第13話 桃色の花びら

「な、何を言ってるんだ。

 やえはまだ子供だ!」

「子供じゃなか!

 もう大人じゃ言うたじゃろ」


「この辺りで成人年齢は15歳と聞いてる。

 俺はもう過ぎてるが、やえはまだ子供だ」

「男衆は確かに15になって一人前言われるけど。

 女衆は違う。

 13、14になれば嫁に行くのが当たり前じゃ」


「……そうなのか?

 じゃ、やえ初めて逢った時に言ったのは、冗談じゃ無くて……」

「……初めておうた時……?」


 食事として食べるのでも、女として扱うのでも、自分の身体を好きなように使って下さい。

 そんな言葉。

 自分がそんな事を言ったなんて今となっては信じられない。

 だけどうぃるが近付いて来て、その顔がやえにも判別出来るほど。

 女衆の言葉を思い出す。


 良い顔立ちの男言うんはやっかいじゃ。こいつは甲斐性無しと分かっていてもその顔に近付かれるだけでぽーっとなって抵抗できなくなってまうんよ。そんな事言うてもやえには分からんか。あんた顔が見えんもんね。

 うちにだって分かる。近づかれれば見えるんじゃ。

 ほんまにうぃるの顔を見るだけで、どこか自分の中心がぽーっとなって身体を動かす事ができん。


 だけど、一瞬後うぃるは飛び離れていた。


「いけない、いけない。

 俺は何をやってるんだ。

 こいつは子供。訳も分からず言ってるだけ。

 しっかりしろ、ウィリアム、その気になるな」


「子供じゃ無い言うてるじゃろ」


 そう怒鳴りつつも、やえは少しほっとした気分を味わっていた。

 その安心した心のさらに奥に残念な気持ちもあった気もするが、そんな事まで考えない。


 

 季節は冬も終わり春になっていた。朝の寒さも和らぎ、帰って来るうぃるの息も白くならない。


 やえが表を掃いていると、桃色の物が箒に引っかかる。


「桜じゃ。

 うちに分かるのはこうして落ちた花びらだけじゃけど。

 樹に咲いてるのは奇麗なんじゃろね」

「ああ、奇麗だよ。

 …………やえ、俺少し考えたんだが。

 長崎に行ってこようかと思う」


「長崎旅行かい。

 そりゃたまに旅行くらい行ってもええと思うけど……」

「いや、物見遊山じゃ無い。

 あっちには異人がもたらした珍しい物がある。

 そこでぐらすを買って来ようと思っているんだ。

 俺が狼の足で走れば2、3日で帰って来れる。

 それまで待っていてくれ」

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