十一月十六日 十三時三分


「あんたにパンケーキは似合わないわ」

 猫塚が、店の前でそう言葉を漏らした。

「良いんだよ、俺に似合わなくても。お前のためなんだから」

 さ、入るぞと言って、ネココはドアを開け入っていった。猫塚もそれに続く。

 案内されたのは窓際の席だった。二人は向かい合って座った。

「何食べるんだ?」

 ネココがメニューを猫塚の方に向けながら言った。

「何がいいかな。ベリーベリーベリーパンケーキとコーヒーのセットにしようかな」

 猫塚は苺が好きだ。だから、メニューを見て一番に目に留まった。本当はこんな事してる場合じゃないんだけどな。

「じゃあ俺はキャラメルバナナにしようかな。ミルクティーとセットで」

「カワイイもの選ぶね」

「そうか? 普通だと思うが」

「うん、カワイイ。後で一口頂戴ね。」

「ああ、いいけど、俺にもベリーベリーベリー一口くれよ? 他に何か頼むもんあるか?」

「奢りだもんなー。そうだなー」

「おい、あんまり高いもんはやめろよ」

「じゃあ手作りスコーンも」

「まあ、そのくらいならいいか。すみませーん」

 ネココが店員を呼ぶ。店員がバタバタと猫塚たちの席に来る。アルバイトだろうか。

「ご、ご注文はお決まりでしょうか」

アルバイトと思しき店員が言う。ネココはそれに答える。

「はい。ベリーベリーベリーのコーヒーセットが一つと、キャラメルバナナのミルクティーのセットを1つ、あと、スコーンを一つ」

「はい。あ、コーヒーとミルクティーはホットでよろしいでしょうか」

「はい。はるもいいよな」

「うん」

 猫塚は首を縦に振る。

「で、ではご注文の確認を致します。ベリーベリーベリーとホットコーヒーのセットがお一つと、キャラメルバナナのホットミルクティーのセットがお一つと、スコーンがお一つでよろしいでしょうか」

「「はい」」

 猫塚とネココの声が重なる。

「では、出来上がるまで少々お待ちください」

 そう言うと、店員がまたバタバタと去っていった。

「ねえ」

「なんだ」

「スコーンまで食べきれるかな」

「知らねーよ。お前が頼んだんだろ。……まあ、一緒に食べよう」

「うん」

 二人の間に沈黙が流れる。今まではこんな事無かったのに。

「ねえ」

「なんだ」

「私たち、こんな事してていいのかな」

「こんな事ってなんだ」

 ネココの眉間に皺が寄る。

「こうやってパンケーキ食べに来てる事」

「いいんだよ。俺たちが楽しめば、その分アイツがあの世で喜ぶ」

「そうなのかな。アタシはアオイに悪い気がして……」

「そんなこと言い出して、お前を楽しませようとしてる俺に悪いとは思わないのか。今は楽しめ」

 ネココはテーブルを人差し指で繰り返し突きながら言った。

「んーそれもそっか。奢りだもんね」

 ネココの言うことも分かる。でも正直楽しむなんて無理だ。ここは楽しんでいる振りをしよう。それでやり過ごそう。

 再び二人の間に沈黙が流れる。何も話題が見つからない。今まではどんな風に話してたんだっけ。話し方が分からなくなってしまった様だ。

 猫塚は窓の外を見やる。あらゆる建物の看板が錆びたり禿げたりしている。その通りを、お爺さんが杖を突いて歩いている。今にも転びそうで見ていて危ない。歩行者は殆どいない。代わりに自動車が群れを成している。典型的な地方都市だ。駅から少し離れれば田畑が広がる。

「お待たせ致しました」

 猫塚が窓の外を見ている間に、パンケーキが運ばれてきた。

「ベリーベリーベリーのホットコーヒーセットと、キャラメルバナナのホットミルクティーセット、スコーンになります」

 先ほど注文を取りに来た店員が配膳をしていく。スコーンはネココの側に置かれた。

「以上でご注文はお揃いでしょうか」

「はい、スコーンは俺の方じゃないすけど」

 ネココが言った。食い意地張ってる様に見られたくないんだろうか。自分も食べるのに。

「失礼いたしました」

 店員がそう言ってスコーンを猫塚の方に寄せる。

「ではこちらが伝票になります。ごゆっくりどうぞ」

 店員は伝票をテーブル上の円筒型のケースに入れて、またバタバタと去っていった。

 ベリーベリーベリーパンケーキは、パンケーキ二枚の上に入道雲の様にホイップクリームが盛られている。その上に小さく切られたストロベリー、ラズベリー、ブルーベリーが飾り付けられている。ベリーからは甘酸っぱい匂いが放たれ、食欲を掻き立てる。

 キャラメルバナナはパンケーキ二枚の上に輪切りのバナナが敷き詰められ、その上からキャラメルソースがかけられている。キャラメルソースからは甘い匂いが漂い、うっとりするほどだ

「いただきます」

 猫塚が両の手を合わせて言った。

「おい、写真撮らなくていいのか」

「あー忘れてた。でもいいかな。気分じゃないし」

「折角なんだから撮っとけよ。俺も撮るぞ」

 ネココはスマートフォンを取り出して、鋭角に構え、写真を撮っている。奢ってもらっている身だ。ここは指示に従おう。猫塚も同様にスマートフォンで写真を撮る。

「インスタには上げないのか?」

 ネココは身を乗り出して訊いた。

「インスタに上げるのは写真を加工してからだよ。分かってないなぁ」

「見るから後で投稿しろよ」

「えー、めんどくさいな。やめようかな、上げるの」

 猫塚は目を細めて言った。

「奢るのやめようかな」

「分かったよ、上げればいいんでしょ、上げれば」

 カメラを横に構えての二人の攻防は、こうして幕を引いた。

「じゃ、今度こそいただきます」

「いただきます」

 まず猫塚が言って、その後に続いてネココが言った。そして二人はパンケーキをナイフで切り、口に入れた。

「んー、美味しい! 生地ふわっふわ。それにベリーの酸味が生クリームと噛み合って最高。アタシ、苺大好きなんだよね」

「知ってる。メニュー見たときそれ選ぶと思った」

「お見通しって訳ね。そっちはどうなのよ、美味しい?」

「まあ、まずまずかな」

「約束通り一口ちょーだいよ」

「いいぞ」

 ネココは、キャラメルバナナを猫塚の方へ押した。猫塚は一口サイズにパンケーキを切り、バナナとキャラメルソースごとフォークで刺した。

「いただきまーす。んっ! 美味しいじゃん。キャラメルとバナナってこんなに合うもんなんだね。これでまずまずとは、相当舌が肥えている様で」

 猫塚はキャラメルバナナを突き返した。

「俺にはちょっと甘ったるかったな。お前のも一口くれよ」

 そういうとネココは、半立ちになってベリーベリーベリーから一口サイズより大きめに切り取って口に運ぶ。

「これは美味しいな。酸味と甘みのバランスが丁度いい」

「でしょー。苺料理に間違いはないのだ」

「これなら、俺がベリーベリーベリー頼みたかったな」

 ネココは口を尖らせて言った。

「なら今度来た時に頼んだら。ま、あんたがここに一人で来ると思うと笑えるけどね」

「それ暗に、俺に友達いないことディスっていないか?」

「それは深読みしすぎ。アタシがそんな冗談言えると思ってるの?」

「無理か」

 ネココは、猫塚が人の機微から心情を察することが苦手だと知っている。

「その答えは、それはそれで酷いね」

「仕方ないだろ、事実なんだから。」

「ほんと酷い」

 猫塚は笑った。アオイの死を知って以降初めてだった。アオイが死んでからは、ネカフェでコメディ映画を観ても、家でバラエティー番組を観ても、心動かされることはなかった。何が違うんだろうか。直に人と接するのが良いのだろうか。それとも。

「ようやく笑ったな。笑ってる方がお前らしいぞ」

「あんたのお蔭で少しは元気になれたかも。ありがとうね」

「ほら、まだパンケーキ残ってるぞ。さっさと食え」

ネコのパンケーキは、あと一口といったところだ。それに対し猫塚のパンケーキは、まだ半分の一枚ずつが残っている。その上、スコーンは手付かずのままだ。

「そっちこそ。スコーンも食べるんでしょ」

 猫塚はパンケーキがお腹に溜まってきている。何とかしてスコーンだけでもネココに食べさせたい。

「スコーン頼んだのはお前だろ。お前が主体となって食べるんだよ」

 正論だ。でも負けない。

「だって店員さん、ネココの方に置いてたじゃん。それはつまりネココのものって事だよ」

「今どっちにあるか見てみろよ。お前の方にあるだろ」

「うん、店員さんが移動させたね」

「じゃあはるのものってことだな。」

「いや、それは……」

 完敗だ。

「なあ、お前もうお腹いっぱいになってきてるだろ」

「何故バレた!?」

「そりゃ、そんだけ人に押し付けようとしてたら分かる」

「お願いします! スコーン全部食べてください」

「仕方ないな。次は無いからな」

「ありがと」

 猫塚がベリーベリーベリーを何とか食べきる頃には、ネココはスコーンを食べきって手持ち無沙汰になっていた。

「ふう、何とか食べきった。偉いでしょ」

「偉くないだろ、人にスコーン押し付けやがって」

 これ以上食べられないくらい食べたのだ。少しくらい褒めてくれてもいいじゃないか。

「でもどっちみちお金払うのネココなんだからお得じゃん」

「全然お得じゃない。お腹パンパンになるまで食べさせられて寧ろマイナスだ」

 ネココは、右の掌でお腹をポンポンと叩くジェスチャーをしている。

「お腹パンパンになるまで食べられるのは幸せな事なんだよ、感謝しないと」

「そうだな、神様にでも感謝しとく」

「ちょっと! アタシのお蔭で食べられたんだからアタシに感謝しなさい」

「お前には恨みこそすれ、感謝はしないね」

「ひどーい」

「酷いのはお前だ」

 ネココは苦い顔をしながら言った。

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