第3話 魔王ってなに?

 マルシルの里から帰ってきた翌朝、私としては少し寝坊気味に起きた。

 ログハウスの窓から見える景色は、霧がかってよく見えない状態だった。

「一般的には早朝だもんね。霧が出ても不思議じゃないか」

 私は笑みを浮かべ、ベッドサイドに立てかけてあったショートソードを手に取って腰に帯びると、ログハウスから霧の庭にでた。

 適当な場所まで歩くと、私は鞘から剣を抜いて素振りをはじめた。

 これは日課で、最低でも三百回は振らないと気が済まなかった。

 剣をひたすら無心で振っていると、いきなり声をかけられて、私は剣を止めてそちらをみた。

「おはようございます。精が出ますね」

 声の主であるエミリアが笑った。

「おはよう。これは日課で、やらないと落ち着かなくて」

 私は笑った。

「そうですか。これから朝食の準備をするので、起こしにきたのですが、これなら大丈夫ですね。終わったらダイニングにきて下さい」

 エミリアは笑みを浮かべた。

「分かった、ありがとう」

 私は笑みを浮かべた。

「それにしても、頑張り屋さんですね。娘も見習って欲しいです」

 エミリアが笑った。

「ランスロットだって、頑張っていると思うけどね。異世界召喚を成功させたんだから」

「これは成功とはいいません。失敗どころか大失態です。おまけにラシルさんを使い魔にしてしまうなんて、愚か以外のなにものでもありません。もっとも、私の呪術で使い魔契約は解除可能ですが、召還時の条件が狂ってしまうとアンバランスになり、またどこかに飛ばされてしまう可能性があるのです。ラシルさんがこの世界にいるという住民登録したという事で因果が生まれましたが、最悪の場合は亜空間に取り残されてしまうかもしれません。そんなリスクは犯せませんよ」

 エミリアが苦笑した。

「まあ、無理しない方がいいよ。この生活、嫌いじゃないし」

 私は笑った。

「それならいいのですが。では、朝食を作ってきます。

 エミリアが笑みを浮かべた。


 少し遅れて起きてきたランスロットも席につき、私たちは朝食を摂った。

 食後のお茶を飲みながら、私はリビングのテーブルで『よいこのドリル こくご』を解いていた。

「なんかもう、似たような文字が多くて困るよ。こればかりは、反復練習だね」

 私は苦笑した。

「そうだね。私も最初は苦労したんだよ。もちろん、今は平気だけど」

 ランスロットが笑った。

「そりゃそうだ…。はぁ、お茶を飲もう」

 私はすっかり冷めてしまったお茶を飲み干した。

「あっ、温かいお茶をもってくる」

 ランスロットがカップを持ってキッチンに移動し、私は笑みを浮かべてから真面目に勉強をはじめた。

 どれほど経った頃だろうか。

 玄関の扉がノックされ、エミリアが扉を開けると、簡単な武装と防具を身に纏った男性が二人玄関に入った。

「自警団の方ですね。どうされましたか?」

 エミリアが笑顔で問いかけた。

「急報です。十年前に討伐された魔王が、また復活したそうです。王都は警戒態勢をとったそうですが、王国全域に注意報が出ていますので、気をつけて下さい。では、失礼」

 自警団の二人は小さく頷き、家から出ていった。

「またですか。いい加減、しつこいですね」

 エミリアが笑った。

「なに、こっちでも魔王なんているんだ。私の世界でも一回出たんだけど、人間では手こずっていたから、日頃のお互いに苦手な空気を押して、エルフにも討伐参加依頼がきて私も参戦したんだ。少数精鋭の突撃隊のメンバーだったんだけど、敵が長口上を垂れ流している最中に、私が魔法で分子単位まで分解して粉砕。それと同時に、もう一人が焼き払って三秒で決着が付いたよ」

 私は笑った。

「そうですか。こちらの魔王は十年から二十年の周期で、なぜか復活してしまうのです。まだなにも悪さをしないうちに、王軍や冒険者など総動員で徹底的に叩きのめすのですが、懲りずに何度も出てくるんです。たまたま魔王の住処がこの国にあるので、迷惑この上ないです」

 エミリアが笑った。

「そっか。なんなら、討伐するなら私も参戦するよ。あんなの、魔法がなくても余裕でしょ」

 私は笑った。

「そうでもないかもしれませんよ。毎回、百人単位で死傷者が出るので。油断は禁物です」

 エミリアが苦笑した。

「へぇ、それはお手合わせ願いたいね。強者が相手だと燃える」

 私は笑った。

「では、ちょっと警備隊の本部に行ってきます。討伐隊の志願者いると」

 エミリアが笑い、玄関から出ていった。

「あの、私も行きたいんだけど、ダメかな…」

 ランスロットが笑みを浮かべた。

「まだ十二才で召喚術も修行中でしょ。私が許しても、お母さんが許さないと思うよ」

 私は笑った。


 ランスロットに私の世界にいた魔王だか阿呆だかの話しを聞かせていると、エミリアがなにやら紙を持って戻ってきた。

「警備隊に話したところ、ラシルさんの参加は喜んで受け入れますとの事でした。すでに軍の斥候隊が出て偵察しているのですが、最新の情報では魔王はまだ復活したばかりで、さほどの力ではないようです。叩くには今しかないと、一番近くにあるこの町の自警団に出動要請が出ました。私はマルシルの里に助力を要請してきますので、本部に向かって下さい。これが動員承諾の書類です。私がサインしておきました」

 エミリアは手に持っていた紙を私に手渡し、ランスロットに留守番をいいつけた。

「えっ、私も…」

「まだ、なにも出来ないでしょ。私はマルシルの里に行って帰ってくるだけです。ついてくるなら、早く用意しなさい」

 なにかいいかけたランスロットの声を遮って、エミリアがピシャッと告げた。

「わ、分かった」

 ランスロットが慌てた様子で自分の部屋に駆け込み、エミリアが笑みを浮かべた。

「警備隊の本部まで案内します。すぐ近くですよ」

「分かった、ありがとう」

 エミリアの言葉に、私は笑みを浮かべた。


 家から近く。町の中にあるちょっとした広場に、武装した人たちが大勢集まっていた。「ここです。隊長はあそこです」

 エミリアが人を押しのけて私を連れていったの先には、軽装鎧にロングソードを腰に帯び、なんとなく銃というのは分かるが、まるで箱のような代物を肩に提げている男性がいた。

「隊長、こちらがラシルさんです」

 エミリアが隊長に紹介してくれた。

「これはこれは、ラシル殿。私は警備隊長のホーエンです。この度は、志願して頂いてありがとうございます。よろしく」

 隊長はニッと笑みを浮かべた。

「こちらこそよろしく。それで、現状はどうなっているの?」

「はい、魔王は城に住んでいます。しかし、過去から続く度重なる戦闘で、ボロボロの廃墟のようになっていますので、防備はないに等しいです。過去の記録では、出現してから二日程度は動くのもやっとという感じのようです。今はまだ初日。叩くなら、今しかありません。王軍は討伐に向かう大部隊を編成中で、出発は早くとも明後日になる見込みとのことでした。今、王軍の斥候隊二十名が現地で監視しています」

 隊長が状況を知らせてくれた。

「分かった。それで、今後は?」

 私は小さく息を吐いた。

「はい、こちらは準備完了です。ここからは、軍用トラックで二時間程度。すでに展開している斥候隊と連携を取りながら、確認の意味も含めて城内に突入します。そして、可能であれば魔王の排除。難しい場合は撤退して、国軍の到着を待ちます」

 隊長は小さく頷いた。

「分かった。ところで、トラックってなに。聞いているとは思うけど、異世界人なので」

 私は苦笑した。

「はい、伺っています。大きな荷車と考えて下さい。自警団の人数は三十名、現地の討伐隊本部には、先に冒険者たちが集まっているはずです」

 隊長は笑みを浮かべた。

「それなら、王軍を待たずに倒せると思うよ。少なくとも、私の世界にいた魔王はあっけなかったよ」

 私は笑った。

「そちらにもいたのですね。あっけなくですか…」

 団長が苦笑した。

「まあ、こっちは分からないし、私もまだ魔法が使えないし、自信はあまりないといっておく。無茶はしないから安心して」

 私は笑った。


 警備隊の出動準備が整い、初めてみるトラックという車は、なるほど大きな荷車のようなものだった。

 荷台には幌がかけられ、さながら幌馬車のような感じだったが、私は他の隊員に倣って荷台によじ登るようにして乗り込んだ。

 暑いし汗臭いしで決して快適とはいえない荷台の中だったが、せめて今日が薄曇りの天気でよかったと思った。

「はぁ、魔法が使えるならな。単身で乗り込んでもいいくらいんんだよね。力がない魔王なんて、そこらのチンピラと大差ないのに」

 私は苦笑した。

「俺はもう何回か戦っているが、魔王を侮らない方がいいぞ。力がないとはいえゼロではない。弾き飛ばす位は出来るからな。実際、それで壁に叩き付けられて何人も重傷を負ったり、場合によっては命を落とす事もあるんだ。チンピラどころじゃないぞ」

 隊員の一人が笑った。

「そっか、面倒なヤツだって分かった。さて、どう攻めるかな」

 私は腰のショートソードの握りを叩いた。

 これは鋼ではなく、ミスリルという希少金属で作られた剣である。

 魔力を吸収したり、魔法の力を込める事も可能だが、魔法の方は当てにならないにしても、魔力を吸収する力は使えるかもしれない。

 どんな魔法であっても、魔力がなければ意味がないわけで、敵が放った魔法を叩き切る事が可能だ。

「まあ、やってみれば分かるか」

 私は笑みを浮かべた。


 暑苦しいトラックの荷台に揺られること二時間。

 この世界の時計を持っていないので、近くにいた隊員に聞いたのだが、それはともかくとして、ようやく狭苦しくて暑いトラックの荷台から解放され、私は地面に降りて大きく伸びをした。

「ふぅ…」

 私は念のために剣を確認し、ベルトの背中側につけてあるナイフを鞘から抜いてから、問題ない事を確認したのち、まだ試射すらしていない拳銃は当てにならないので、最初から持っていないと意識した。

「お疲れさまでした。討伐本部はこちらです」

 森の中に遠目に見えるボロボロの城を見ながら、隊長が森の少し開けた場所に設けられた布を張っただけの本部に連れていってくれた。

「おっ、きてくれたな。その方は、噂に聞く異世界からの来訪者かな?」

 恐らく軍人であろう迷彩の軍服を着た男性が、にこやかに問いかけてきた。

「はい、ラシルといいます。よろしくお願いします」

 私は笑みを浮かべた。

「こちらこそよろしく。私は展開中の斥候中隊の指揮官。フリーヒド中佐だ。よろしく」

 ヒゲが素敵なおじさまが、ニコッと笑みを浮かべて握手を求めてきたので、私はそれに応じた。

「それで、状況は?」

 私は小さく笑みを浮かべた。

「うむ、まだ動きはない。ただ、斥候隊の隊員や冒険者の魔法使いがこぞっていうのは、城から感じる魔力が急速に増しているとの事だ」

 指揮官は森の中に集まっている、すぐに冒険者と分かる人たちが集まっている方をみた。

「そうですね。私も城から強い魔力を感じています。ちょっとやってみましょう」

 私は笑みを浮かべ、布の外に少しだけ体を出してショートソードを抜き、空に掲げた。

「…集まれ」

 目を閉じて念じると、それに呼応してショートソードの刀身が青白く光った。

 その色がどんどん赤くなり、真っ赤になったところで私は息を吐いた。

「ラシル殿、それは一体…」

「はい、この辺りの魔力の強さを計ったのです。完全に真っ赤になったのは久々にみました。これは最上級ですね。一つ提案なのですが、この溜めた魔力で不意打ちをかけてみるのは。これだけ魔力が高いと、魔法でなくても魔力で物理干渉を起こせます。つまり、魔法に近い形で攻撃可能なんです。念のため、集まった冒険者たちで隊を作って待機ということで…」

 私は小さく頷いた。

「そうか…。よし、やってみよう。推測で構わないので、どれほどの威力があるか分かるかな?」

 フリード中佐の問いに、私は頷いた。

「そうですね。これだけ魔力を溜め込んだ上に、私の魔力も込めればあの城がぶっ飛ぶかもしれません。それだけの破壊力があります」

 私は笑みを浮かべた。

「それは凄い。あわよくば、魔王も倒せるかもしれないな。よし、やってみよう。冒険者たちは、今のところ三十名だ。最低限だが、何隊か作れるだろう。斥候隊も巻き添えを食わないように、待避命令を出さねば。すぐに掛かろう」

 フリード中佐が笑みを浮かべた。


 冒険者たちの部隊編成も終わり、斥候隊も安全範囲に待避した。

「よし、準備が出来たぞ。私は本部で命令をする任務に徹しよう。先程渡した無線機の使い方は大丈夫か?」

 フリード中佐に問われ、私は頷いた。

 そう、ないと不便どころか命に関わるものだという事で、私は初めて無線機を手にした。

 無論借り物だが、離れたフリード中佐の声が聞こえ、これは便利そうだった。

『ラシル殿、いつでも構わん。初めてくれ。冒険者の諸君は、状況に応じて対応してくれ。なにかあったら連絡する』

「了解、はじめます」

 私は無線に応答し、冒険者たちの隊列の前で刀身が赤くなったショートソードを構え、上段の構えから思い切り地面に叩き付ける勢いで、一気に振り抜いた。

 瞬間、刀身が光り輝き、地面を削って線を引きながら真っ白な刃が離れた場所にある城に向かっていき、まともにブチ当たった。

 ドバンと派手な爆発音が響いて城が粉々にぶっ飛び、気が利く冒険者が何人も結界の魔法を使い、飛んできた瓦礫を弾き飛ばした。

「…凄い」

 冒険者の誰かが呟いた。

『凄い音がしたぞ。ラシル殿、どうだ?』

「ラシルです。城は粉々に吹き飛びました。このまま突撃しますか?」

『よし、それでは総員突撃。手早く済ませよう』

 フリード中佐の声に頷き、私は冒険者の一団を率いるような形で、城の跡地に向かって走った。

 すると、瓦礫の中から黒い人影が二体ユラリと立ち上がった。

「下級魔族が出たぞ。魔法で総攻撃!!」

 冒険者の誰かが叫び、魔法使いたちが一斉に青白い光を人影に向かって放った。

 下級魔族…私の世界では、レッサーデーモンと呼ばれる敵は、物理攻撃は効かず、魔法でもなかなか致命傷を与えられないという非常に面倒なヤツなのだが、この世界では決定打を与える魔法があるらしい。

 もしくは、単純に数で圧倒したのかも知れないが、ともあれ魔族が出現したという事は、もうそこそこ力があったようだ。

「まだ倒せていないと思うよ。みんな気をつけて!!」

 無線で全員に注意を促し、私は剣を片手に持って再び魔力を吸収させながら、元がなんだか分からなくなった、瓦礫の山に突っ込んだ。

 そこで勢いを止め、砕けた石の塊を出来るだけ退かしながら、慎重に索敵を開始した。

 城をぶっ飛ばした時に、あるいは吹っ飛んでしまったかもしれないが、強力な魔力発生源がある。

 ある程度のところで私は足を止め、剣をそっと構えてその時を待った。

 しばらくすると、瓦礫をはね除けて肌が青白い長身の男が現れた。

「お前らなぁ、人が準備している時に…」

 みなまで聞かず、私はまた赤くなったショートソードを水平に構えた。

「刺突、紙桜!!」

 私は迷うことなく剣を男の首に突き刺し、同時に剣に蓄えた魔力を開放した。

 頭どころか体全体が粉々になって飛び散り、男は姿を消した。

「…倒したのか?」

 冒険者の誰かが呟いた。

「みんな、これからが本番だよ。私が知っている魔王のネチネチクドクドセコい回復力の高さは半端ないから」

 私は剣を構え、周囲を見回した。

 すると、近くにあった瓦礫上に、こぶし大の青白い光りが見えた。

「みんな、ここに魔王の魂がある。また復活しちゃうから、これを砕かないといけないんだけど、見える人いる?」

 私が剣の切っ先をそれに向けて声を上げると、一目でエルフと分かる冒険者が、次々に手を上げた。

「私は異世界からきたから、まだこの世界のエルフ魔法が使えないんだ。『魂不活性化』と『封印』の魔法だけ使ってもらえれば、私が処理するよ。よろしく」

「分かりました。どちらも高度な魔法ですね」

 一人が声を上げ、呪文を唱える声が聞こえた。

 しばらくすると、魔王の魂が真白く変化して、冒険者たちにどよめきが走った。

「これで、人間の目でも見えるようになったでしょ。これが、魔王の核心部。これを残してるから、何度も復活しちゃうんだよ。今回はまだ『不死』の力が目覚める前だったみたいだね。今回はこれで終わりだし…」

 私は凍結された魂に剣を思い切り力を入れて突き立て、それを粉々にした。

「これでよし。みんなお疲れさま。これで、周期的に復活していた魔王はもう出ないよ」

 私は笑みを浮かべた。


 ここは私の世界でも同じようだが、魔王は時間によって様々な力が目覚めてくる。

 今回はレッサーデーモン二体しか呼べなかったようなので、かなり初期だった事なのは確実で、最終段階の『不死』まで目覚めてしまうと、もうこの程度ではとても勝ち目がない。

「よくやった。万一ダメでも、第二陣、第三陣…と集まった者から順に部隊編成していたのだが、仕事がなくなってしまったな」

 本部に戻ってくると、フリード中佐が笑った。

「まだ仕事はありますよ。城跡を片付けて完全に埋めてしまいましょう。あっても邪魔でしょう」

 私は笑った。

「それもそうだな。第二陣から総員、片付け作業をやってくれ。これには人手がいるぞ」

 フリード中佐が声を張り上げると、控えていた大軍が城跡に向かっていった。

「我々は控えとして待っていましたが、凄まじい活躍でしたね」

 結局、出番がなかった町の警備隊隊長が笑った。

「たまたま条件が良かっただけだよ。下手をすると、死傷者が出るほどの激戦になる事もあるかと思っていたし、半ばそれを覚悟していたんだけど、大した事がないうちで良かったよ」

 私は笑った。

「そうですか。このあとは、フリード中佐に挨拶して帰還と考えていますが、よろしいですか?」

 隊長は笑みを浮かべた。

「うん、もう用事は終わったし、帰って休みたいよ」

 私は笑った。

「では、私が代表して挨拶してきます。すでに隊員はトラックに乗っていますので、乗車して待っていて下さい」

 隊長が笑みを浮かべた。

「分かった。よろしく」

 私は笑みを浮かべた。

 私はそのまま駐まっていたトラックの荷台に乗り込み、隊員のみなさんから拍手を頂いてしまった。

「大したものだな。もし、町になにかあったら助力を頼む」

 隊員の一人が笑った。

「もちろんそうするよ。私の住処がある大事な場所だし」

 私は笑みを浮かべた。


 祝勝会を開きたいとフリード中佐のお誘いがあったようだが、そこは隊長がやんわり断ってくれたようで、私たちを乗せたトラックは魔王城だった場所から、綺麗に黒く舗装された道路を走っていった。

 相変わらず、乗り心地はお世辞にも快適とはいえなかったが、これもまたよしである。

「それにしても、俺たちの出番がなかったな。ひと暴れするつもりだったんだが」

 自警団の誰かが呟くようにいい放ち、私たちは笑った。

「これは毎回出来ることじゃないよ。私が一人で剣に魔力を込めても、たかが知れているし、魔王から自然に漏れる強烈な魔力があったからだよ。まあ、考え方を変えれば、魔王はそれぞれ自分の力で倒されたともいえるかな」

 私は笑った。

 強いに越した事はないが、強すぎても困る。それが、魔力というものだった。

「そうか。しかし、さすが異世界からきたというだけの事はあるな。こちらでは、常識外れの事をやってのける。これは、大きな戦力だぞ」

 別の一人が笑いノンビリした空気が流れたが、いきなりトラックが急停車し、弾かれたかのように一気にみんなが荷台から飛び下りて、さっそく銃声が聞こえてきた。

 下手に降りると邪魔になるかもしれないと思いつつ、じっとしているのも限界があり、しばらく待ってから、トラックから飛び下りた。

「盗賊かな。よりによって…」

 私は思わず苦笑した。

 警備隊のトラックを襲った哀れな盗賊は数十人はいたようだが、そのほとんどが地面に倒れ、僅かな生き残りが撤退を開始していた。

「深追いは禁物ですね。元々が対魔王戦用の装備なので、広野を駆けるには重すぎる武器ばかりなので」

 近寄ってきた隊長が苦笑した。

「そういう時は、やっぱり剣がものをいうよ。まあ、銃でもいいけど…。深追いしないって決断なら、私は従うよ」

 私は笑みを浮かべた。

「王令では、盗賊は可能な限り追い立て、可能であれば殲滅せよというものがありますが、この人数ではやぶ蛇でなにが起きるか分かりません。追い返せばいいということにしましょう」

 隊長は笑みを浮かべ、無線で指示を飛ばした。

 そのまましばらく様子を見ていると、イタチの最後っ屁で攻撃魔法の火球を連射してきた。

「伏せて!!」

 私は反射的に声を上げ、ショートソードを抜いた。

 それで飛んできた火球を片っ端から斬り飛ばし、私は本能に従って盗賊たちの方に向かってダッシュした。

 伏せていた隊員たちも飛び起きて私のあとに続き、魔王戦と同様の斬り込み隊の最前列で草原を駆け抜け、撤退準備でモタモタしていた約二十名ほどの集団に突っ込み、片っ端から斬り飛ばした。

 敵に反撃の暇もなく殲滅させたあと、私は辺りを見回した。

 武器での攻撃ならまだ許すが、攻撃魔法まで使われたら黙ってはいられない。

 これは、あとになってこの輩たちの中に魔法を使えるものがいると厄介なので、真っ先に叩き潰すという意味もあった。

「さて、先に逃げた連中がちらほらみえるけど、これ以上追っていいものかな。誰か、隊長に聞いてみて」

 私の声に一人が頷き、無線機を手に取った。

「…撤退の命令が出た。引き上げよう」

 その隊員が、私に声をかけてきた。

「分かった。町へ帰ろう」

 私は剣を鞘に収め、小さく笑みを浮かべた。


 その後は特になにもなく、私たちは無事に町に帰還した。

「今回はありがとうございました。直に国から報奨金が出るはずです。では、お疲れさまでした」

 町の広場に乗り付けたトラックから降りると、隊長が笑顔で声をかけてきて、握手を求めてきた。

「この程度の戦力でよければ、困った時は呼んでね」

 私は笑みを浮かべた。

「さて、私はエルフの里までいって、動員の声をかけにいったエミリアさんに謝りに行ってきます」

 隊長が苦笑した。

「あっ、私も家で少し休みたいし一緒にいこう」

 こうして、私と隊長は家に向かって歩きはじめた。

 一応ノックしてから玄関扉を押し開けると、笑顔のエミリアが出迎えてくれた。

「お疲れさまです。マルシルから聞いています。エルフを代表して、少数ですが斥候隊を派遣していたそうで、出撃の支度をしている最中に決着が付いてしまったと苦笑していましたよ。森の外で戦う機会があまりないので、人選に時間がかかったそうで」

 エミリアが笑った。

「そうですか。無駄足をさせてしまって申し訳ないと思っていたので、こうして謝罪に伺いました」

 隊長が笑った。

「わざわざありがとうございます。本当ですか、ラシルさんがあのボロくても城は城という頑丈な建物を、剣の一振りでぶっ飛ばしたというのは」

「はい、後方でみていましたが、剣の一閃で粉々に吹き飛ばしてしまいましたよ。戦力としては、この町を守るに当たって大変重要な存在になるでしょう。今までの魔王討伐戦のセオリーを塗り替えてしまうような方なので」

 隊長が笑った。

「では、私はこれで引き上げます。ありがとうございました」

 隊長が玄関から出ていき、私は小さく息を吐いた。

「あの、なにか食べ物あるかな。お昼食べてないんだ」

 空はもう夕方の赤い色。

 これだけ暴れて食事なしというのは、なかなかしんどい。

 現地にいってやる事だけ片付けて撤収したので、これもまたどうにもならないと思ってた。

「分かりました。簡単になにか作ります。その間にシャワーを浴びてきて下さい。こういっては失礼ですが、かなりニオイます」

 エミリアが笑った。

「あっ、そうか。暴れたもんね。汚れを落としてくる」

「あと、その服は捨てた方がいいです。返り血の色とニオイはもう落ちないですからね。替えの服を用意してあります、目検討ですがそうサイズは狂っていないと思います」

 エミリアが笑みを浮かべた。


 シャワーを浴びて汚れを落とし、エミリアが用意してくれたぴったりサイズだった服をきて、私はダイニングのテーブルに置いてあった、お皿に盛られたピラフをみた。

「あっ、食事の準備が出来ました。どうぞ

 エミリアの声に礼をいってから、私は椅子に座りスプーンでピラフを食べはじめた。

「うん、美味しい」

 私は笑った。

「お口にあってなによりです。ちなみに、ランスロットは地下のお仕置き部屋に入れてあるので気にしないで下さい。召喚術の練習中に、一番危ないところで気を抜いてしまったようで、丸っこくて白いプヨプヨした正体不明の物体を…いえ、スライムの変種だと見抜いてはいますが、こんなものを呼び出したら危険です。それなので、今日はお仕置きですよ」

 エミリアが笑みを浮かべた。

「へ、へぇ、そんな部屋があるんだね。気をつけよう」

 私は苦笑した。

「さすがに、ラシルさんは辛いですね。引け目を感じていますので。もしラシルさんがなにか危険な事をしたら、ランスロットの責任です。道義的な面でもそうですが、使い魔のっ『飼い主』ですからね。二重の意味でそうでしょう」

 エミリアが笑み浮かべた。

「なるほど、これは下手できないね。さてと、ご馳走さまでした」

 ピラフを平らげて、私は一息吐いた。

「お粗末さまでした。これからどうしますか?」

 エミリアが笑みを浮かべた。

「うん、暴れたからお休み。ログハウスに引っ込むよ」

 私は笑みを浮かべた。

「分かりました。ゆっくりして下さい。夕食の時間になりましたら、呼びにいきますので」

 エミリアの言葉に頷き、私は席を立った。

「よし、ゆっくりしよう。疲れたな」

 私は呟き、笑みを浮かべたのだった。

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