第2話 罰ゲーム《告白》


「好きです……付き合ってください」


 俺は覇気のないかすれた声で、ぼそぼそとそう言った。

 もちろん目は死んでいる。

 だって別に、相手のこと好きでもなんでもないからな……。

 これはただの罰ゲーム。

 事務的に済ませて、さっさと終わらせてしまいたい。


「えーっと……ごめん、ね? 私、彼氏いるから……」


 だろうな……。

 いわゆる陽キャ系の女子には、そうやって断られた。

 まあ中には「いやお前絶対彼氏いねーだろ!」みたいな奴にも同じことを言われたけどな……。

 面と向かって「陰キャと付き合うとかマジムリー!」って言われないだけでもましか。


 俺はそんな感じで、淡々と告白罰ゲームをこなしていった。

 まあギャルの子に「てかアンタ誰? クラスにこんなヤツいた?」って言われたのは地味に傷ついたけど。


「よう夕上ゆうがみ! これで何連敗目だ?」


 俺にこんなバカげた罰ゲームを強制している相手――根岸ねぎしがうれしそうにきいてくる。

 そんなに俺がフラれるのが面白いのか……単純な奴は簡単に楽しめていいな。


「てか夕上ゆうがみ、あーしにはまだ告ってなくね……?」


 水津美みなつみが俺にそう言ってくる。

 あ、そういえば……こいつも同じクラスの女だったな……。

 いつも根岸ねぎしグループにいて、俺を虐めてくる側のヤツだったから、勝手に対象から外していた。

 まあこいつも、見た目だけはいいからどうせ彼氏いるんだろうなぁ。


「あ……えと……じゃあ、水津美みなつみさん付き合って」


 俺はしぶしぶ、気の抜けた告白をする。

 いったいなにが面白いのか……。


「ギャッハッハ!」


 と、水津美みなつみは手を叩いて大笑いする。

 はぁ……自分で告白させといて、それを笑うとか……どれだけ性格悪いんだこいつら。


「あーしが夕上ゆうがみなんかと付き合うわけないじゃん……! ウケる! てかあーし彼氏いるしー」


 まあ、そうだろうな……。

 俺もはなから期待してねーよ……とは口に出さない。

 さっさと終わらせて、家に帰りたいんだ。


「まあ、これで夕上ゆうがみはクラスメイト全員にフラれたわけだな! ご愁傷様! お前も可愛そうだよなぁ……。こんなにモテないなんてなぁ! まあ、陰キャだもんなぁ!」


 根岸ねぎしはとってもうれしそうに俺に絡んでくる。

 まあ、根岸ねぎし美咲みさきにフラれてるんだけどな……。

 だからといって俺をストレスのはけ口にするのはやめてもらいたいところだ。


「あ、そういえば……夕上ゆうがみ、まだ美咲みさきさんには告ってなくね……?」


 根岸ねぎしのとりまきが、そんないらないことを口にする。

 っち……俺は心の中で舌打ちをした。


夕上ゆうがみ、今美咲みさきさん一人みたいだから、行って来いよ!」

「え…………」


 俺は根岸ねぎしに肘で小突かれ、美咲みさきのほうを見やる。

 たしかに美咲みさきは教室の隅で、一人静かに本を読んでいた。


 だが、ここは昼休みの教室。

 周りには大勢の観客がいる。

 そんな中で、美咲みさきに告白するなんて……。

 いくら俺でも、美咲みさきクラスの美少女にあっけなくフラれるのは、少し傷つく。


「いいから行けよ! ホラ! さっさとしろ!」

「う……わかったよ……」


 俺は仕方なく、美咲みさきの机のほうに歩を向ける。

 後ろを振り向かずとも、根岸ねぎしたちのニヤニヤした視線が感じ取れる。


「あ、あの……美咲みさきさん」


 俺は勇気を出して、美咲歌音みさきかのんに話しかけた。

 普段なら、俺のようなスクールカースト最底辺の陰キャが、話しかけることさえも憚られるような相手。

 トップアイドル――美咲歌音みさきかのん

 俺は無謀にも、今からその相手に告白をしようというのだ。


 まあ、これはあくまで罰ゲームだ。

 今まで通り、事務的に淡々とこなせばいい……ハズだった……!

 しかし、美咲歌音みさきかのんを前にすると、心臓の鼓動が否応なしに加速する。

 長いまつ毛に、艶のあるくちびる。

 それらすべてが、俺を言い知れぬ緊張へといざなう。


 正直いって、美咲歌音みさきかのんにフラれるのは他の相手にフラれるのとは違う。

 俺は美咲みさきに惚れているわけでは、決してない。

 だがしかし、健全な高校生男子にとって「美咲みさきと付き合う」というのは永遠の夢なのだ。


 可能性はないにしても、告白さえしなければ、それは永遠に夢のままでいられる。

 だがしかし、ひとたび「好きです、付き合ってください」と口にしてしまうと、その望みは永遠に絶たれてしまうのだ。

 可能性をゼロに確定してしまう。

 まさにそれは自殺といっていいだろう。


 とまあ、ここまでグダグダと自分にいい訳をしたが……。

 俺は告白をするしかないのである。

 背水の陣――下がれば陽キャに殺される。

 これからの平穏な学生生活のために、俺は美咲歌音みさきかのんに特攻しなければならないのだ……!


「好きです……! 俺と……! 付き合ってください……!」


 言えたじゃねえか……。

 これまでで一番腹から声を出した気がする。


 その瞬間、クラス中の視線が、俺と美咲みさきに注がれた。

 根岸ねぎしのグループ以外のクラスメイトも、俺たちに興味津々だ。

 まあもちろん、その答えは誰もが予想済み。

 俺はフラれる……ゲームオーバーだ。

 そのはずだった。


「はい、よろこんでお願いします。夕上望都ゆうがみもとくん……」


 美咲歌音みさきかのんは、極上のスマイルで俺の手を握っていた。

 ん……?

 これは握手会か……?

 確か、彼女はそういう活動もしていたはずだ。

 そうだ、俺はトップアイドル美咲歌音みさきかのんの握手会に来ていたファンだったのか!

 自分を美咲歌音みさきかのんのクラスメイトだと勘違いした精神異常者だった……!?


 いや、決して否である。

 俺は正真正銘、美咲歌音みさきかのんのクラスメイトで……。

 そして今、告白を受け入れられた唯一の人間である。


 は……?

 あの、美咲歌音みさきかのんと……俺が付き合う……?

 意味が……わからない……。


「あの……美咲みさきさん、本当にいいんですか……?」

「あたりまえじゃないですか! 私、今本当にうれしいんです」

「そ、そう……お、俺もだよ……」


 そこでチャイムが鳴ってしまい……。

 その後のことは有耶無耶になった。

 後ろで根岸ねぎしがすごい顔で睨んできていたのが印象的だった。


 というか、クラスメイト全員から変な目で見られた。

 男子からは羨望と嫉妬の目。

 女子からは「なんでアイツが?」という奇異の目。


 そして美咲みさきからは「私たち、恋人ですね……!」といわんかのようなラブラブ光線が発射されてきた。

 どうやら俺は、スクールカースト最底辺にして、日本のトップアイドルを射止めてしまったらしい。


「はぁ……俺の高校生活……どうなるんだ……?」


 このとき、俺の「平凡な高校生活をひたすら平穏に送る」という目標は永遠に絶たれてしまった――。

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