第4話 決意


夕上ゆうがみくん、今日は……ありがとうございました! これからよろしくお願いしますね!】


 俺のメッセージアプリに、美咲みさきからそんな文章が送られて来た。

 自室のベッドの上で、俺はそれを見ながらため息をもらす。


「はぁ……」


 マジで厄介なことになった。

 俺は職業柄、注目されるのに慣れている。

 とはいえ、せめて学校では、穏やかな生活を送りたかったんだ。

 有名人である俺が、唯一一般の高校生として平和に過ごせるのが、あの学校だったのだ。

 それなのに、美咲歌音みさきかのんと付き合ったりなんかしたら、またDQNどもに目をつけられてしまう……。


夕上ゆうがみくん、名まえで読んでもいいですか? いいですよね? 私のことも、カノンって呼んでくださいね♡】


 などと、美咲はメッセージを送ってくる。

 俺の気も知らないで……。


【私、望都もとくんの作品が本当に好きなんですよ! ずっとWeb版から読んでいて……】


 などと、俺への熱い思いを語ってくる。

 しかし、不思議だ。

 美咲みさき……いや、歌音かのんは俺のどこに惚れたのだろう。

 俺の作品が好きなことはわかったが、だからといってそれで俺のことを好きというのはなにか違う気がするんだ……。


【なあ、歌音かのん。俺の作品が好きなのはわかった。だけど、俺のどこが好きなんだよ?】


 俺はそんなメッセージを美咲みさきに送っていた。

 ただ俺のファンというだけなら、なにも付き合う必要はないじゃないか。

 それなら、すべて平和に丸く収まる。

 サインでも書いて、適当に試写会にでも招待してやれば満足するだろう。

 しかし、そうはいかなかった――。


【そんなの……決まってるじゃないですか――全部です】


「おいおい……」


 どうやら恋する乙女に、理屈は通用しないようだ。

 それから美咲みさきは、俺に語り始めた。


【私、当時……活動が上手くいかなくて、すっごく悩んでいたんです。でも、そんなときに、望都もとくんの小説を読みました。それで、とっても救われたんです!】


 俺は、不覚にもそれを嬉しく思ってしまった。

 当然だ。

 誰かの心を動かせたなら、それは書き手冥利に尽きるというものだ。

 まして、あの美咲歌音みさきかのんの成功の助けになれたのなら……。


【どういうシーンが、好きなんだ? 聞かせてくれないか……?】


 気がついたら、俺は自然とそうメッセージを返していた。

 もっと、美咲のことが知りたい。

 彼女が何に感動して、何に興味を持っているのか。

 俺は知らぬうちに、彼女に惹かれ始めていた。

 おそるべき、トップアイドルの魅力……!


【私、とくにあのシーンが好きなんです。第4章の……】


「…………!?」


 俺は、その言葉に衝撃を受けた。

 第4章……ファンの間では、特に不評だった箇所だ。


 だが、それを書いた当の俺としては、もっとも力を入れた部分でもある。

 俺が一番伝えたかったことを、心血を注いで描いたシーンだ。

 それなのに、それが空回りしてしまったのか、ファンの間では読み飛ばし推奨とまで言われている。


美咲みさき……あのシーンの良さを……わかってくれるのか……!?」


 俺は、一人、寝室で泣いていた……。

 マジか……。

 今まで沢山の読者に読まれて来たけど、こんなに深く作品を理解してくれたのは彼女が初めてだ。


 美咲のメッセージを読めば読むほど、彼女が俺の作品を真に深く愛してくれていることに気づいた。


「そうか……コイツ……マジで俺の作品に救われたんだ……」


 そこまで深く美咲みさきの人生にリンクしているのなら、まあたしかにその作者である俺に惹かれても不思議では……ない、か……。


「ありがとう……美咲みさき……いや、歌音かのん


 俺は、気がついたときには彼女に電話をかけていた。

 この作品の一番のファンは、俺自身だと思っていた。

 しかし、ここにもう一人いた……!


「ひゃ、ひゃい! もしもし! 望都もとくん……!?」

「ああ、歌音かのん。俺と『よじはん』について語り合おう……!」


「う、うれしい……望都もとくんから電話をかけてきてくれるなんて……」

「当然だ……! 俺たちはもう恋人なんだから!」


 俺は、美咲歌音みさきかのんと向き合い、彼女と付き合っていくことを決めた。

 DQNやクラスメイトたちに何を言われようが、もう気にしない。

 だって、こんなにも深く理解してくれる人とは、もう出会えないかもしれない……!


 そのためなら、平凡な学校生活なんて捨ててやる。

 俺は、美咲みさきのために……いや、俺のために……DQNたちに立ち向かうことを決めた。

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