第20話 出航直前のやりとりです
「海だ!」とミゲールの声が聞こえてくる。
それを離れた位置で「くっくっく……」と笑う黒い影があった。
影がいる場所は船の上。
不安定な手すりの上に座る男。背後の通路には、乗組員が歩いているが何も言わない。
無視をしているのではない。目前にいる男に気がつかないのだ。
男の正体は――――
「あれが今回のターゲット、『世界最強の魔法使い』ミゲール。 そして、『兵站の武神』マヨルガ……アイツ等を殺せばいいのだな」
男は暗殺者だった。 マヨルガが晩餐会で過去に例のない料理を披露するのに、『新大陸』から食材を手に入れるという情報は、貴族界の重鎮に取ってみれば周知の事実。
ならば、国益に害をもたらしても邪魔をする者も出てくる。
貴族とは伏魔殿の世界。 なんだったら、絶対王政を滅することを望む、自己矛盾を有する者ですら、いるとか……いないとか……。 それは、ともかく――――
暗殺者の男は、手を光らせた。 どうやら、彼は魔法の紋章を有するタイプの暗殺者――――らしい。
「我が紋章の属性は水。ならば、海は俺の領域――――最強? 武神? 恐れるに足りぬわ!」
男は高笑いを行うが、そこで初めて気がついた。 既に船が岸から離れて出航を始めたことを。
「むっ? いや、まて! アイツ等、乗っていないぞ! まさか、かく乱だと!?!? 降りる! 降りるから、ちょっと出航を止め――――あっ!」
何か、海に落ちた音が聞こえた。
「ん? 妙な音が……魚でも跳ねたか?」とミゲール。
「え? 私には何も聞こえてきませんでしたよ」
アリスの返事に「そうか、気のせいだったか」とミゲールは、それだけで音の正体を意識から外した。
「お待たせしました。こちらの船になります」
「おいおい、待たせすぎだぜマヨルガくん。さっきの国が保有してる軍艦で良かったんじゃないのか?」
「いえ、実は……晩餐会を邪魔したがっている勢力がいまして……」
「あぁ、貴族連中には足の引っ張り合いが趣味って奴がいるらしいからな。悪趣味だぜ。国が弱ると自分が儲かるって本末転倒って言葉を知らないのかよ」
「えっと……その……私に忠告をしてくださったのはマクレイガー公爵であって……」
「おっと! コイツは失言だったぜ。身内中の身内に貴族さまがいることを失念しちまってた。すまねぇな、アリス。別にお前等が悪趣味って意味じゃないから気にするな」
「別に気にしていませんが、あくま私はミゲール先生の弟子なので、貴族扱いは止めてくださいね」
「それもそうだ。弟子をありがたがる師匠なんていねぇ……こともないだろうが、私の性格じゃないぜ」
そんな会話を楽しみながら――――
「それで、私たちが乗る船ってのは、どれだい?」
「こちらになります」
「この船……ですか?」とアリスは不安げに言う。
「……大丈夫なのか? これ? 沈没しないか?」
アリスに続いてミゲールも心配するのも当然だった。 先ほど出航した国保有の船、軍艦と比べると漁船のようなもの――――いや、漁船だろう。
「この港で一番『新大陸』に詳しい船長を雇いました。腕は確かだと聞いています」
「それ詐欺か何かで、カモにされたんじゃねぇの?」
「――――誰が詐欺師じゃ」と船の中から老人が顔を出した。
「お主ら、『新大陸』に行きたいじゃろうが、じゃ黙って乗り込め」
「……」と無言でミゲールは船長へ手を差し出した。
「……なんじゃい? その腕は、握手か。ほれ!」
握り返した船長の手をミゲールは、何かを確認してるようだった。
それから、少しだけ船から距離を取ると、「マヨルガくん、ちょっと来いよ」と手招きをした。
「はい、なんでしょうか? ミゲールさん」
「あの船長は止めておいた方がいい。手が震えている」
ミゲールが振り返り、船長の様子を窺う。 すると、手にした容器から琥珀色の液体を浴びるように口へ運んでいる。
「完全にアルコール中毒だ。 正常な判断ができない奴に命を預けるつもりはねぇ。……可愛い弟子もいるからな」
「実は、船長が酒を飲んでいるのには理由があるのです」
「なに?」とミゲールは思わず凄んだ。
「船長が酒を飲む正当な理由ってのが、あるなら聞かせてもらおうか? 本当にそんな理由が――――いや、なるほど。そういう理由か」
突然、ミゲールは納得したかのように「うんうん」と頷き始めた。
その様子に「先生、何を納得し始めたのですが?」とアリスは困惑する。
「あの船長くらいの時代、長距離の航海じゃ水の保存が効かなかったんだ」
「水が腐るってことですか? それじゃ、どうやって飲み水を?」
「水の代わりに酒を飲んでいたんだ」
「……なるほど、それで、あの船長さんは本当にベテランってことがわかったのですね!」
「くっくっく……それだけじゃねぇぜ」
「?」
「そんな、船乗りは――――水の代わりに酒を使ってでも、長い日時を航海に費やす連中ってのは、この世に1種類だけなんだぜ」
「なんですか、それは?」
ミゲールは短く、船長の職業を言い当てた。
「あの船長は――――海賊さ!」
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