第14話 キザっぽい


 次の日の朝。学校に向かって歩いていると、一人で俯きながら歩いている圭子が目に入る。それだけで昨日の事をまだ引き摺っている事が分かった。


 そんな圭子の姿をみて、目を逸らしたくなるぐらい悲しくなったが、一番つらいのは圭子だ。俺は駆け寄ると「おはよう!」と、元気良く挨拶をした。


「あ、光輝。おはよう……」と、圭子は低い声で挨拶を返し、苦笑いを浮かべる。


「──元気がないみたいだけど、どうしたの?」

「え? ──そんな事ないよ?」


 圭子はこちらに顔を向けることなく返事をする。行き成り過ぎて警戒されちゃったかな?

「そう……なら良いけど」


 ──そこから会話が続かず、俺達は黙って歩き続ける。上手い事、智也について話を持っていきたいだけど……。


「──ねぇ、光輝」

「なに?」

「一歩踏み出したいって言ってた女の子とは、どうなったの?」


 こんな状況なのに圭子は気を遣ってくれたのか、そう話を切り出す。これはチャンスかもしれない。


「順調だと思うよ」

「ふーん……良かったね」

「うん。圭子の方はどうなんだ? 彼氏とは上手く言ってる?」


 俺がそう聞くと、圭子は一瞬、目を見開く。だけど直ぐに表情を戻して「──上手く言ってるよ」と、淡々と答えた。


「そう……もし──もしだよ? 何か悩むような事があったらさ、占いを信じるのも良いかもよ?」と、俺が言うと、圭子は眉を顰め、こちらに顔を向ける。


 わざとらしかったか? それとも展開が急すぎたかな?


「占い?」

「うん、占い。最近、良い人を紹介して貰ってさ。結構、当たってるんだ」

「へぇ……」


 圭子はそう返事をして──考え事を始めたのか正面を見据えたまま黙って歩き続けた。


「興味あるかも……」と圭子は言って、スカートから携帯を取り出すと、俺の方に顔を向け「ねぇ、教えてよ」


 よし! 喰いついてくれた! 


 俺は「もちろんだよ!」と返事をして、ズボンから携帯を取り出すと、星子さんを紹介した。


「ありがとう!」

「うん!」


 圭子はスカートに携帯を戻し、顔を上げると、「あ!」と声を漏らす。俺に向かって両手を合わせると「友達を見つけたから、先に行くね!」


「うん、分かった」


 圭子は俺に向かって手を振ると、友達の方へと駆けて行った──。


「ふぅ……」


 なんとか星子さんを紹介できた……星子さんには事情を話してあるし、後は圭子の気持ち次第だな。


 俺は「ん~……」と声を出しながら青空へと両手を伸ばし、大きく背伸びをすると、どうか気持ちよく解決されます様に……と、願った。


 ※※※


 日曜日の朝。俺は智也と女が待ち合わせに指定していた駅に来ていた。これは圭子の問題……とは思っているけど、何だか胸騒ぎがして来てしまったのだ。


 駅前のベンチに智也が座っていて、ちょっと離れた場所に、智也に背を向ける様に、黒のベースボールキャップを深く被った女性が一人、座っている。


 女はまだ来ておらず、朝の早い時間だけあって、チラホラと人が歩いている程度で静かだった。


 俺は少し離れた飲食店の壁に背中を預け、携帯を触りながら様子を見る事にした──10分程して女が現れ、智也に近づいていく。俺はいつでも動けるよう壁から背中を離した。


「智也、お待たせ」

「おせぇよ」

 

 智也がそう返事をして、立ち上がると、女は智也と腕を組み「ごめんて。女性は時間が掛かるのよ。遅れた分はちゃんとサービスしてあげるから」と言って歩き出す。


 智也がニヤつきながら女に合わせて歩き出すと──ベースボールキャップを被った女性がスッと立ち上がった。俺は携帯をズボンにしまい、ゆっくり三人に向かって歩きながら様子を見る。


 ベースボールキャップを被った女性が早足で智也達に向かって歩いていき──腕を組んでいない方の智也の腕をグイっと引っ張った。


 智也は態勢を崩したが、直ぐに立て直し、ベースボールキャップを被った女性の方に体を向ける。眉を吊り上げながら「お前ッ!! いきなり何すんだよ!!!」と、怒鳴りつけた。


 女性はベースボールキャップを脱ぎ、地面に叩きつけると「それはこっちのセリフよ!!!」と大声を出した。


 智也は圭子の姿をみて目を見開きながら「圭子……何でお前がここに?」


「何だって良いじゃない! それより、あなたやっぱり浮気してたのね!! 最低……私、智也とはもう別れるッ! あなたも智也と別れた方が良いわよッ!!」


 圭子が女に向かってそう言った瞬間、智也の眉がピクリと動く。


「智也はね──」と、圭子が今までの鬱憤うっぷんを晴らすかのように、智也の悪口を言い始めると、智也の顔は見る見るうちに強張っていった。


 嫌な予感がする……俺は早足で圭子との距離を縮める──智也が痺れを切らし、拳を振り上げた瞬間──まずいッ!!! 俺は圭子に向かって全力で走った。


 相手は俺より肩幅が広く、体格が良い……止められるかなんて分からないッ!! だけど──俺は後ろに下がり身を屈めた圭子の前に立ちはだかり、ギュッと目を閉じた。


 智也の拳が──あれ? 殴られない? 恐る恐る目を開けると、智也はまだ拳を振り上げた状態で、固まっていた。どうやら女が、智也の腕を両手で掴んで止めてくれたみたいだ。


「ねぇ、智也。別れるって言ってんだし、もう良いじゃん? 時間が勿体ないし、行こうよ」


 女がそう言ったが、智也はまだ怒りが収まらない様で、こちらをジッと睨んでいる。これじゃまだ動けない。怖いけど俺も智也の顔をジッと見つめた。


「──くそがッ」と、智也は声を漏らすと、ようやく背を向け歩き出す。


 女も合わせて歩き出すが、何やら気になることがある様で、チラチラとこちらに視線を向けながら、なだめる様に智也の背中を擦っていた。


 俺は二人が駅の中に入っていくのを見送ると「あー……怖かった」と声を漏らす。


「ごめん……」と、か細く謝る圭子の声が聞こえ、俺は「あ……」と心配させてしまった事に気付く。


 俺は直ぐに後ろを振り向くと、しゃがみ込み「あー、違う違う。あいつの事じゃなくて、お前が殴られそうになった方ね」と、慌てて否定した──すると圭子はなぜかクスッと笑う。


「──キザっぽい」

「なんだよ、それぇ……」

「ふふ、冗談。光輝が居てくれて助かったよ、ありがとうね」

「おぅ!」

「ところで何で光輝がここに居るの?」

「え? えっと……」


 ヤバッ、こんなことになるとは思ってなかったから何も考えてない……俺は辺りを見渡して──。


「駅! 俺も電車に乗って出掛けようと思って、ここに来たんだ」

「あぁ……そういう事……」


 咄嗟についた嘘だけど、どうやら圭子は納得してくれたみたいだ。


「圭子はもう帰るのか?」

「うん」


 圭子はそう返事をして、スッと立ち上がる。


「一人で大丈夫か? 送っていこうか?」

「え? だって……出掛ける用事があるんでしょ? 時間は大丈夫?」

「あぁ!」


 自分で言っておいて、すっかり忘れていた。俺は「えっと……」と、口にしながら、とりあえずズボンから携帯を取り出した。特に用事なんて無いのに調べものをするフリをして時間を稼ぐ。


「あー……大丈夫だった。時間あるよ」


 またもや圭子はクスッと笑うと「そう……じゃあ、送ってもらおうかな。本当は少し心細かったの」


「分かった。じゃあ、行こう」

「うん」


 俺達はゆっくり肩を並べて歩き出す──こうして澄み渡る空気を感じながら歩いていると、何だか小学校の朝、一緒に通学していたのを思い出して、心地よい気持ちになった。

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