第7話 鉢合わせ

※3人称視点



 夕上望都ゆうがみもと――いや、ここは「四畳半から始まる異世界神話」の作者、宮本優雅みやもとゆうがと言った方がいいだろうか。


 宮本優雅みやもとゆうがの担当編集――宇月うづきカエデは、夕上ゆうがみ家に向かっていた。


 先ほどカエデは、電話で夕上ゆうがみに、声優変更のことを伝えたのだが……。

 夕上にそれを無視されてしまったのである。

 急ぎの連絡でもあったので、カエデは夕上宅へ直接出向くことにした。

 しばらく直接会ってはいなかったので、夕上に会いたいという純粋な目的も兼ねていた。


「はぁ……望都もと、ちゃんとご飯食べてるのかなぁ……?」


 なにを隠そう、この担当編集のカエデは、ひそかに夕上に思いを寄せていたのだ。

 だが相手は高校生、しかも担当という間柄である。

 こうして何かと理由をつけて家に会いに行くのが、精一杯のアプローチだった。


「そうだ……! ついでに私が料理でもして帰ろう!」


 カエデは、そんな浮かれた気持ちで、夕上宅へと向かった。

 しかし、その家の前で、意外な人物と鉢合わせしてしまう。


 先ほどまさに夕上との電話で話題に上がった、あの人物。


 美咲歌音みさきかのん――今度夕上原作のアニメ『よじはん』でサブヒロインの役を演じることになった、その声優である。


「な……なんであなたがここに……!?」


 カエデは、その姿を確認して、絶句した。

 いったい、何が起こっているのだろうと。


 一方の美咲は、カエデのことを夕上の家族だと思ったのか。


「あ、夕上くんのお姉さんですか……?」


 カエデは思わず、その言葉にうなずいてしまった。


「そ、そうです……」


 まあ、関係としては、姉のようなもので間違いはない……というのが夕上とカエデの関係性だった。

 夕上望都もとの母、といってもこれも血のつながっていない母なのだが――その妹に当たる人物が、カエデだった。

 つまりは望都もとの叔母である。

 たまたま編集部に叔母がいたので、その縁もあって担当になったのだった。


 そんなカエデに、美咲は残酷な真実を告げる。


「あ、私……夕上望都もとくんとお付き合いをさせていただいています。美咲歌音みさきかのんといいます」


「…………は……? …………はぁ……!?」


 数秒遅れて、カエデはリアクションをとった。

 もう、わけがわからないという感じである。

 さっき話題に出た、あのトップアイドル声優が、なぜか自分の担当作家の家の前に、既に現れていて――しかも、自らを彼女だというのだ。

 カエデからすれば、理解の範疇を超えた異常事態が起きていた。


「あの……ど、どうしたんですか……?」

「い、いえ……なんでもないのよ……アハハ……」


 失恋、である。

 カエデは望都もとに密かに恋心を抱いていた。

 しかし、それもここで終わりだ。

 相手が日本のトップアイドルで、カエデのほうは叔母であり、しかも年も27で、離れている。

 これは勝目がない、ともともと望み薄であった恋ではあるが……簡単にあきらめがつく。


 そしてカエデは誤魔化すように。


「その……立ち話もなんだから、どうぞ……?」

「あ、はい。お邪魔します」


 と、美咲を夕上家の中へ案内した。

 カエデは担当編集という間柄でありながら、叔母でもあり、夕上家とは家族同然の付き合いだ。

 勝手知ったる感じで、美咲を家に招き入れる。


 その様子を、二回の執筆部屋の窓から見ていた望都もとは――。


「ど、どういうことだよ……コレ……」


 今まさに自分の編集と、彼女が家に入って来た状況に、混乱と恐怖を覚えていたのである。


「はぁ……面倒なことになった……」

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