第10話 自転車
翌日の夜はよく晴れていた。
星がたくさん夜空に輝いていて、これなら確かに流れ星が見られそうではある。ただし、都会ではないが特別星が多いほど田舎でもない
昴との約束の時間に千珠琉は家の外に出た。流れ星のことは気になるが、昴に会うのが少し久しぶりで妙に緊張する。昴が引っ越すと知ってから顔を合わせるのは初めてだ。
昴の家のドアが開くのを待っていたら—意外なところ—家の裏側から自転車を引いた昴が出てきた。不意打ちに心の準備も整いきらなかった。
「待ってた?」
昴にいつも通り普通に話しかけられて、千珠琉は首を横に振った。
「今来たっていうか、今家から出たとこ。」
緊張から、少しテンションが低めな話し方になってしまった。
「良かった。」
「なんで自転車?珍しい…。」
バイクに乗るようになって、昴が自転車に乗るのを見ることはほぼ無くなっていた。
坂道の多い小清瑞で自転車に乗るのは片道が必ず上り坂になるため、地元の人間は自動車やバイクの免許を早々に取得して、自転車にはあまり乗らなくなる。昴も例外では無かった。
「まあちょっとね。中学の頃はよく2人乗りしたよな。」
「…ダメだけどね。したね。」
今思い出はマズい。どこに泣きスイッチがあるかわからない。それでも“中学の頃”なんてワードが出てしまったら中学時代の思い出が一瞬で流れ込んでくる。
中学生の頃はほぼ徒歩か自転車しか移動手段が無かったため、昴はよく自転車に乗っていた。上り坂を嫌がって自分では自転車に乗らない千珠琉は、ときどき昴の自転車の荷台に乗っていた。
「おい、普通上り坂は降りるだろ。」
中学生の昴が息をしながら自転車を漕ぐ。
「何言ってんの、これもトレーニングだよ。昴ファイトー!」
「なんのトレーニングだよ。…つーか、チズ太ったんじゃね?こないだより重い気がする。」
「え、嘘!?」
そう言われて、千珠琉は急いで自転車から飛び降りた。
「なんちゃって。」
昴がベッと舌を出した。
「あー!もうっ!」
むくれる千珠琉に昴がはははと笑う。中学時代と高校一年の頃まではそんなことがよくあった。
そもそも昴が自転車に乗らなくなったので、もうあまり無いことだが離れ離れになったら二度とできないことだろうと思うと思い出が一層キラキラして、気持ちはしんみりしてしまう。
「今日どこ行くの?自転車で。」
「ん?そうだなーどうしよっかな。」
流れ星を見るのに行き先を決めていないらしい昴に驚く。
「…流れ星見るんだよね?」
「うん、そう。坂の上の方が良いな。乗る?」
千珠琉は首を小さく横に振った。
行き先が決まっていないのは不思議だが、どこに行くにしてもゆっくり歩いて行きたいと思った。昴と並んで、おしゃべりしながらゆっくり。
「じゃあ坂の上まで歩くか。」
昴は自転車を押しながら歩き始めた。
「朱代さん、結婚するんだね。」
「ああ、うん。」
「おめでとうゴザイマス。」
そう言って、小さくぺこっと頭を下げた。
「ありがと。まぁめでたいのは朱代さんだけどね。」
昴が少し他人事のように言ったように見えた。
(恒さんが亡くなって3年、か…。どうなんだろ、昴から見たらもしかしたや朱代さんの再婚てまだ早いのかな。)
「チズ、今“もしかして昴って朱代さんの再婚に反対してるのかも”って思っただろ。」
「う…。」
千珠琉の声真似も交えて見透かすように言われてしまった。
「…ちょっと思いました…。」
気まずそうに上目遣いに昴を見た。
「本当に顔に出るな、チズは。」
そう言って昴は笑った。
「それは全然ないよ。親父が死んでまだ三年だけどもう三年て感じだし、朱代さんには朱代さんの幸せな人生を生きてほしいって本気で思ってる。」
昴は淡々と話す。
「朱代さんの再婚相手も良い人そうだしね。まぁ“父さん”て感じは別にしないけど、俺ももう17だし東京行って大学入ったら一人暮らしするつもりだし、朱代さんのパートナーとして良い人ならそれでいいよ。」
「ふーん…そんなもんかぁ。」
東京に行ったその先の話に胸がキュと音をたてた気がした。
「この辺でいいかな。」
坂の上の方に着くと昴が止まって空を眺めた。そこは公園でもないただの住宅街の道路だった。
「え?ここ?」
なぜわざわざこんな所で星を見るのか、理由が全然わからない。いつもの公園のほうがよっぽど落ち着いて見られる。
「まあまあ。チズ、後ろ乗って。」
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