第19話 釣りにでかけるとしましょう

 マクレイガー公爵家の地下にて、何者かが悪魔を召喚した事件が水面下で話題になり、はや数か月。


 決定的な証拠――――あるいは致命的な証拠はないが、背後関係が少しづつ見え隠れ。


 安全な生活は保障は難しいが、警戒すべき人物と組織はわかってきた。


 そんな後日談は、さておき――――


「宮廷料理人が宮廷魔法使いの私に何の用件だい?」


 ミゲールの部屋。 王城の中にありながら自然の洞窟を連想させる部屋に居心地悪そうに1人の男が訪ねてきた。


 いや、訪ねて来たと表現するのはおかしいか?


 なぜなら、2人は王城に住み込みで働いているのだから……


 男は――――宮廷料理人。確か、名前は――――


「確か、名前は……なんだったか? マヨナカ?」


「マヨルガですよ。料理人のマヨルガ……それで、請けていただけますか?」


 マヨルガは、どことなく潔癖さを感じさせる細身の男性だった。


 もっとも、ここは人工的に作られた洞窟内部だ。白い料理人服が汚れるのを気にしているためにそう見えているのかもしれない。


「宮廷料理人からの依頼ね。極めて珍しい魚の捕獲――――他国からの国賓をもてなす晩餐会で出す料理の材料調達……ね」


「くっくっくっ……」とミゲールは愉快そうだった。


「魔法使いの私に海や川に出て、釣りをしろってか? 私にゃ魚の種類もわからないんだぜ?」


「いえ、ミゲールさんには、あくまで護衛をお願いしたくて――――」


「護衛? それこそ冗談だろ? 戦場で兵站を守護する料理の武人――――ウワサだけなら、何度も聞いたぜ」


「私の名前をご存じなかったのに?」


「おっと、痛いところを突かれちまったぜ」


 それから、ミゲールは「気にしないでくれよ。他人の評価を知らない私、カッコいい! ってやつだぜ」と付け加えた。


「はぁ……そうですか?」と怪訝な顔に変わった。それから、


「依頼の方が請けていただけるのでしょうか?」


「ん~ 要するに、未知の場所で、未知の魚を釣り上げる護衛……どうしてだい?」


「はい? なにがですか?」


「ただ護衛するなら、私じゃなくてもいいだろ? 私を指名したがる理由を知りたい」


「それは――――」とマヨルガは一枚の紙を取り出した。


「これは、地図。いや、海図か? ――――これは、どこだ?」


 ミゲールですら知らない領域。 ミゲールですら行ったことのない領域――――それは――――


・・・


・・・・・・


・・・・・・・・・・


「――――と言うわけだ。今回は釣りを楽しみに海にいくぜ!」


「待ってください、ミゲール先生。 話しを聞いていると、そんな楽しいイベントには思えなかったのですが!」


「おっ! カンがいいね。アリスみたいにカンが良い子は――――」


「その地図を見せてください」


「ほいほい、これな。でも、アリスにわかるか?」


「――――わかりません」   


「だよなぁ。地図って言っても海図だ。専門家じゃない奴が見ても読み解けるようなもんじゃない」


「それでは、ここはどこなんです?」


「新大陸だ」


「……はい? 未発見の大陸って意味ですか? 今の時代に?」


 アリスが困惑するのも当然だ。 彼女は風の紋章を持つ、魔法使いだ。


 無尽蔵の魔力で空を飛び回り、方向さえ確かなら国外にも簡単に飛んで行ける速度を持つ。


 僅か7才の彼女ですら、可能なのだ。


 今の時代に、未発見の大陸があることすら信じられなかった。


「お前が驚くのも当然だろが、この世界にゃ魔法じゃ到達できない難所ってのはまだまだまだあるんだぜ?」


 ミゲールは別の地図を広げた。


 それは、世界地図だ。しかし、そこにはアリスの知らない土地が黒く塗られている。


「黒く塗られている場所は、未到達な場所……でも、どうして行けないのですか?」


「空には魔力の渦。海には、巨大な魔物――――なんて言えばいいけど、未知の大陸には資源が大量に眠っているわけだ。大国同士に睨み合いで入り込んだら、戦争だって――――」


「待ってください。 大丈夫なのですか? そこで魚を取りに行くなんて……それも晩餐会で国賓に出すなんて……それって本当に戦争が起きませんか?」 


「大丈夫、大丈夫! そうならないようにマヨルガは私に依頼してきたんだ」


「? ? ?」と頭に疑問符をつけるアリス。


「それって、どういう意味なのですか?」


「私に交渉しろってことだ」


 それは意外な理由だった。


「先生に交渉事って大丈夫なのですか? できるのですか?」と困惑するアリスをミゲールは笑い飛ばした。


「心配するなよ。睨み合ってる大国の政権者たち、それぞれ顔見知りだ。恩も仇も両方あるんだぜ」


「仇があったらダメじゃないですか?」


「仇がある奴には、さらに痛い目に合わすか、懐柔すれば問題ないさ」


「こ、国際問題だぁ!」


 そんなやり取りも「うるせぇ! 海に行くぞ!」の一言で無理やり、出かける事になった。


 しかし、今回はアリスが荷物とミゲールを運んで空を飛ぶわけにはいかなかったらしい。


 アリスたちが来た場所は港町。 ここから海にでるらしい。


 彼女たちの前に、巨大な船が用意されていた。 

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