七
十一月十六日 十五時十二分
「お会計お願いします」
ネココは、猫塚を伴ってレジの前に立ち、言った。
「しょ、少々お待ちください」
店員が声を出してバタバタと近寄ってくる。
ネココは、店員に伝票を渡した。
「四二〇〇円になります」
ネココは一万と二百円を出した。
「一〇二〇〇円のお預かりで、六〇〇〇円のお返しになります」
ネココは六〇〇〇円を受け取って、マリ・クレールの長財布に入れた。
「ありがとうございました。またお越しください」
二人は「ごちそうさまでした」と言って、パンケーキ店を後にした。
「ねえ、本当に奢りでいいの? 少し私出そうか?」
「バイトしてるから大丈夫だ」
ネココはそう言うと歩き出した。猫塚もそれに付いて行く。
「いつも思うけど、ネココは部活していないとはいえ、塾とバイトを掛け持ちしているの凄いと思う」
「家事と塾の両立の方が凄い。俺には真似できない。」
「そうかな」
ふふっと笑って猫塚が言った。
「ところで、俺から誘って何なんだが、親父さんのご飯とかは用意しなくていいのか」
「こんな事もあろうかと、温めるだけにしてあるよ」
「やっぱ凄いな。朝作ってから来たのか。」
「そうだよ。まあ、作ったと言うよりかはコンビニの総菜を買っておいただけだけどね」
アオイが死んでからというもの、何をやるにしても気力が沸かない。前までは、朝からアジフライを揚げていた時もあった。下処理も必要だし、今思うとよくできたなと思う。
「そうなのか。お前が遠くに行ったら、親父さん大変だな。大学はどうするんだ?」
「んー、家から通える範囲になるかな。ネカフェにいた四日間だけでも、パパは堪えたみたいだし、独りにできないよ。」
「偉いな。でも、いいのか。東京にでも出れば色々な可能性が広がるぞ」
「いいの。私ね、ママにパパを頼まれてるから」
「結婚はどうするんだ」
「セクハラだよ、ネココ。まあ、お婿さんに来てくれる人を探すしかないでしょ」
「セクハラって。ふーん、そっか。さて、着いたぞ」
二人はビルの前にいた。三階と四階がカラオケになっている。
「え。カラオケするの? 本気?」
幾ら何でも、アオイが死んだばかりで歌う気分になんてなれない。
「本気」
口角を上げてネココが言う。邪気を孕んだ様な顔をしている。
まあ、奢りで歌えるなら、乗ってもいいのかな。
「おーけー、乗った」
「よし、入ろう」
ネココがビルに入っていく。それに猫塚も付いて行った。
十一月十六日 十五時十八分
「いらっしゃいませ。何名様でしょうか」
受付から既に音漏れが聞えてきて、アルバイトらしき店員の声は聞き取りづらい。
「二人です。どちらも学生です」
「学生証を見せていただいてもよろしいでしょうか」
二人は学生証を財布から取り出して見せる。ネココの学生証の写真は今の金髪と違い黒髪で、編み込んでもいないしサイドテールも作っていない。
「はい、ありがとうございます。お時間は何時間になさいますか?」
同じアルバイトでも、先程のパンケーキ店のアルバイトよりも慣れた様子だ。
「三時間とかでいいか?」
それくらいなら、帰ってからご飯を作れるだろう。
「いいよ」
「じゃあ三時間で」
「三時間ですと、フリータイムの方がお得ですがいかがなさいますか?」
「じゃあフリータイムで」
ネココが口パクで「いいよな」と言うので、猫塚も口パクで「いいよ」と言った。
「フリータイムですね。お飲み物はワンドリンク制となっておりますがいかがなさいますか?」
「ドリンクバーで」
「では十三番のお部屋になります。」
店員がそう言って、伝票をネココに渡す。
受付の隣にあるドリンクバーで、猫塚はオレンジジュースを、ネココはジンジャーエールを注いで十三番の部屋に入った。猫塚はまず、アカウントにログインする。
「採点入れるか?」
ネココが陽気に猫塚に問う。
「うん、入れて、全国採点のやつ」
「オーケー」
ネココは、採点を入れた。
「最初二人で歌おうぜ」
そう言って、ネココは曲を入れた。
「あ、これ、アオイ好きだったよね」
「今日はアイツが好きだった曲を歌う。乗ってくれるか?」
「勿論」
十一月十六日 十八時三十九分
「そろそろ帰るか。今写真送った」
ネココが愉快そうな顔で言った。ネココも久し振りに遊んだのだろうから楽しい気持ちになるのは当然だ。尤も、それが良い事なのかは猫塚には判断が付かなかったが。
「ありがとー。ごめんアタシ撮ってなくて」
「いいよいいよ、気にするな。代わりにインスタ投稿しろよ」
「はいはい、分かってるって。心配しなくてもアップするから」
「オーケー。じゃあお会計してくるから入り口で待ってろ」
「り」
猫塚は受付フロアのある出入り口から出た。
十一月中旬ともなると、十八時半でも暗い。マフラーをして来ればよかった。寒さが肌を突き刺して、寂しさを増幅させる。
アオイと仲良くなったのも、思えばこの季節、このくらいの時刻だった。
「お待たせ」
ネココが会計を終えて出入り口から出て来た。
「いくらだった?」
猫塚が訊いた。払う気はないが、何となく値段が気になった。
「二千円とちょっと」
「悪いね」
「いーや、そういう約束だからな。気にする事はない」
ネココは親指を立ててグーのボーズをする。
「ありがと」
二人は帰路に就いた。途中まで帰り道は同じだ。
「ねえ、アタシね、アオイと仲良くなったのこのぐらいの季節と時間なんだよ」
「ああ、前にアイツからお前と仲良くなった経緯は聞いた」
「そーなの!? アオイ、そんなことあんたに話してたんだ」
「俺が訊いたんだ。お前とアイツは何ていうか……真逆だろ? 何故仲良くなったのか気になったんだ」
「真逆? アタシとアオイが? どの辺が?」
「お前のそういうところ好きだ」
「え、愛の告白!? 嬉しいけどアタシはまだ亜蓮が好きだからごめん」
「違うわ! 勝手に人の事フりやがって。流石に一年も彼氏いないと寂しいのか」
「寂しくて悪いか。アオイもいなくなっちゃったし、アタシには今支柱が無いの」
「俺だってそうだ。でも、生きていかなきゃならない。アイツのためにも」
「うん……」
晩秋の風は、言葉をも攫っていく。自動車の音と、カラスの鳴き声だけが辺りに響き渡っていた。
「じゃあね」
二人の家までの分かれ道で、猫塚が沈黙を破った。
「おう、じゃあな。また月曜日」
「うん、また月曜日」
猫塚は、振り返ることもせず家路を急いだ。帰って夕食の支度をしなくてはならない。茂が帰ってくるかは分からないが、それでもしなくてはならない。
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