第12話 拠り所

気づいたら頬に生温かいものがつたっていた。

「チズ…泣いてる?」

昴に尋ねたれ、首を横に振った。

それでも涙は流れ続けている。

「泣いてない…よ…」

「泣いてるよ。涙流れてる。」

昴の親指が涙に触れた。

自転車に座る昴が、隣に立っている千珠琉の顔を覗き込む。

「父さんのことも、ルルのことも、チズのせいじゃないよ。」

昴の優しい声色が、涙に触れる親指が、温かい反面とても残酷だ。

千珠琉はコクコクとうなずく。

「…わかっ…てるけど…変…だね、これ…涙が止まらない…」

「チズ…」

慰めて欲しいわけではない。哀れんで欲しいわけでもない。ただ、教えて欲しいと思っている。

「…ねえ…すばる…」

「ん?」


「———だったら、私の願いはどうしたら叶うの?」

過去のことも、現在いまのことも、どこに気持ちを落ち着かせたら良いのかわからなくなってしまった。


「…ずっと言おうと思ってたんだ」

昴が続ける。

「本当に叶えたい願いは口に出さなきゃ叶わないって俺は思ってる。」

「でも、ルルは?ひさしさんは?」

「……チズもわかってるだろ?どうしようもないこともあるって。」

「………。」

「ルルの時は動物病院の先生だって言ってくれただろ?よく頑張って面倒みたって。拾われて幸せに天国に行けたはずだって。」

たしかに先生はそう言ってくれた。ルルは拾われなければすぐに病気かカラスなどに襲われて死んでしまっていたはずだと。

「父さんも…チズが病室に来て「早く元気になって」って言ってくれるのが嬉しいって言ってたよ。」

「わたし…気つかわせたって…迷惑かけちゃったかと思ってた…恒さんは余命知ってたんでしょ…?」

涙を堪えながら話す千珠琉に、昴は首を振る。

「父さんも朱代さんも、もちろん俺も、そんな風に思ってないよ。チズが毎日のように神社に行ってくれてたのも二人とも知ってた。チズが病室に来てくれた日は父さん楽しそうだった。」

ずっと胸の奥に鍵をかけてしまってあったような気持ちが解き放たれたような感覚だった。

———ヒッ…クッ……

千珠琉は嗚咽を漏らし、向き合っている昴の肩にギュッと握りしめた手を置いた。昴はそっと千珠琉の背中に手を回し、よしよしとなだめるようにさすった。千珠琉は幼い子どものように泣き出してしまった。

「そうやって一生懸命だったチズに、俺は励ますふりして呪いをかけちゃったんだよな…」

千珠琉は首を大きく横に振った。

昴の言っている意味は理解できたが、昴の言葉を“口に出さなければ願いごとが叶う”と、心の拠り所にして過ごしてきたのも紛れもない事実だ。

そして今その拠り所を失って、一番叶えたい願いが流れ星のかわりに流れて消えてしまったような絶望感が胸に湧いていた。


(今の私の願いごとは、口に出さなくても叶わない…)


そんな千珠琉の表情を読みとって、昴が言った。

「チズの願いごとは俺が叶えるよ。」

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