第12話 めおと
うぃるは明け方狼の恰好で帰って来る。今やえはそれを捕まえているのである。
「気にするな」
「いけん。
家に入るなら足の裏を拭いてからじゃ」
やえは狼の足を掴んで裏を布で拭いている。山道を走り回って来たのだろう。すなわち泥だらけなのだ。
「だから、この家の床は汚れても良いんだ」
「いやじゃ。
この床を毎日掃除してるのはうちじゃ。
うぃるでもここは従って貰う」
むぅと唸るような音が聞こえたけどそれ以上は抵抗する気を無くしたらしい。うぃるの足を丹念に拭いて行けば、あっと言う間に布が汚れて行く。
「ほら、こんなに汚れちょる」
「分かった。
もういいから、離せ」
「まだ駄目じゃ。
後ろ足がまだ拭けちょらん」
「いや、もう時間が!
手を放せってのに。
やえ、本当に一度止めてくれ…………」
やえがつかんでいた毛の生えた後ろ足の感触が変わっていく。すべすべとした感触。男性にしては白くて長い足。
ハッと見ると、やえは人間の男の足を掴んで持ち上げていた。そして男性は服を着ていなくて。
「見るな見るな、見るなー---っ!!!」
「見ちょらん見ちょらん、見えちょらんー---っ!!!」
そんな事件は起きたりもしたけれど、なんとなく時間は平和に過ぎていた。
朝方帰って布団に入るうぃるを見守るやえ。
自分のやり方で掃除と洗濯をして、炊事もするやえ。うぃるは山菜やら肉やら採って来てくれた。料理はあまり知らなかったやえだが、屋敷で食べた物を思い出しながら工夫した。
何を食べてもうぃるは感動したように「美味しい」と言ってくれた。
「そんなに褒めんでええんよ。
もっと女衆に料理習っておけば良かったのう」
「本当に美味しいんだ。
それに…………
誰かと一緒に食事をするのは……それだけで良いものだ」
「そんなもんかいねぇ」
やえは下女に囲まれた食卓は好きでは無かった。むしろ他の人間のいないこの食卓を気に入っていたけれど。
そうじゃった。うぃるは小さい頃父親が亡くなって、母親も子供のうちに亡くしたんじゃった。
思い出してみれば、やえだって幼い頃、父母や兄弟と囲む食卓は良いものだった気もする。もう顔さえ思い出せない家族。
「……安心せぇ。
やえがこれからはずっとおる。
うちらは家族じゃ」
特に考えた訳でも無く、その言葉はすっとやえの口から発せられていた。
「…………家族?!……
つまり……その……」
うぃるが言葉に詰まるのを見て、初めてやえは気がついた。家族になる言うんはつまり……めおとになるっちゅう事。
今ひょっとして、うちはうぃるの嫁になると宣言してしまったんかいね?!
頬を赤くして見つめ合うやえとうぃるなのである。
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