょ、とりあえずタンマ!」

「フガッ……はぇ?」


 眼の前の光景にしばし忘れていた尿意がまたぶり返してきた。

 慌てて席を立ち上がってトイレに駆け込む。

 幼い子どもの声のようなものが聞こえてきたが、意識的にそれを無視してトイレへと向かう。

 あわや決壊寸前だった堤防は、すんでのところで事なきを得たのだった。


◆◆


「あれ……?」


 トイレを終えて席に戻った咲也が見たデスクトップ上には、先程までいたはずののっぺらぼうがいなくなっていた。

 まだ見慣れていないが、だがなんの変哲もない中古PCのデスクトップ上は簡素なもので、先程までの珍客がいたようには到底思えなかった。


 何となくいくつかのフォルダを開けてみるも特に不審な点は無く、擦れる音も聞こえてこない。

 自分の勘違いだった? そう思えてしまうほどにはなんの変哲も無かった。


 まだ腑に落ちない気持ちはあるものの、このままこうしていても仕方がないと考えた咲也は、PCをスリープ状態にしようと左下のボタンをクリックしようとマウスカーソルを動かす。そこでまた異変は起きた。


「んん? なんで押せないんだ?」


 マウスカーソルをスリープボタンの上まで持ってくるも、どうしても左クリックが押せなくなる。

 それ以外の場所であれば何ら問題なくクリック出来るのに、スリープボタンだけは梃子でもクリック出来ない。

 ここまで来れば咲也も訝しむとともに、あののっぺらぼうが何かしら影響を与えている事は否が応でも気づいた。

 薄気味悪さに顔を顰める。低下の90%OFFの言葉が脳裏に浮かぶも、まだ使い始めて1日も経っていない。

 まぁもう少し様子見かな、と思いつつ諦めてシャットダウンをクリックしようとしたところで、それは現れた。


「だめぇーーっ!!」

「うぉっ! なんだ!?」


 ミュートにしているはずのPC内から、どったんばったんと大きな音を立てながら、マイコンピュータフォルダからのっぺらぼうが両手を突き出しながら画面上に飛び出してきた。

 両目に涙を浮かべながら、その勢いのまま画面いっぱいのサイズまで近づく様は、まるで一昔前のブラクラ並みに怖かった。

 思わず席に着いたまま仰け反る咲也の目の前には、のっぺりとした顔にうるうると涙を浮かべたのっぺらぼうがシュールさそのままに画面いっぱいに映っていた。


「消さないで」

「え、と……?」


 何か思ったよりも中性的な声してるな。そんな今の状況と全く関係ないことを思いつつ、咲也はのっぺらぼうの言葉の真意を図った。


「パソコンの電源を消さないでほしいに。お願いだに」


 …に? のっぺらぼうでPC内を走り回れて喋れてるだけでも十分てんこ盛りなのに、さらに語尾もオンされてくるとか属性付けすぎじゃない?

 今も画面いっぱいに映るのっぺらぼうの顔に呆れすら感じる咲也だったが、そのおかげなのか先程まで感じていた薄気味悪さはどこかへと飛んでしまっていた。

 幼さの残る声も怖さを感じさせなくさせる要因の一つであった。


◆◆

 

「で? PCの電源を落としてほしくない理由を教えてくれるか?」


 さすがにこのまま放置するわけにもいかなくなった咲也は、長丁場になりそうだと思いホットコーヒーを片手にのっぺらぼうに聞くことにした。

 コーヒーを作る間、席を外していたが戻ってからもやはりのっぺらぼうはデスクトップ上にいたままだった。

 器用? に画面上に座るのっぺらぼう。

 サイズは寝ている時に見たくらいまで小さくなっている。どうやらのっぺらぼうは画面上に奥行きを持たせる事が出来るらしい。


「ボクは、気づいたらこの中にいたんだに」

「その姿のままで、って事か?」


 咲也の質問に頷くのっぺらぼう。 

 改めて画面の向こう側にいるよく分からないキャラに向かって会話している自分に、思わず咲也は苦笑してしまいそうになる。

 ちらっと右下を見ると、やはり今もミュートになっているが、どうやらのっぺらぼうには関係無いらしい。

 うん、意味わからん。

 コーヒーを啜りながら胸中でそう呟く咲也を、やはりというべきかのっぺらぼうはじっと見つめていた。


「電源を落としたら、ボクはまた真っ暗な中に戻されちゃうに。もう真っ暗な中にひとりぽっちは嫌だにぃ……」


 咲也はのっぺらぼうの話す内容を静かに聞いた。


 気がついたらこのPCの中にいたこと。

 どうやら電源が入っている間はPC内を自由に動けるが、電源が落ちると真っ暗な空間に放り出されること。

 次の電源が入るまでひたすら暗闇の中でじっとしているのが何より辛くて寂しかったこと。

 久しぶりに電源が入って嬉しくて出てきてしまったこと。

 最初はじっと様子を見ていたが、ずっとゲームをし続けているのを見ているうちにいつの間にか眠ってしまったこと。

 PCの持ち主は咲也で三人目であり、今までの所有者にはきちんと話をする前に怖がられてしまったこと。

 今日は時間が無くてスリープボタンだけ押せなくしたが、前は全ての方法で電源を落とせなくしていたこと。

 怖くなった前・前々所有者は(恐らくだが)無理やりコンセントを引っこ抜いて電源を落としたであろうこと。

 何度かそういった事をやっているうちに、いつの間にか所有者が変わっていたこと。

 防衛本能から上記のようなことを色々としたが、特に前世の記憶? だったりなどは無いこと。


「だから90%OFFだったのか……」


 そりゃ投げ売りでもいいから手元から離したくなるわ、と咲也は思いながらのっぺらぼうの話を聞いていた。

 恐らくだが、今までの所有者も保証書の事は理解していただろうが、たとえ修理したとしても手元に戻ってくるのを嫌がったのだろう。

 こんな怪奇現象を引き起こすPCであれば、何らかの力が作用して自身に付き纏う可能性も考慮したのだろう。

 本音を言えば、何を置いてもとにかく早く手放したい、でも怪しまれないように他人に引き渡す為の方法を前所有者が、考えた結果があの90%OFFであった。


「一個聞きたい事があるんだけど」

「なんだに?」


 まだ目の前ののっぺらぼうの存在で理解出来ない部分が多々あるも、すっかり怖さは無くなった咲也は、どうしても気になっていた事について質問することにした。


「とりあえず君は、男の子なの? 女の子なの?」

「ボクにも分からないにぃ……」


 分からんのかい!

 咲也は言いたくなる気持ちをぐっとこらえた。

 のっぺらぼうがまた両目に涙を浮かべて泣きそうになっていたからだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る