二十五

  二〇一九年 十一月十四日 十七時二十八分


 ネココは、斎場に来ていた。十八時から、音琴とゆう子の通夜が営まれる。受付を済ませたが、中は親戚だろう人たちでがやがやしていたため、独り外で時刻が来るのを待っていた。

 結局、ネココは猫塚を見付けられなかった。猫塚を斎場に連れてくること。それがネココにとって、一番に優先されるミッションだったのに。

 ネココが俯いていると、「恋心ちゃん」と、 亜蓮が駐車場から歩いてきて声を掛けてきた。亜蓮の父の涼介も一緒だ。ネココは会釈をした。

「来てくれたんだね、ありがとう」

 涼介が、ネココの会釈に対して右手を上げながら言った。

「そりゃ来ます」

「そうだよね。彼氏だもんね」

 涼介の言葉で、彼女が死んだのだ、という事を痛烈に実感した。周りに付き合っていた事実を伝えていなかったから、第三者から意識させられたのは初めてだった。

「あいつ、会うたび恋心ちゃんの話してたからね。いつも惚気てた」

「そうそう。恋心君が恋心君がーって。会うたび話してたと言えば、はるちゃんもだよね。彼女は来ていないの?」

「多分来ていないですね。あいつ今――」

「猫塚の話は聞きたくない!」

亜蓮は強い語気でネココの話を遮った。

 三人を包んだ風がのろかった。

「ご、ごめんねー。うちの子、はるちゃんに凄く怒ってて」

 亜蓮はそっぽを向いた。

「そりゃそうですよね。俺だって怒ってますもん。涼介さんは憤りを感じないんですか?」

「全く無いと言ったら嘘になるけどね。でも、誰かのせいにして音琴が帰って来る訳じゃないし。それにはるちゃんを憎むのは、ゆう子も音琴も望んでないと思うんだ」

 それは確かにそうだ。音琴は猫塚にとことん懐いていたのだから。

「父さん、綺麗事はやめなよ。本心では凄く怒ってるんでしょ? 赦してないんでしょ?」

「そりゃあそうだよ。だけどね、僕が車を出してればあの道をゆう子が運転することはなかったのに、ってそればっかり考えるんだ」

「父さん」

「僕が悪いんだ、僕が……」

 涼介の双眸からは、大粒の涙が零れた。大人がこんなに泣いているところを見るのは、両親の葬儀の時以来だった。

「ごめん、亜蓮。車の中からティッシュ持って来て」

「あーい」

 涼介は亜蓮が遠ざかったのを確認すると、小声で「で、さっき何か言いかけたけど、はるちゃん、どうしたの?」と訊いた。嘘泣きを疑うくらいの変わり身の早さだった。

「その、実は失踪してしまって。行方不明なんです」

 ネココもつられて小声になった。

「え! そうなの!? 安否は? 安否も不明なのかい?」

「残念ながら……。音琴さんとの思い出の場所とかも探したんですが、いなさそうです。この町の外は殆ど探せていないので、正直、遠くに行かれていたら詰みです」

 涼介は右手を口に当てた。

「そっか、探してるんだ。スマホは? GPSとか」

「警察が探してくれるとか言ってた気がします。ただ、電源をオフにしているみたいなので、それで見付かる望みは薄いですね」

ネココが腕を組みながら言うと、涼介がその組まれた腕を見ながら「そうか、だよねー……」と言った・

「はい……」

「そうだ、じゃあ僕にも探させてよ」

 涼介は、自分の着ていた喪服の胸元をくしゃっと掴んだ。

「父さん、ティッシュ」

 亜蓮はポケットティッシュを持ってきた。涼介が「ありがとう」と言い、そのままティッシュペーパーを取り出して鼻をかんだ。

「で、何の相談してたわけ?」

「はるちゃんが行方不明なんだって」

 涼介が息をするように重大な事実を口にした。今まで小声で話していた意味はどこに行ったのだろう。

「ちょっと、涼介さん」

「猫塚がどうなってようと知ったこっちゃないけどな」

亜蓮は空を見ながら言った。言わんこっちゃない。

少しの間、三人は亜蓮が見た方の空をぼんやりと見つめた。ただ無言で。

「さあ」

 静寂に幕を下ろしたのは涼介だった。

「寒いし中に入ろう。それに、もうそろそろ時間だしね」


  二〇一九年 十一月十四日 十七時五十分


 会場に入ると、二人の遺影が目に入った。忘れもしない、ネココが二人に初めて会った、高校の入学式の日の写真だ。ゆう子は優しく笑っていた。音琴は凄く美人で、でも緊張からか少し顔が強張っていた。

ネココは、涼介とともに弔問客席の前の方に座った。亜蓮が座ったのは親族席の方だった。ネココの隣の涼介は、数珠をぎゅっと握り締めていた。

 ざわざわとした空間が、僧侶が入場してきたのだ。

少しして読経が始まった。僧侶の声に混じり、すすり泣く声が聞こえてくる。ネココのすぐ横の涼介もその音を出す一人だった。今までも音琴ゆう子が死んだことは分かってはいたけど、お坊さんの入場で漸く、音琴が死んだ事実を突き付けられたんだ。死んだって言われただけじゃその実感なんて湧く筈がなくて。ネココが亜蓮の方を見ると、亜蓮もまた涙を掌で拭っていた。そんな風に辺りを観察するネココだって、頬にたっぷりの涙を抱えていた。

少し経ち、僧侶のお経を聴きながらも、ネココの頭の中には別のことが浮かんでいた。猫塚のことだ。音琴の通夜なのだから、音琴のことを考えるべきだと脳に言い聞かせても、どうしても猫塚のことが思い浮かんだ。どこにいるのだろう。何をしているのだろう。どうして音琴から逃げるのだろう。

しばらくして「合掌」と聞こえたので、音琴とゆう子に手を合わせた。


 通夜が終わると、会場内はがやがやとうるさくなった。

通夜振る舞いの案内が流れて、「恋心君は通夜振る舞いに参加するの?」と、涼介が横から話しかけてきた。

「いやあ、俺、知り合いいませんし。涼介さんは参加するんですか?」

「いやあ、僕も気まずいから。そうだ、ならさ、今からご飯でもどう?」

「あ、はい、是非」

親族席の方から「父さん」と聞こえた。亜蓮の声だ。二人の所まで歩いてきた。

「俺、通夜振る舞いに出るから、迎え頼んでもいい?」

「いいよ、行っておいで」

「さんきゅ」

 亜蓮は人の流れる方へ消えていった。

「じゃあ僕らも行こっか」

「はい」


  二〇一九年 十一月十四日 十九時十一分


「でさー、音琴ったらお風呂入りながらはるちゃんと電話してて」

 ネココと涼介は、桜庭家が一つだった頃によく通ったという洋食屋に、車で来ていた。ネココは、音琴の死ぬ前を涼介から教えてもらっていた。

「音琴さんは俺より、はるの方が好きなんですよ。まったく」

 音琴は、ネココと付き合い始める方が、猫塚と仲良くなるよりも早かった。なのに。

「まあまあ。それでさ、音琴ったら逆上せちゃって。三十分くらい動けなくて。部屋で見ず飲ませたり大変だったよ。まったくあの子ったら。良い高校行けるだけの頭があるのに、そういうところおばかさんだったなあ」

 涼介は笑い声は発したが、表情を伴っていなかった。

「まあ、俺はそういう所、好きでしたよ」

「ありがと」

 そういえば。

「音琴さんが涼介さんと会う時、ゆう子さんも一緒でしたよね。音琴さんと亜蓮さんが仕向けてたんですが、何故だか知ってますか? お二人に復縁して欲しかったそうですよ」

「気付いてたよ。もう願っても叶わないけどね……」


「涼介さん、はるの居場所、何か心当たりはありませんか?」

「無いなあ。僕が思い付く所は、全部恋心君が探してそう」

「そう、ですよね……」

「亜蓮に訊けば分かるかも。仮にも元彼だし。今から亜蓮を迎えに行くし訊いてみれば?」

「ありがとうございます。そうしてみます」


  二〇一九年 十一月十四日 二十時九分


 ネココは、涼介の運転で斎場に戻ってきた。二人が駐車場に着いた時には、既に亜蓮は外で待っていた。

「おまたせ、亜蓮。恋心君が訊きたいことがあるんだって」

「亜蓮さん、はるが居そうな場所、分かりませんか? 音琴さんとの思い出の場所は、この町の中は調べたつもりなんですが」

「……その名前は聞きたくない」

 辺りは暗かったが、亜蓮が目を伏せたのが分かった。

「お願いです。俺ははるに、音琴さんとちゃんとお別れさせたいんです」

「俺は、はるに弔って欲しくなんかないよ。恋心ちゃんはアイツを赦したのか?」

 ネココは両手をぎゅっと握った。

「赦してなんかない! ……です。赦せる訳がないです。だからこそ、ちゃんと弔わせるべきじゃないかって俺は思います」

「んー、この話、いくらしたって平行線だよ。恋心ちゃんは、はるの弔いを責務の様に感じているんだろうけど、俺は感情的にそれを拒否してるの。音琴を殺したのはアイツなんだよ? 自分を殺した人に弔われたって、音琴も嬉しくないよ」

 亜蓮は、ネココに背を向けた。

「そんな、ことは……」

 そんなことは分かってるんだ。分かっててやってる。

「死んでしまっても、いいんですか?」

「知るか」

 亜蓮はすたすたと歩き、涼介の車に乗り込んだ。

「ごめんね、はるちゃん。僕からも説得してみるから」

 涼介も車に乗り込み、二人は去っていった。


二〇一九年 十一月十五日 五時三十分


 音琴の葬儀の日だ。

ネココが朝起きると、メールが入っていた。美容室の予約サイトからだ。送信時刻は午前一時三十四分だ。こんな時刻に何の用だろう。

『茅根 恋心様


いつも当店のご利用ありがとうございます。


恋心ちゃん、はるは思い出の場所なんかにはいないと思うよ。音琴の死を受け入れないと、思い出になんて浸れない。はるはそんなに早く死を受け入れられる程、強い女じゃない。きっと事故現場の近くに、今も留まっていると思う。


またのお越しをお待ちしております。


SAKURA GARDEN

担当 桜庭亜蓮』

 亜蓮だ。亜蓮が、店のアカウントから、予約サイトを通じてメッセージを送ってきたんだ。

 ネココにとって、事故現場の近くは盲点だった。殆どちゃんと探していなかった。留まっているなら、ホテルの様な宿泊施設にいるはずだ。ストリートビューで事故現場の周りを見た。猫塚は事故現場を目視できる所にいると、ネココは考えた。それは逆に、事故現場から見える所にいるとも言える。地図とストリートビューを切り替えて、合致する場所を探した。

 あった。インターネットカフェから、事故現場を見ることができそうだ。

亜蓮の、猫塚の元彼のメッセージを信じるほかない。最早、ネココの思い付く所にはもう


二〇一九年 十一月十五日 七時五十七分


 ネココは、駅近くのインターネットカフェ前に来た。ストリートビューで見た通り、ここからなら事故現場を見ることができそうだ。

 建物を観察していると、窓の向こうにいる猫塚が目に入った。まだ猫塚はネココに気付ていないようだ。髪を黒くしているし、編み込んでもいないからかもしれない。

 ネココは、インターネットカフェに入った。建物の外から見た位置の部屋を二回ノックした。

「見付けたぞ、はる」

「猫塚はいません」

 久し振りの猫塚の声だ。四日ぶりだが、体感ではもっと長く感じた。ネココはその間、ずっと猫塚を探していた。

「あのな、お前には捜索願が出されてんだ、さっさと出てこい。迷惑だろ」

 思わず、はあっと安堵のため息が漏れた。

「ここからはさ、事故の現場が見えるんだ」

 亜蓮の言う通りだ。猫塚はまだ、音琴の死を受け入れられていないようだ。とは言え、ネココだって完全にはまだ受け入れてはいなかったが。

「だから何だ。アイツはそこにはいないだろ。もう棺の中に入ってる」

 刹那、ドアがバーンとネココの顔に当たった。痛たた。

 そこに、猫塚はいた。髪はボサボサだし、フケも付いていたが、仔猫の様に可愛い顔は猫塚のそれそのものだった。

 ネココは、思わず猫塚を抱き締めていた。

「無事でよかった。お前までいなくなったら、俺……」

 誰に復讐すればいいんだ。

「臭いでしょ、離して。お会計してくる」


二〇一九年 十一月十五日 八時二十五分


 二人は、猫塚の家の前に着いた。

「パパ、いないんだよね?」

「ああ、警察行った帰りに聞いた限りでは仕事するって言ってたし多分」

 猫塚が鍵を開け、中に入った。

「あ、ほんとだ、革靴が無い。逆に良かったかも。今は会いたくないや」

「じゃあ俺はここで待ってくるから、ちゃんと支度して来いよ」

「ネココも入りなよ、寒いよ」

 猫塚が手招きをした。

「悪いな、じゃあそうする。小さい頃を思い出すな」

 ネココも玄関に入った。小さい頃は、二人でお互いの家を行き来したものだ。

「じゃあ、私はシャワー浴びるね、流石に今のままじゃアオイにさようならを言えないや」

「ちゃんとお別れする気あったのか?」

「無かったよ。だけど、アンタにここまでされちゃーね」

 猫塚は、はーあ、と大袈裟に溜息を吐いた。

「よかった」

「じゃ、ネココ、お風呂覗くなよ」

「覗かねーよ、ばか」


 猫塚が髪を乾かし終えると、二人は斎場に向かった。


二〇一九年 十一月十五日 九時三分


「お前、何で来た?」

 斎場で亜蓮と涼介に出くわした。亜蓮は憤っているようだった。同時に、斎場の至る所から冷たい視線が向けられた。

「アタシは、アオイにさよならしに来たの」

「お前が殺したのに? 赦されることじゃないよ」

「まあまあ、その辺にして」

 涼介が仲裁した。

「恋心ちゃん、俺は連れてきて欲しくてメッセージを送ったんじゃないぞ。流石に死なれたら後味が悪いからだ。なのに――」

「はいはい、亜蓮、おしまい」

 涼介が、亜蓮を斎場の隅の方へ連れて行った。

 ただ、亜蓮が去っても冷たい視線は向けられたままだった。

 ネココと猫塚は、特に何か喋るでもなく、時間が来るのをただ待った。


 弔問客の着席の案内が流れると、二人は隣り合わせて座った。


二〇一九年 十一月十五日 十時一分


 葬儀が始まった。

 ネココは何度もチラチラ猫塚を見たが、泣いている様子は無かった。

 出棺の時になった。ネココは、猫塚と一緒に音琴の前に行った。しかし、音琴の顔を見ることは叶わなかった。棺桶の顔の部分は閉ざされていたのだ。

「何でお別れなのに顔も見えないの」

 猫塚が言った。

「それは事故で損傷が酷いからだろ」

 ネココはボソッと言った。

 そこで初めて、猫塚の涙腺が崩壊した。

「ああああああああああああああああああああああ」

 それはまるで、起床のアラームの様に不快だった。

「おい」

「ごめんなさい。ねえ、赦して。アタシ、タイヤストッパーはインスタのネタになればいいとしたか思ってなかったんだ。まさかそれで事故が起こるなんて、ましてやアオイが死ぬなんて思ってもみなかったんだ。ごめん、想像がつかなかなったから赦してなんて都合が良過ぎるよね。」

 猫塚は両膝を付いて泣き崩れてしまった。

「ごめん。アタシは何よりアンタが大事だったのに。アタシのせいで、アタシのせいで、アタシのせいで」

「はる、ちゃんとお別れを言わないと、音琴があっちに行けないぞ」

「うん」

 猫塚は、立ち上がって涙を拭った。

「さよなら、アオイ」

「さよなら、音琴」


二〇一九年 十一月二十日 二十一時四十二分


「これで全部だ。後は次の日にお前にインスタを更新させて、それをtwitterに転載して、炎上させた」

 ネココはふうっと息を漏らした。

「そう、聞けてスッキリした。アタシ、アンタにも結構憎まれてたんだね……。じゃあ約束通り、何でアオイがあんたを好きになったか教えてあげる。」

 ネココは、自分が唾を飲み込む音がとても大きく聞こえた。

「一目惚れだって」

「は」

「本当だよ。確かにそう言ってた。まあ実際、あんたは結構モテてたからね。あんたは何にでも思考が鋭いけど、こと恋愛に関しては鈍らだから、気付かなかっただろうね」

「うるさいな、そんなのは分かって――」

「ネココ。あんた、何でアタシのためにそんなにしてくれてたの? あんたの彼女、アオイを殺したのはアタシなのに」

 一秒、間が空いた。

「音琴にとってはな、俺よりお前、はるの方が大事なんじゃないだろうか、って感じる時があったんだ」

「ほう?」

「つまり俺は、お前に嫉妬してた。音琴は、俺と二人でいるのに、お前の話ばっかするんだ」

 猫塚の顔が緩んだ。

「俺は音琴が大事にしてた奴を、無下にはできない」

 ネココは、自分に言い聞かせるように言った。それを聞いた猫塚は、緩んだ顔をぎゅっと引き締めた。

「それはさ、嘘でしょ? いや、正確には本心を言ってない。適当に言ってる。だってそしたらアタシを炎上させたのと矛盾するもんね」

 そうだ。その気持ちが無い訳ではないが、本心は違う。

「そんなことないだろう。罰を受けて欲しい、という気持ちと、死んで欲しくは無い、という気持ちは両立し得ると思うが」

 本心に気付かないでくれ、はる。

「両立し得るかどうかじゃない。あんたがそう思ってるかどうかなんだよ」

 頼む。

「思ってた。罰を受けて欲しいが、生きていて欲しいって」

 気付くな。

「あんたは、自殺教唆したって思われたくなかっただけなんじゃないの?」

「――っ」

「どうやら図星みたいだね」

「ああ、そうだ。お前に死なれると、俺に法的責任が生まれると思ったんだ」

「やっぱりね」

猫塚はフェンスに対して背を向けた。それは同時に、ネココに背を向けたという事だ。

「待て! 俺たちの寿命はまだたくさん残ってる。未来を音琴に見せてやることが一番の供養だとは思わないか?」

「ねえ、知ってる? 星座って色々あるけど、ねこ座は無いんだって。それってきっと、アタシたちには描ける未来は無いってことなんだよ」

「そんなことない! おい! やめろ、行くな! 音琴はそんなことしても喜ばないぞ。頼む、音琴を悲しませないでくれ!」

 ネココはフェンスへ駆け寄り、猿のようによじ登って猫塚の傍らに降りた。

「それじゃあ」

 ネココは猫塚から体当たりを受けた。

「え?」

落ちそうになったところを、どうにか左手で屋上の端を掴んで落下を防いだ。ネココの身体は宙ぶらりんだ。

「しつこいね」

 猫塚はしゃがむと、ネココを支える左手をつんつんと突いた。

「なあ、はる、お前何で」

「アタシはさ、アオイと同じところに行ったらきっと嫌がられるんじゃないかって思うんだ。それにはさ、何か罪を犯すのがいいと思って。逆にさ、あんたが同じところに行ってくれたらアオイも寂しくないしアタシにとっても安心なんだ。それにはきっと、アタシがあんたを殺すのが一番楽な方法なんだ」

「そんなの間違ってる!」

「知らないね」

 猫塚は立ち上がって、ネココの左手を踏み潰した。ネココは、思わず左手を放してしまった。

そうしたら、ネココの身体は自由落下するだけだった。

ネココの身体が地面に着いた時、あちこちの関節が有り得ない曲がり方をした。



 ラグドール

 ①ぬいぐるみ。布製の人形。

 ②家猫の一品種。米国原産。長毛・大型でがっちりした体つき。性格はおとなしい。


 ラグドール物理

① テレビゲーム内で適用される物理法則。主に死亡したり気絶したりしたりしたキャラクターの人体に適用される。

人体をぬいぐるみに例えたものであり、関節が変な方向に曲がったりキャラがあらぬ方向に吹っ飛んだりなど、しばしば実際の人体ではありえない動きをする。

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ラグドール 叶田あめ @Kanata_Ame

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