第15話 ずっと

「“引っ越さない”は叶えられないけど、“ずっと一緒にいる”は、これから先の長い人生でって意味なら叶えられるよ。だからチズ、俺と結婚して。」

昴は平然とした様子で静かに続けた。

「へ?え!?」

当然、千珠琉の方は目の前の指輪と昴の突然の言葉に頭が追いつかない。心臓だけが、ことの展開スピードと同じくらいの早鐘を打っている。

「すば…何言って…それって…」

「うん、プロポーズしてる。チズに。」

“プロポーズ”という言葉すらも平然と言われてしまった。

「嫌?」

「嫌…とかじゃない…けど、突然すぎて…頭が追いつかないっていうか…え、冗談とかじゃなくて…?ていうか…まだ17歳だし…?」

“冗談”という言葉に昴は少しだけムッとした。

「冗談で指輪まで買わない。17歳ジュウシチだから、もちろん今すぐに婚姻届出すわけじゃないし、一緒に暮らすわけでもない。婚約ってやつ。」

「こんやく…」

普通の高校生の千珠琉にとっては結婚よりも聞き慣れない言葉だ。

「千珠琉からしたら突然だろうけど、俺は中二の冬からずっと考えてた。いつか引っ越すって決まってたから、それまでに金貯めてプロポーズするって。ギリギリになっちゃったけど。」

(そんなに前から…)

そんなに前から昴がこんなことを考えていたなんて考えもしなかった。

「チズ、嫌?」

昴が千珠琉の顔を下から覗き込むようして聞いた。

こたえはとっくに決まっていた。

なわけない。」

「チズ、顔真っ赤。かわいい。」

耳まで真っ赤になっていた千珠琉の顔が、昴の言葉でさらに赤くなった。


昴は自転車から降りて立ち上がると、千珠琉の手のひらの上から指輪の箱を取って指輪を取り出した。

「左手出して。」

昴に促されて千珠琉が小刻みに震える左手を差し出すと、昴は薬指に指輪をはめた。

「え、すごい、ぴったり。なんで私の指輪のサイズ知ってるの?」

「八重さんに聞いた。」

「え」

急に母の名前が出ることに戸惑ってしまう。

「…てことは…」

「うん、八重さんは知ってるよ。俺が千珠琉にプロポーズするって。」

そういえば、何ヶ月か前に指輪のサイズの話題になったことがあった、と千珠琉は思い当たった。たしかに八重子は妙にニヤニヤとして楽しそうだった気がする。

「八重さんなんか言ってた?」

「“昴くんなら安心だし、朱代さんと親戚になるのも楽しそうね〜”って。ノリノリで。」

「…言いそう…。」

恋愛事情を親に知られているというのはなかなか恥ずかしい。


「チズ。」

不意に昴に呼ばれたかと思うと、昴は千珠琉をギュッと抱き寄せた。

「すーく…昴?」

急なことにびっくりした千珠琉は昔の呼び方で呼びそうになって言い直した。

「俺、本当はすー君て呼ばれる方が好き。」

「え、な、何それ…」

昴の匂いがいつもよりずっと近い。千珠琉の心臓のリズムがますます早くなる。

「呼んでみて。」

昴が腕の中の千珠琉を見つめて言った。

「え」「む」「むりデス」

(昴、目つきがなんか…なんか…甘い…)

昴の醸し出す空気が急に甘くなったことにドギマギしてしまい、カタコトで答えた。

昴はそんな千珠琉を見て、ははっと笑った。

「チズ本当に真っ赤でおもしろい。」

「あ、またおもしろいって言った!」

真っ赤な顔でむくれて見せた。

「ごめんごめん。…でもこれで安心して東京行ける。」

「………。」

(そうだった、昴はもうすぐ引っ越しちゃうんだ…)

不慣れな様子で昴の背中に回していた千珠琉の手にぎゅ…と力が入った。

「す、すば…す、すー君…」

「ん?」

「私、絶対東京の大学に行くから。」

「うん。」

「そしたら、ずっと一緒にいて。」

「うん。待ってる。」

「すー君」

「うん?」

「願ってくれてありがとう。」

(ルルの時も、中二の時も、今も…ありがとう。)

そう言って、千珠琉は腕にぎゅーっと力を込めて、抱きついた。

「チズ、泣いてる?」

「なんか、嬉しいのと、離れ離れになるのがやっぱり寂しくて…なんか涙出ちゃうみたい…」

昴も少しだけ腕に力を入れた。

「チズが“会いたい”って声に出してくれたら、いつでも会いにくるから。」

「うん。じゃあ毎日お願いするね。」

そう言って、千珠琉は涙を零した顔で笑って見せた。


fin.

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さよなら、坂道、流れ星 ねじまきねずみ @nejinejineznez

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