第10話 まあそうだよね


 その時だった――。

 

 ――ガチャ!


 俺の部屋の扉が、急に開いた。

 そしてそこには、カエデさんが立っていた。


「やっぱり……帰らなくて正解だったわ……!」

「カエデさん!? こ、これはその……違うくて……!」


 俺は必死に弁解しようとするも、カエデさんは鬼の形相だ。


「もう、先生! 信頼してたんですからね!」

「ひいいいい」


 一方の美咲は、俺の上に乗ったまま、残念そうな顔を浮かべている。

 危ないところだった……カエデさんが戻ってこなければ、俺はどうなっていたやらわからない。


 ――パシャ……!


「え…………?」


 そして気づくとカエデさんは、スマホで俺たちのことを撮っていた。


「な、なにしてるんですか……!?


 俺と美咲は、挿入こそしていないものの、誰がどうみても「入ってるやん」というような体勢になっている。

 そんな写真を撮られたら、どうなってしまうか想像もつかない。


「これで証拠はばっちり……っと」

「ま、まさかカエデさん……俺たちを裏切ってそれを週刊誌に……!?」

「馬鹿ねえ。そんなことしないわよ」

「じゃ、じゃあなんで……」


「いい!? もしこれ以上のことをしたら、容赦なくこの写真をばらまきます。そうしたらあなたたちは二人とも大炎上するでしょうね……」

「そ、それだけは……!」

「だったら、ノーセックス、ノーエッチ! わかった!?」

「は、はい……」


 どうやらカエデさんが写真を撮ったのは、俺たちを抑止するためだったらしい。

 それにしても、やりすぎな気もするが……。


「っち……あと少しだったのに……」


 と不満そうな美咲。


「もう……油断も隙もない……」


 美咲はカエデさんをにらみつけたあと、そのまま部屋を出ていってしまった。

 あれはかなり怒っているよな……。

 というか、とんでもない子だ……。

 マジでカエデさんが来なければ、俺は逮捕されるところだった。

 いや、この場合俺って逮捕されるのか?

 俺も高校生だしな……わからない……。

 でも、とりあえず作家としての命はつながった。


「あ、ありがとうカエデさん……。助かったよ……」

「もう、気を付けてくださいよ先生。先生は売れっ子なんですから、誰がどこで狙ってるかわからないんですから。うかつなことはしないでください」

「でも俺身バレしてないからな……」

「だから、彼女が危ないって言ってるんです!」


「え……? 美咲が……?」

「だって、おかしいじゃないですか! 彼女は大人気アイドルなんですよ……!? もしかしたら彼女のスキャンダルを狙って、いつ週刊誌の記者が後をつけてるかわからないんですから」

「た、たしかに……」

「だから、今後も彼女のためにも、誠実なお付き合いをお願いしますね……!」

「は、はい……」


 カエデさんはそれだけ言って、今度は本当に帰っていった。

 はぁ……なんだったんだあの二人とも……。

 嵐のような出来事だった。

 俺としては、この状況を喜んでいいのやら悪いのやら……。





※三人称視点


「ふぅ……やった……!」


 夕上家をあとにしたカエデは、ひとりでガッツポーズをきめていた。

 望都に恋をするカエデとしては、美咲とのセックスだけはなんとしても阻止したかったのだった。

 大事に見てきた甥が、人知れず大人の階段を上ってしまうことに、カエデは危機感を抱いていた。

 それもそのはず、カエデはなんといまだ処女だった。

 昔から望都のことしか頭にないカエデは、仕事一筋、男と付き合ったことすらないのだった。


「危なかったわね……。あの子、いったいなんなのかしら……」


 急に現れたライバルの存在に、カエデは困惑していた。

 なにせ今まで望都には女の影などまったくなかったからだ。

 いずれ自分が望都と結ばれる、そう信じてカエデは仕事を続けてきた。

 望都は学校でも目立つとを恐れていたし、周りには全く女性はいなかったのだ。

 もちろん『よじはん』の作者として、業界の人間からアプローチを受けることは今までにもあった。

 しかし、そこはカエデが担当編集件マネージャーのような役割をいかして、全力で阻止してきたのだった。

 カエデが編集の仕事を選んだのも、望都に悪い虫がつかないようにするためである。


「そうそうに手を打たないといけないわね……。まさか学校に……。業界人はブロックしてきたけど、学校はノーマークだったわ……」


 なにせ学校での望都は、お世辞にも人気者とはいいがたいからである。

 そしてそのことはカエデもよく知っていた。

 だがしかしそこは、美咲が一枚上手だったということ。


 一人路地裏で、スマホを片手に持ちながら、今後の策略を練るカエデ。


「いっそのこと……私が寝込みを襲って望都の童貞を……いや、それはさすがにまずいか……?」


 そんなカエデのスマホが、急に何者かによって撃ち抜かれる。


 ――バキュン!


「は…………?」


 一瞬、カエデの思考が停止する。

 日本に――銃?

 カエデが顔を上げると、そこにはさっき別れたはずの人物がいた。


美咲歌音みさきかのん…………!?」

「動かないで……! 撃つわよ」

「ひぃ……!?」


 美咲はカエデにゆっくりと近づいて、こう言った。


「次私と望都くんの合体を邪魔したら――殺す……」


「は、はい…………」


 銃を突き付けられたカエデは、力なくそう答えるしかなかった。


「言ったぞ……次はない……」


「あなた……何者なの……!?」


「私はただの……恋する乙女よ……」


 そして美咲は、どこかへと消えていったのだった。

 カエデはしばらく、その場から動けなかった。


「あ、愛が……重すぎる……!」

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