魔法少女ヒカリ・ストレングス

赤魂緋鯉

魔法少女ヒカリ・ストレングス

 私が彼女と出会ったのは、3年ぐらい前だったか、人類が異世界の侵略者、インベード・エネミー・オブ・シルエット略して『I.E.S.イーエス』に最も追い詰められていたときだった。


 通常兵器どころか核兵器すら効かない『I.E.S.』に唯一対抗出来る存在は、その出現を境に世界中で超能力者に覚醒した十代後半の少女たち――魔法少女だった。


 常人を超えた身体能力と強度をもつ彼女達は、原則1人1本だけ持つステッキから、例えば火炎放射や半透明な刀身を出して、『I.E.S.』の影の軍団を次々に倒していった。


 初めは一般人からは隠されていたけれど、世界中で目撃情報が相次いで隠しきれなくなり、各国軍は大々的に『I.E.S.』とそれに対抗する魔法少女を公にした。


 当然、人権団体が猛反発して魔法少女達の活動を妨害したりしたけれど、北アメリカ大陸とヨーロッパ全体、アジア全体が半分ほど陥落した所で、何かしら言う人はいなくなった。


 世界連合軍に組み込まれた魔法少女達だったけれど、『I.E.S.』は学習して進歩を繰り返し、魔法少女達が複数まとめて戦死する事が多発し始めた。


 数年後、ついに日本列島と南極大陸以外が全て陥落し、それぞれも完全に包囲されて人類が滅亡する前夜、ヒカリ、という魔法少女が覚醒した。


 今までの魔法力でドレスアップされた魔法少女とはほど遠い、タンクトップに作業ズボンのような服装をした彼女が、初戦で鉄パイプそのもののステッキを振りかざすと、

 日本列島の作戦本部を取り囲んでいた、影の軍団が半径数百キロほど消し飛んだ。


「無事、か?」

「……はい」


 そのど真ん中で殺されかけていた、医療系の技に特化した医療魔法少女の私は、今まさに奇跡を起こした直後のヒカリから手を差し伸べられた。


 急にそんな力を得たのに、全てを理解しているみたいに落ち着いていたけれど、


「君の手に触れると……。どうしてだろう、自分の考えている事が分からないんだ。でも、嫌な感じじゃない……。君にはこれが何か分かる、か?」

「さ、さあ……?」


 私を見る彼女の表情は困り顔で、自分の感情を把握できていない様子だった。


 そんなヒカリに連れられ、私は連合軍の総本部の置かれた南極大陸まで、散々苦しめられていた影の軍団の巨兵を、豆腐でも潰すみたいに倒しながら一晩でたどり着いた。


 ヒカリは生き残った魔法少女全員を足しても、まだ何千倍も上回る量の魔法力を持っていて、ただ存在しているだけで全員の魔法力を跳ね上げまでした。


 『I.E.S.』もそれに対抗して急激に進化していったけれど、ヒカリという希望を得た魔法少女達の力はそれを易々と上回り続けた。


 それからはあっという間に人類はほとんどの領土を取り戻し、北アメリカ大陸西部に最後に残った『I.E.S.』の巣を叩けば勝利というところまでやって来た。


 私達は移動式要塞の前線基地東棟屋上から、空が白んでいくと共に地平線上に浮かび上がる、軟体動物にクレイモアを突き立てたように見える『I.E.S.』の巣を見ていた。


 ヒカリのその目は、最終決戦に臨む戦士には見えないほど、妙に穏やかなものだった。


「君がいたから、私はここまで戦えたよ。ありがとう」

「私は後ろでみんなを回復させてただけだよ。それにヒカリは用事がなかったでしょ」

「違う。君が後ろにいるから、怖がる自分を奮い立たせられたんだ。だから間違ってない」


 彼女は私と一緒に戦って行く中で、出会ったときの感情の正体が愛しさだと気付いていた。


「さあ、そろそろ君は持ち場に行くんだ。勝とう――」


 それで――。あれ……? ここってどこだっけ……? わたし、って……? ひかり――。



                    *



「被害状況を報告しろ」


 謎の巨大エネルギー攻撃を受け、全戦力を投入した前線基地上層部が丸ごとえぐり取られた中、あくまで冷静に腕組みをする司令官が唖然とするオペレーターに命令する。


「……ほ、補給部隊、全滅……ッ」

「航空部隊全滅ッ!」

「砲兵、部隊、全滅……」

「歩兵隊全滅――」


 最先任の上等兵たちから次々と絶望的な報告が返ってくる中、


「そうか。ヒカリけっせんへいきは?」

「――私は問題ない」


 『I.E.S.』の巣を望む位置にある、前線基地東棟最上階にいたヒカリは、完全に無傷の状態で空中に浮かんでいた。


 敵の決戦兵器・超々特大翼巨兵を撃破するため、彼女は主砲として東棟の上で待機していた。


「ならば良し」

「……ッ」


 兵器の損傷を心配する以上の感情は見せない司令官は、奥歯を噛みしめる副司令官の女性から『I.E.S.』へのそれと同じ様な睨みを背に受ける。


「――ッ! 衛生兵部隊は? 衛生兵部隊の報告はまだかッ!」


 拳を爪が食い込む程握りしめていた副司令官は、唯一、なんの報告も未だに返さない衛生兵全兵士に絞って無線を飛ばしたが返事はない。


「……おそらく、全員……」


 そう告げるオペレーターは態度こそ平静ではあったが、声が完全に震えていた。


「観測部隊より報告! 死亡時魔法力痕跡がありません!」


 司令官以外には非常に重い空気が流れる中、観測部隊の二等兵から、魔法少女が死亡したときに残る魔法力の痕跡が発見されなかったという報告が入った。


「つまり、殺された訳ではない……!?」


 それは、跡形も無く消し飛んでも残るものであるため、『I.E.S.』が放った光球は殺傷力がないという証明であり、指令部内にやや希望の色が滲む。


「ということは、あれは『大規模転移』か……」

「よもや補助技を攻撃に使用するとは……」

「観測部隊より報告! 敵本拠内から複数の魔法少女の魔法力反応を確認!」

「クソッ! 連中は総攻撃で戦力が集中するこのときを狙っていたかッ!」

「しかし、いったい何を……?」


 とはいえ、司令席直下の円卓に座る参謀達が雁首揃えて、『I.E.S.』の行動に頭を抱えた。


「ほ、報告! 敵本拠地内から複数の魔法力減退と同時に死亡時魔法力痕跡を確認! どんどん増えています!」

「なんだとッ」

「敵本拠地からエネルギー反応! なおも増大中です!」


 しかし、それが意味する事は間もなく判明する。


「――魔法力を変換している……」


 感情が失われた様に平板な口調でつぶやいたヒカリには、魔法力が全く同じ量のエネルギーに変換されていく様子が視覚で確認できていた。


「司令! あのままでは……」

「ヒカリを歩兵として投入し、早期に決着をつけるべきです」


 副司令官の進言に参謀達は、もはやそれしかない、と結論をつけて司令官に選択を委ねた。


「いや。我々は戦闘能力をすでに喪失している。この第1要塞艦を破棄し全艦退避だ」


 だが、司令官は冷徹にそれを突っぱね、全艦退避命令を下した。


「何を言っているんだ貴様ァ!」

「貴様? 口を慎め。そしてこの手を離せイトウ」


 胸ぐらをつかむ副司令官イトウの手首を掴み、司令官は鬱陶しそうに眉を曲げつつ引き剥がした。


「お前はあの子達を見殺しにするつもりかッ!」

「必要な犠牲だ。我々と〝決戦兵器〟喪失の可能性に比べれば安いものだろう」

「人の命を、なんだと……」

「戦争とはそういうものだ。指揮官は兵士を単位として見なければ務まらない、とは君も分かっているはずだ」


 威嚇する猛獣の表情をするイトウに、司令官は出来の悪い生徒を諭すように告げた。


「――兵士とはいえ、年端もいかない彼女達を単位として扱う事に、私は反対です」


 だがその薄気味の悪い口だけの笑みを浮かべる司令官へ、命令に従って立ち上がっていた元魔法少女である参謀官は、着席して真っ向から反対した。


 あと8人いる参謀官達はそれに続いて席に座り直し、同じ意見である事を態度に示した。


 その態度を見て、司令官が考えを改める、という事は無く、代わりに深々と1つ大きなため息を吐いた。


「やれやれ使えない部下どもだ。下手をすれば私の功績に傷が付くじゃないか」

「功績? そんな事を気にしている場合かッ!」

「私は戦後、英雄として世界政府を主導しなければならないのだぞ? 確実に勝利するためにはここで撤退が筋だろうが」


 死にたければ勝手に死ねばいい、とバカにした様にケタケタ笑いながら吐き捨て、指示にしたがっているであろう兵士の待つ、避難用の高速艇へと向かうために背を向けた。


「せめて君たちの葬儀の弔辞を――」

「その役割は私がやらせてもらおう」


 先程まで興奮状態にあったイトウの目は静かに据わっていて、そう言うと同時に、隠し持っていた護身用の拳銃で司令官の頭をぶち抜いた。


「……」


 司令官の死体が倒れて数秒、参謀官達は、イトウの次の行動がどうなるか固唾を飲んで見守る。


「ああ、何と言うことだ。よもや我らが優秀な司令官が、『I.E.S.』に洗脳されていたとは!」


 イトウは頭を抱えて白々しい演技を見せると、


「代理指揮官は私になるが、異論はないか?」


 発砲した拳銃の残弾を捨てながら参謀官に意見を求める。


「では無いと判断させてもらう」


 誰1人として反対する意見は無く、イトウは1つ頷くと最先任として攻略軍の掌握を宣言した。


「やれるか?」

「やれるか、じゃない」

「そうか。よし、司令官代理が命じる。――ヒカリ、行け」

「――ああ。カナエ、待っていろ」


 ヒカリは命令を受けた瞬間に、大半がすでに死亡してしまった魔法少女たちが捕らわれている、『I.E.S.』の巣へと突貫を仕掛けた。


「ようこそ私が主の城へ。貴様が魔法――」

「邪魔だ」

「ヤツは四――」

「前のふ――」

「他の――」


 ヒカリは行く手を阻もうとした新発見の人型『I.E.S.』4体を、突撃のみで断末魔すら発させずに一気に撃破してしまった。


「思いのほか早かったな。しかし――」

「これか」


 最深部に侵入して来たヒカリへ、『I.E.S.』首領は尊大な物言いをしたが、彼女は見向きもせずにその後ろにある巨大な繭を見やる。


「殺すまでの時間を延ばしてやろうという情けすら――」

「うるさい」


 虚空から影の軍団を生み出し、全ての元凶である『I.E.S.』首領の、ヒカリが指人形に見える女王アリのような巨体を、彼女はエネルギー弾1発で細胞単位まで粉砕した。


 その破滅的な破壊力は、ヒカリが無意識に分け与えていた魔法力が、その相手が死亡して全て戻ってきたからだった。


かなえ……」


 要塞上面の削り取った部分を包み込んだ繭に、魔法力を流し込んでその中身を把握し、内部で鈴なりになっている〝卵〟の外殻を繭ごと消し飛ばした。


「どこだ! 叶ええええッ!」


 構造物の切り出しからあふれ出す、絵の具を全て混ぜたような、卵の内部を満たしていた灰色の粘液にまみれる事もいとわず、ヒカリ――光はその内部を駆けずり回る。


「クソ……。私は……、なんて……ッ」


 魔法力探知を使っても発見できず、突貫の衝撃で抜け落ちた巣の屋根から差し込む、温かな丸い光線が、最後に2人が話した場所でうずくまる光を照らしたときだった。


「ひ、かり」


 その傍らにあった粘液の水たまりが紫外線で急速に分解されていき、変身前に着ているサイクルウェア型インナー姿の叶が現われ、光の名をうわごとで呼んだ。


「……。ああ……」


 両の瞳からあふれる涙のせいで、光は何も言うことが出来ず、ただただ愛しい人を抱きしめてすすり泣いていた。


 ――そうだ。私は、……叶。ここは、光の腕の中。――私の愛しい人の腕の中。


「光……、勝ったんだね……」

「うん……」


 目が覚めた叶は穏やかに微笑んで、まだ泣きじゃくる光を抱きしめ返した。


 すると、光の身体から黄金色の魔法力の粒子が蒸発していき、いつの間にか同じ黒色のインナー姿になっていた。


 生き残った世界中の魔法少女に同じ現象が起き、その粒子が天気雨に混ざって降り注ぎ、その黄金の雨で『I.E.S.』が影の粒子で汚染した水と大地が蘇った。



                    *



 対『I.E.S.』戦後、魔法力の消滅で動かせなくなった各地の移動要塞は、復興拠点として使用され、かつての様にとまでは行かないものの、人類の営みが戻り始めていた。


「おーい。いつまで寝てるつもりだ光。叶が困ってるだろうが」

「うにゃ……」

「なーにが、うにゃ、だっ。起きろーッ!」

「あと8時間……」

「お前起きてるだろっ」

「イトウ先生あの、私は困ってませんので……」

「叶がそうやって甘やかすから、コイツがこんな猫みたいにグータラになるんだぞ」

「ねむいー……」

「だったら家に帰ってからにだな……」


 青春時代を戦いで埋め尽くされていた光と叶は、その復興都市の1つで学生として、本来の十代らしい生活を取り戻しつつあった。

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