十七
二〇一九年 十一月九日 五時三十六分
『おはよー
今からおでかけ出発!
朝早くて眠い(=_=)
ほんとは、はるも連れてお兄ちゃんと引き合わせたかったんだけど、家族水入らずって事になったから…
ごめんね<(_ _)>』
音琴は、猫塚にLINEを送った。猫塚は家事のため、休日も規則正しい生活を送っている。きっとすぐに返信が来るだろう。
『おはよー(^_^)/
早いね、いってらっしゃい
気にしなくていいよ。涼介さんや亜蓮と行けるまたと無い機会だもんね。
伊豆旅行だっけ?楽しんできてねb』
ほら来た。パチンコに行く父親を送り出すために早起きするなんて、健気だ。
『いってきます
ありがとー
お土産買ってくね』
「ほら、何してるの? 出掛けるわよ」
ゆう子が急かす様に言った。
「へーい」
伊豆へは車で行く。ゆう子が言うには、五時間くらい掛かるらしい。先ずゆう子が運転して涼介と亜蓮を拾い、運転を交代しながら目的地を目指すとのことだ。
アパートに備え付けの駐車場に停めたゆう子の愛車、ヴェルファイアに乗り込んだ。音琴は一番後ろの席に座った。
「じゃあ出るよ」
ファミリーカーは疎らに落ちた葉を巻き上げながら出発した。
二〇一九年 十一月十日 五時五十五分
桜庭邸に着いた。涼介と亜蓮は一軒家に住んでいる。そして、「SAKURA GARDEN」はこの家に内設されている。元々は音琴とゆう子も住んでいた。ゆう子は「SAKURA GARDEN」を手伝っていたが、離婚を機にアパートに移り住み、新たに「ブルー・ウェル」という美容室を立ち上げた。離婚後も、こうして時々お出掛けしているのは、音琴と亜蓮が寂しい思いをしない様にとの事らしい。
「ちょっと早かったかな?」
ゆう子は運転席から後ろを向いて言った。
「良いんじゃない? 五分前行動で」
「じゃあちょっと連絡してくれない?」
「はーい」
『着いたよー
早く出てきてー』
音琴は、亜蓮にLINEした。するとすぐ、涼介と亜蓮が荷物を携えて出てきた。涼介は助手席に、亜蓮は二列目のシートに座った。
「おはよう。久し振り」
涼介が眠そうに言った。
「久し振り。相変わらず間の抜けた顔してるわね」
ゆう子はキリッと言った。コーヒーをさっきキメたからだろうか。
「お、音琴、前買ったコートじゃん。似合ってるよ」
亜蓮が一つ後ろの席に座る音琴に、振り返って言った。
「ありがとう。これ気に入ってる」
「はいはーい。じゃあ出掛けるよー」
ゆう子の合図で皆がシートベルトを締め、車は出発した。
二〇一九年 十一月九日 二十一時一分
音琴は、猫塚に通話を掛けた。
「もしもし、はる?」
『もしもーし』
「今どこで何してると思う?」
『えー、伊豆の温泉旅館に行くって言ってたよね。部屋でのんびりしてる……、とか?』
「ぶっぶー、正解は『部屋の露天風呂に浸かっている』でしたー」
『いいなー。でも大丈夫? のぼせない?』
「へーきへーき。いやー、今日は楽しかったよ」
『それは良かったね。どこか行ったの?』
「先ずね、来る途中に富士山が間近に見えたの。待って、今写真送る」
『おー凄い、綺麗! もう冠雪してるんだねー。で、伊豆では何したの?』
「伊豆シャボテン公園に行ったよー。十時半ごろに着いて、十五時半くらいまでいた」
『おー、いいじゃん。ところでさー。温泉旅館てご飯美味しいんじゃないの? どうだった?』
「凄いよー、豪華だった! 一人一人に船盛が配膳されてさ」
『わー、ズルい』
「それと一人一人に小さい鍋が出てね、中身がすき焼きだった!」
『アタシなんて一人でロールキャベツだよ。せっかく苦労して作っても一人』
「ごめんね、ほんとははるも連れて来たかったんだけど」
『ううん、いいの。せっかくの家族旅行の機会なんだから、家族と楽しまないと駄目だよ』
「ありがと。厳密には家族じゃないけどね、離婚してるから」
『なればこそ、貴重な時間じゃん。アタシなんかと電話してないでちゃんと家族の中に混ざりなさい』
「えー、もうちょっと話した――」
プツッ。……切れちゃった。とは言え、まだ風呂には入ったばかりだ。もう少し入っていよう。
二〇一九年 十一月十日 七時五十九分
音琴達は、朝食を食べに「駿河」という部屋に来ていた。昨日の夕ご飯は天城という部屋だった。どうやら、食事をする部屋には伊豆の地名が名付けられているらしい。
「いただきます」
朝食は昨夜に比べて質素な和食だった。
「ねえ、今日は何するの?」
音琴が涼介に訊いた。
「うん? よう子から聞いてないか?」
「うん」
「全く君は」
涼介がよう子を咎めた。
「いいじゃない、知らない方が楽しいわよ。知らないの?」
「まあまあ落ち着いて」
よう子が反抗したところで、亜蓮が窘めた。
「そうだね、うん。今から道の駅によってお土産を買う。そうしたら帰り。昼ご飯は途中のパーキングで取る予定だ。大体十五時くらいに家に着く予定だよ」
涼介は柔らかい口調で言った。
「十五時か、結構早いんだね」
「今回は三連休じゃないからね、明日に備えないと」
「えー、気遣ってくれなくていいのに。もっと遊びたい」
「音琴は運転しないからいいけど、俺たちは疲れるんだぞ」
「そうよ、寧ろ私たちのためよ」
亜蓮とゆう子が、音琴に抗議する。
「という訳だから、音琴、我慢してね」
「はーい」
二〇一九年 十一月十日 十二時十一分
音琴達は高速道路のパーキングに立ち寄り、昼食を取ろうとしていた。音琴は味噌ラーメン、亜蓮はオムライス、涼介とゆう子はハンバーガーを、それぞれ頼んだ。
「仲良くハンバーガー頼んじゃってさ、お二人さん、再婚したら?」
亜蓮が涼介とゆう子を小突いた。
「それは無理だよー。第一、僕はテリヤキバーガー、ゆう子はチーズバーガーだよ。違うじゃん」
涼介は、いつもの口調で言った。
「そうよ、こんな細かい男とは合わないわ」
ゆう子は涼介に乗っかった。
「やっぱりお似合いだよ。なあ? 音琴」
「うん。今でも私達のためにこうやって旅行してくれるし!」
「それとこれとは話が別だよ」
「そうそう。あんた達産んでなかったら、こうやって会う事も無いね」
涼介とゆう子はとても息が合っていると思うけれど、二人にしか分からない事があるのだろう。
「ふーん。ねえ、お父さん、この後って帰るだけ?」
音琴が涼介に訊いた。
「そうだよー。ここからはパーキング寄らないから、トイレにちゃんと行くんだよ。ゆう子、運転任せた! 僕らを降ろしてから帰宅してね」
涼介が言った。
「はいはい。次のお出掛けの時はそっちで車出してよね」
「分かってるよ。さて、そろそろ出ようか」
そうして席を立った時、ゆう子はバランスを崩して後頭部から転んだ。
「いったー!」
「もう、相変わらず不注意なんだから」
涼介は軽く屈んで手を差し伸べた。
「やっぱりお似合いだよね」
音琴と亜蓮は笑った。
二〇一九年 十一月十日 十五時十四分
ゆう子のヴェルファイアは、桜庭邸に着いた。
「じゃあね、気を付けて」
「ここまで安全に来れたんだ、ここから家までくらい余裕だよ」
涼介の気遣いに、ゆう子があっさりと言った。
二〇一九年 十一月十日 十五時三十二分
「もう少しで家だね、お母さん」
助手席の音琴が、ゆう子に話しかけた。しかし。
ゆう子の反応がない。
音琴が横を見遣ると、ゆう子は失神していた。音琴は慌てて、右手でハンドルを握った。ゆう子の足をアクセルから除けたいが、叶わない。何とかブレーキに足を延ばしたいが届かない。その時だった。目の前にタイヤストッパーが現れた。音琴は焦ってハンドルを左に切った。刹那、猫塚が見えた。
がしゃん。
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