第8話 幼馴染み

昴が引っ越してしまうことを聞いた日の夜、千珠琉は少しだけ冷静になった。

17年間、つまり生まれてからずっと一緒に過ごした昴があとひと月もしないうちに引っ越してしまう。そんな時に意地を張ってケンカになるのは間違っている。

そもそも昴の母が再婚することはおめでたいんだから祝わなければいけない。

それはわかっているが、昴の顔を見て話す勇気がなかなか持てない。昴がいなくなってしまうことを現実として認めなくてはいけなくなる、そんな気がする。

ふと、今朝のテレビを思い出した。

(流星群…)

千珠琉はスマートフォンを手に取った。

画面には昴からの着信履歴が表示されている。

(今さらこんなに電話してくるなら、もっと早く言ってくれたら良かったんじゃないの?)

と、また少し意地っ張りな感情が湧いてきてスマートフォンをぎゅっと握りしめる。

千珠琉は首をぶんぶんと横に振った。

(だめだめ!流星群に誘うの!)


明後日あさっての夜ひま?】

【また流れ星見に行きたいんだけど】

着信を無視したことが素直に謝れない千珠琉はそれに触れないメッセージと、流れ星のスタンプを送った。

今度はすぐには既読にならなかった。


千珠琉が悶々と過ごしていた夜11時

【いいよ】

既読が着くと同時に昴からメッセージと“OK”と描かれたシロクマのスタンプが届いた。

トーク画面をずっと見ていた千珠琉はハッとした。

(ヤバい、すぐに既読ついたらメッセージ待ってたのバレる…)

一瞬考えたが、開き直って“よろしく”と“おやすみ”のスタンプを送った。

昴からも“おやすみ”のスタンプが届いた。

着信を無視したことは責めない。ズルい考えだけどその優しさが好きだ、と思う。

千珠琉は少しだけホッとして眠りについた。


その夜の夢は散々で、昴が東京に行く場面から始まり、千珠琉は大学に落ちる。そして、昴が千珠琉の知らない誰かを「この人と結婚する。」「この人とチズより長く一緒に生きていくから。」と紹介された。

ものすごくうなされていた気がするし、すごい量の寝汗もかいた。

(夢だけど…本当になる…可能性がある…)

千珠琉は朝からベッドで顔面蒼白になっていた。

明日の流星群は昴に会って話をするきっかけのつもりだったが、真剣に願いごともしようと決めた。

とはいえ、一晩経っても昴がいなくなることが現実だとは思えなかった。

(だって、生まれた時からいるのが当たり前なんだよ?)



翌日、千珠琉は由梨と出かける約束をしていた。

「一年くらいでこまちだって東京行くんでしょ?」

カフェでランチを食べながら由梨が言う。

「大学“受かったら”ね。一年てゆーか、一年半…?」

パスタをくるくるとフォークに巻きつけながら千珠琉が言う。

「こまちは大河内のこと好きなんだよね?」

「………。」

バレているだろうとは思っていたが、いざ明言されるとどうしても赤面してしまう。

「…まぁ、はっきり言わなくてもいいけど。バレバレだから。だったら引っ越す前に好きって言わなきゃじゃない?」

「んー…それは…」

七瀬先輩のときのことが頭をぎる。


“付き合わないよ”

“付き合いたいって声に出して願ったから”


「大河内って小清瑞こっちに親戚いるの?」

「え?あ、えっと確かおじいちゃんおばあちゃんがいたはず…なんで?」

「親戚がいれば年末年始とかには小清瑞に戻ってくるから会えるんじゃない?って思った。」

「あ、そっか!」

千珠琉の表情がぱぁっと明るくなる。

「ていっても、それも喜べるのって最初だけだと思うけど。」

「どういう意味?」

「そのうち彼女連れとか、もっと時間経ったら奥さんとか子供とか連れてくるでしょ。親戚の家なんて。」

千珠琉の表情が一気にドン底のように暗くなる。

「こまちは“兄妹きょうだい”なんて言うけど、あんた達は結局他人なんだからね。少女マンガに出てくる彼氏の地元の幼馴染みなんて完全に邪魔者でしょ。」

(由梨って少女マンガ読むんだ…ってそうじゃなくて)

「じゃまもの…」

「異性の場合は仕方ないよ。」

カフェの店内で二人のテーブルだけがシーンとしてしまった。

「そんなお通夜みたいな顔するんなら、今告白した方が良いって思うけど?流星群なんて告白のチャンスじゃん。」

「…………。」

「あ、待って、明日天気悪いかも。」

由梨がスマートフォンを見て言った。

「え」

千珠琉の表情かおがまた絶望的なものになった。

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