7.記憶

「今から一年と半年前、君は人を殺した。雨の日だった。買ったばかりの車で、君は走ってた。

君は横断歩道を渡る人影に、気付かなかったんだ。ちなみに言うと、君に非は無いよ。だって飛び出したのは彼女の方だったんだから。

でもその後の行動がまずかった。君は一度車を下りて、彼女を見た。血だらけで、まだ息をしている彼女を見たとたん、君は怖くなって、再び車に乗って逃げたんだ。

その後の君はすごい行動力だった。切羽詰まった人って何でも出来るんだね。君はネットで得た知識で完全犯罪に成功したんだ。何者にもバレずに、車を処分した。事故を起こした日が雨で良かったね。お陰で君の車と事故の瞬間は防犯カメラに鮮明に写らなかった。


でも君は罪の意識からは逃れられなかった。轢き逃げした人間にこんなこと言うのは何だけど、君は罪を犯すには優しすぎたんだ。君は苦しんだ。君の脳は耐えられなくなり、恐ろしい記憶を封印した。それでも君の深層心理は騙されなかった。結局苦しみからは逃れられず、毎晩悪夢を見て、夜中に目が覚めた。そんな中、私に出会ったんだ。思い出した?」

そうだ。思い出した。恐怖に歪んだ顔、赤く染まった横断歩道、凹んだボンネット、冷えた雨、動かない身体、渦巻く吐息。今なら思い出せる、自分の罪。恐ろしかった。どんな言葉でもっても、どんな行動であっても、僕は償うことはできないだろう。

「だからさ、もう終わりにしよ?」

フェネが言う。

「訳も分からず苦しんで、罪にまみれてのうのうと生きて。そんな人生に意味あるの?

もう終わりにしよう。死んでしまえば、もう苦しまなくていい。だから、もう大丈夫だよ。あとはもう、ずーっと眠ってればいい。それで君は償えるから。」

フェネが僕の隣に膝をつき、僕の身体をゆっくり起こす。もはや僕の身体は痛みを訴えなかったが、彼女の体の暖かさは感じた。そのまま、彼女の唇が僕の唇と重なる。もはや僕の脳は正常に機能せず、彼女の言葉も、この行動の意味も咀嚼するのに一苦労だった。

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