第3話 好きの理由


「ちょっと美咲みさきさん……」

「あ夕上ゆうがみくん……」


 放課後俺は、真っ先に美咲歌音みさきかのんの机に向かう。

 そして。

 美咲みさきの手を引くと、そそくさと教室を後にする。

 向かうは人気のないところだ。

 クラスメイトたちからの注目の視線が痛い。


 特に、根岸ねぎしはものすごい目で俺を見ている。

 あいつに絡まれるとまた面倒だ。

 俺は根岸ねぎしに何か言われる前に、美咲みさきを外へと連れ出したかった。

 そして誰もいない図書室へとやってきた。


 この学校の図書室は教室から少し離れたところに位置していて。

 放課後にわざわざ立ち寄ろうという生徒は少なかった。

 とくに今は部活が忙しい時期だ。


夕上ゆうがみくん……積極的なんですね……いきなり二人きりになれる場所に連れてくるなんて……。いいですよ? 私、夕上ゆうがみくんになら何をされても……。あ、グラビアの撮影とかもあるので、痣になるようなことは困りますが……」


 美咲みさきは顔をぽっと赤らめながら、そんなことを言ってきた。

 なんだこいつは……。

 どうしてそういう話になる……。

 俺がこいつをここに連れてきたのは、そんなことを話すためではなかった。

 なぜ、あの美咲歌音みさきかのんが俺を、俺の告白を、受け入れたか。

 それが最大の謎なのだ。


「なあ美咲みさきさん……どうして俺の告白をオーケーしたんだ……?」


 俺は美咲みさきに壁ドンをするような形で、問い詰める。

 図書館の電機は消えていて、夕陽だけが差し込んでいる。

 美咲みさきのチェックのスカートを、夕陽が鮮やかに照らす。


「その……夕上ゆうがみくんが、好きだからです……」

「は…………?」


 訳が分からない……。

 あの美咲歌音みさきかのんが、俺のことを好きなはずがあるわけがない。

 だって、俺夕上望都ゆうがみもとはただの地味なクラスメイトだ。

 トップアイドルからすればノミ以下の存在。


「理由を……聞かせてくれるかな……? 本当に、俺のことが――夕上望都ゆうがみもとのことが好きなのか……? それとも、別の誰か……」


 そう、俺にはいくつかのがあった。

 美咲みさきは芸能活動をするアイドルだ。

 俺の複数ある顔のどれか、それを美咲みさきが知っていても、まあ不思議ではない。


「私……ずっとファンなんです……!」

「…………!?」


 やはりな……。


……ファンなんだ……?」


 俺は唾をのむ。

 ことによっては、面倒なことになりそうだ。

 いや、面倒なことなら、もうなっているが……。


「あの……私! 『よじはん』のファンなんです!」

「はぁ……か……」


 美咲みさきが言っているのは、とあるライトノベルのことだ。

 「四畳半から始まる異世界神話」――通称「よじはん」――今大人気の、異世界物のWeb出身のライトノベルだ。

 アニメ化もされていて、世界中で売れに売れまくっているビッグタイトル。


 その作者の名は、宮本優雅みやもとゆうが――そう、俺のペンネームだ。


 を少し変えて、にした。


「で……どこでそれを知ったんだ?」


 俺は美咲みさきをさらに問い詰める。

 自分の正体がバレないよう、俺は細心の注意を払ってきたつもりだった。

 それなのに、いったいどこから情報が漏れた……?


「あの……私、ずっと先生のファンで! 前に、オーディションを受けたことがあるんです! そのときに――」

「あぁ……」


 そういえば、美咲みさきは声優だったな……。

 そして、俺の作品はアニメ化をしている。

 となると、やはりバレたのはそこか……。

 いや待てよ。

 俺はそういう仕事のときも、バレないように変装をしている。


「ちょっと待て。どうやって俺だとわかった!?」


 俺がそう言うと同時、美咲みさきはとんでもないことを言い出した。



「そのときに――家を突き止めたんです。後をつけて」



「は……?」


「それで、どこの高校に進学するのかなって、調べまくったんです! だからこの高校に」

「え…………? は…………?」

「でも……なかなか勇気が出なくてずっと話しかけられなかったんです。昨日、パンを拾ったときに、これをきっかけにできたらなぁ……って思ってたんですけど……。まさか先生のほうから告白してきてくれるなんて思ってませんでした……!」


 美咲みさきは超早口でそうまくしたてた。


「こっわ……」


 俺は自然とそう口に出していた。

 なんだコイツ……。

 今をときめくトップアイドルかと思っていたのに。

 その実態はとんでもない奴じゃないか……!!!!


「あの……美咲みさきさん……。気持ちは嬉しいんだけど、誰にも言わないでね……?」

「もちろんです! これは私たちだけの秘密です!」


 なぜか美咲はとっても嬉しそうに言う。

 いやいやこれってそういうキラキラした秘密の共有イベントとかじゃないからね!?

 俺、一方的にストーキングされてるし、身の危険を感じているんですが。


「あ、もし信用できないというのでしたら……私の秘密も教えちゃいます! これで、お互いに弱みを握りあいましょう!」

「いや……教えてくれなくていいから……」


 俺はそう断ったにもかかわらず。

 美咲はまたとんでもないことを言い出した。


「実は私、おっぱいの下にほくろがあるんですよ」

「は…………? ってか…………はぁ!?!?!?!?!」


 ちょっとえっちだと思ってしまった自分が嫌だ。

 こいつはトップアイドルである前に、俺の厄介なファンなんだぞ!?

 俺が今まで一番恐れていた相手だ。


「グラビアの写真とかでは、修整で隠しているので、このことを知っているのは世界中で先生だけです! ね? これでどうですか……? もし信じられないのなら、実際に見てみますか……?」

「い、いや……! いい……!!!!」


 くそ……調子を狂わされる。

 たしかに美咲歌音みさきかのんのおっぱい情報なんて、国家機密クラスだ。

 これで一応は俺の正体はバレずに済みそう……なのか……!?

 いやいやちょっと待て、いったい誰がそんなことを信じるんだ……!?


 ネット掲示板に「美咲歌音みさきかのんのおっぱいの下乳にはほくろがある」って書いても「妄想乙」としか思われないだろ……!?

 こんなの交換条件でもなんでもねえ!


 だが……ここで美咲みさきを突き放すわけにはいかない。

 そんなことをしたら、コイツがどんな暴挙にでるかわからん。

 美咲歌音みさきかのん……間違いなく危険人物だ。

 そういう意味も含めて、コイツの手綱は握っておかねばならない……!


「あの……美咲みさきさん、とりあえず連絡先交換しよっか……その、いちおう俺たち付き合ってるんだしさ」

「ですね! うれしいです! 私、先生のアニメの声優になるためにこの世界に入ったんです……! まあ、残念ながらオーディションで落ちましたけど……! でも、そのうち絶対に先生の作品のヒロインを射止めてみせます!」

「あぁ……うん……」


 まったく……厄介なことになってしまった。

 俺はこれから……どうすればいいんだ……!?

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