第12話 脅しは効かない
※三人称視点
望都に武力で敵わなかった根岸は、別の手段で彼に復讐することを企んでいた。
「くそぉ……夕上のやつめ。この俺をコケにしやがって、絶対に許せない!」
彼は一週間ほど、望都をストーカーし続けた。
そしてついに、手に入れたのだ。
望都を追い詰めるための手段を。
「ふっふっふ……! これさえあれば、あいつを痛い目にあわせることができる!」
根岸が手に持っていたのは、自身のスマホだった。
そしてそのスマホの中に映っているのは、一枚の写真。
なんとそこには、仲良く手をつなぐ望都と歌音の姿が映されていたのだった。
「あの有名アイドルの美咲歌音が、男子生徒と手をつないでいる写真だぞ……! くっくっく……! これをネタに脅せば、どんなことでも可能だぜ……!」
根岸はニヤニヤとした笑みで、その写真を眺めた。
そして次に彼がとった行動は、美咲歌音を呼び出すことだった。
◇
「あの……根岸くん……なんの用ですか……?」
歌音は根岸に呼び出され、学校の屋上へと来ていた。
彼女はなぜ自分が呼び出されたのかわかっていなかった。
そういえば以前、この男に一度告白されたことを思い出す。
歌音は望都のことしか興味がないので、根岸のことなどすでに記憶から消えていた。
「あの……告白なら、前に断ったはずですけど……?」
恐る恐る、歌音はそう口にする。
望都以外の男と二人きりでいることなど、彼女からすれば一刻も早く避けたいことだった。
特に根岸のような、望都に敵対するようなゴミ虫と一緒にいるのは耐えがたかった。
「いや、今日はそのことじゃないんだ」
根岸はいやらしい笑みで、歌音に距離を詰める。
そして、さっとスマホを彼女に見せてきた。
「…………! これは…………!?」
「そうだ。これは美咲さん、君と夕上くんが仲良く手をつないでいる写真だよ? これが世間にバレたら、君はどうなるかなぁ……? っくっくっく……」
歌音は顔をしかめた。
そしてこう思った。
(下衆な男め……。消すか……?)
歌音が銃を取り出そうとしたその時である。
「おっと、そう怖い顔をするなよ。俺はなにもこれを本当にバラまこうってんじゃないぜ? 美咲さん、君が誠意を見せてくれればいいんだ」
根岸はそう言って取引を持ち掛けてきた。
「誠意……?」
「そうだな。一週間でいい。一週間だけ俺の彼女になって奉仕してくれればいいよ。そしたら写真を消してやろう」
本来ならば、歌音は絶体絶命の状況である。
だが、彼女はこのくらいでひるむ女ではない。
「はぁ…………」
「え…………?」
直後、歌音の拳が、根岸の腹を直撃した。
――ドゴ!
「ぐああああああっ!?」
そして根岸は地面に情けなく倒れた。
「は…………? なんで…………!? 美咲さん…………!?」
根岸としてはまさかアイドルの美咲歌音に、殴られるなどとは思ってもみなかっただろう。
だが、彼の予想とは違って、美咲歌音のパンチはすさまじい威力だった。
そして歌音は続けざまに根岸を蹴り、殴りまくった。
「ちょ……! もうやめて……! ごめんなさい……! ごぼぉ……!」
血だらけになりながら、根岸は後悔の涙を流す。
歯は折れ、顔がぼこぼこになりながらも、歌音は殴るのを辞めない。
「お願いします……! ゆるして……! 写真は消すから……!」
謝り続ける根岸を無視して、美咲歌音はただひたすらに暴力をふるう。
「失敬だわ……。トップアイドルの美咲歌音に殴られているのだから、もっと感謝してもらってもいいくらいなのに……」
歌音はそんなことを真顔で言いながら、根岸を殴り続けた。
写真を使って脅されたことは、彼女にとってそれだけ嫌なことだったのだ。
愛する望都との幸せな学園生活を、これ以上脅かされるのは我慢ならなかった。
「さて……あと何発殴れば記憶を失う……?」
「ひぃ……!?」
その時の歌音の顔は、根岸には悪魔のように映っただろう。
しかし、そこで歌音を止めに入る人物がいた。
「そこまでよ……!」
「あなたは……」
そう、そこに現れたのは、望都の担当編集であるカエデだった。
「カエデさん……?」
カエデは、歌音のことをマークしていたのである。
以前銃を向けられたことから、歌音が只者ではないと思い、注意していたのだ。
「もうやめてあげて……。その男の子、それ以上やったら死んでしまうわよ?」
「でも……この男は許せない。私と望都くんを邪魔した……」
「いい? あなたが殺人でもしてニュースにでもなったら、それこそ望都は悲しむわ」
「確かに……そうですね……」
カエデに言われてようやく、歌音は殴る手を止めた。
そうでもしなければ、本当に根岸は死んでいたかもしれなかった。
根岸は力なく地面に倒れた。
彼はそのまま気絶した。
「それで……なんで私をつけていたんですか……?」
歌音は少し怒った風にカエデに言った。
またカエデに望都との仲を邪魔されると思ったからだ。
「それは、こういうことがあるかもと思ったからよ……。望都の担当編集兼マネージャーとして、トラブルは避けたいからね……。望都の彼女であるあなたに殺人をさせるわけにはいかないわ……」
「なるほど……、今回はとりあえずそういうことにしておきますよ……」
歌音はそう言って、どこかに消えていった。
もちろん、根岸のスマホからは写真を消してある。
「ふぅ……困った子だわ……」
残されたカエデは、根岸を保健室に連れていくことにした。
この一件以来、根岸は学校に来なくなったという。
それどころか、部屋から一歩も出れなくなったという噂も聞く。
だが望都がその真相を知ることは、もう少し後になる。
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