第13話 一番

——— チズの願いごとは俺が叶えるよ。


思いがけない昴の言葉を、千珠琉は頭のなかで反芻した。


「…うそつき」

千珠琉は泣きながらボソッと呟いた。

たしかに、千珠琉の願いごとを叶えられるのは昴だけだ。それでも簡単に叶えられないことはわかる。

「嘘じゃない。」

昴は千珠琉の両手を手のひらでつかまえ、子どもに言い聞かせるようにそっと包んだ。

それがまた千珠琉の胸をより一層苦しくした。

「そうやって優しくするけど、叶えられない約束されたら余計に苦しくなるよ…」

「………」


昴は少しの間考えるように黙ってから口を開いた。

「チズ、願いごと言ってみて。」

「………」

「嘘かどうか、願いごと言わなきゃわからない。」

昴は千珠琉の顔を覗き込むように、しっかり目を見つめて言った。

「…昴…」

「ん」

「…一緒に夏フェス行きたい」

千珠琉の願いに昴は苦笑いを浮かべた。

「今年のはもう終わっちゃったから来年な。」


「…ぺピコのチーズケーキ味食べたい」

「…この世に存在しないよ。…メーカーにリクエストしてみようか。」


「…昴…」

「うん」

「…七瀬先輩と付き合わないで」

「…過去には戻れないよ。今日のチズは意地悪だな…。」

千珠琉の無理難題にまた苦笑いを浮かべた。


「昴」

「うん」

「すー君…」

「うん」

「引っ越さないで…ずっと小清瑞にいて…」

「………」

涙をこぼしながら本音を言った千珠琉は、沈黙する昴をじっと見つめて口を開くのを待った。

「それは…うーん…」

逡巡する昴をじっと見る。

「…ごめんな、それは無理。」

「……ほら、何にも叶えられないじゃん。口に出したって何にも叶わない。」

千珠琉は可愛げがないとわかっていながら意地悪な言い方をした。

昴はまた苦笑いをした。


「口に出したって叶わない願いもあるけどさ、口に出さなきゃ叶わないこともあるよ。」

昴が不満げな千珠琉の目を見て言った。

「……たとえば なに…?」

「…たとえば…、俺は本当は中二のときに引っ越す予定だったんだけど」

「え?」

初めて聞く話だった。

「父さんがいないと、あの家は広すぎるから引っ越そうって朱代さんに言われてたんだ。」

「知らない話…」

「言ってないからね。…だから中二の冬には引っ越すつもりだったんだけど、いろんなこと考えて…とくにチズのこと考えて、引っ越したくないなって思ったから、朱代さんに言ったんだ。引っ越したくないって。」

“とくにチズのこと”と言われて千珠琉は少しドキッとした。

「必死でお願いしたんだ、朱代さんに。だから今まで3年間は引っ越さずに済んだ。ただ、その時に“いつかは引っ越す”って約束したから今回は引っ越すことにした。」

本当は3年前に離れ離れになっていたかもしれないという事を知り、千珠琉は驚きを隠せなかった。同時に気づいたのは中二の冬前といえば、昴が七瀬先輩と付き合っていた頃だということだ。

「…な、七瀬先輩と離れたくなかったから…?」

千珠琉の質問に、昴はハァ…と小さく溜息をいた。

「話聞いてた?“チズのこと考えて”って言ったんだけど。」

「私のことって…」

「俺が、幼馴染として—友達のまま—引っ越そうって決意してんのに、慎之介に告られてんだもんな。」

「なにそれ、全然わかんない…」

(だいたいあれは昴に言われなくてもすぐ断るつもりだったし…)

「あの時引っ越してたら今頃すげー後悔してたと思うって話。」

千珠琉の頭の上に「?」が浮かぶ。


「チズ」

昴がまた千珠琉の目をじっと見て、手をギュッと握った。

「チズの一番の願い、言ってみて。」

握られた手に千珠琉の鼓動が少し早くなっている気がする。

「だから、引っ越さないで。」

「それは無理だけど、チズの一番の願いは叶えられるよ。」

「私の一番の願いごとって…」

千珠琉の頭に一つの願いごとが浮かんだ。


“ 昴とずっと仲良く一緒にいられますように”

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