第24話 Side仮面の冒険者

 レンとテトが店の中で言い合っている頃。


 地味な色のローブを全身に羽織り、怪しげな仮面を被った一人の冒険者は、客がいなくなったタイミングを見計らって薬屋に入っていた。


 冒険に役立つ回復魔法を駆使できるこの冒険者は、普段から薬に頼ることもないのだが……今回は例外だった。

 例外だからこそ来店したのである。


「いらっしゃい。ゆっくりしてってね」

 ——コク。

 店主は高齢の女性。頭を小さく下げて挨拶を返すと、薬の吟味を始めていく。

 傷薬系に解毒系に解熱系に。さまざまな種類の薬が揃っているが、この冒険者はそんな薬に一切目を向けることなく、とあるコーナーを中腰で見つめるのだ。

 その視界に入っている商品こそ、ピンク色の瓶に入った液体や粉末状の薬である。


「……うーん」

 白魚のような手を顎先に当て、透き通るような声で悩む冒険者。

 彼女にとって一番乏しい知識こそがこの薬で……その声を聞いた店主はすぐに声をかける。


「なにかあればいつでも頼りんさいね」

「あっ、え、ええ。ありがとう。もう少し見て回った後に頼らせていただくわ」

 口調が丁寧な彼女がこの薬屋を選んだのは、同性の店主だったから。年齢を重ねていることで詳しい知識があると考えたから。なにより、質問したことに対して優しく教えてくれそうだと感じたから。


 すぐに気を配ってくれたことで自分の感覚は正しかったと判断する冒険者は、安堵した気持ちで『性機能増強』の薬を真剣に見つめる。

 そんな時間は20分ほど経っただろう。


「店主さん。わからないことがあるのだけど、ご質問しても構わないかしら」

「ええ。なんでも聞いておくれ」

「ありがとう。本当に助かるわ。では……こちらの薬とこちらの薬の効果の違いを教えていただけるかしら。どちらも同じベースの混合薬らしいけど、どうして値段が2倍なっているのかしら」

 指先で二つの瓶を取った冒険者は、わかりやすく店主に見せる。

 彼女にとって、直接こんな質問するのはとても恥ずかしいこと。

 だが、それでも堂々とできているのは身バレ防止という名の仮面を被っているから。

 素顔をしっかり隠しているおかげで、普段通りのスラスラした口調で話ができているのだ。


「ああ、それかい。それは即効性の違いで価値が変わっているのさ。精力剤は効き目が早ければ早いほど便利な代物だからねえ」

「なるほど……。そのような理由なのね。勉強になるわ」

 納得する以外にないシンプルな理由だった。


「では、こちらとこちらではどう違うのかしら」

「右手の薬なら、男のアレは一時間おっ立ったままさ。こっちの薬なら効き目は遅い分、二時間はいけるはずさね」

「えっ、二時間も頑張れるの!?」

 彼女が頭の中で想像するのは、120分も元気を維持する立派なアレである。


「驚くのはまだ早いさね。値段はする分、この薬なら五時間は余裕さ」

「ご、五時間も!? そ、それは男性にとって大丈夫なの……?」

「それはもちろんさね。害のある薬は売れないからねえ」

 考えたら当たり前のことだが、驚くことで冷静さは失うものである。


「だけどこれはオススメできない商品さ。効果が強い分、代償が本当に大きくてねえ」

「代償って副作用みたいなものかしら……?」

「いやいやぁ、何時間も攻められる結果、翌日は立てなくなっちまうのさ。数日は仕事にも影響が出るように代物でねえ」

「こ、腰砕けというのよね? それって」

「ヒヒヒ、その通りさ」

「……そ、それほど強いお薬なのね……」

 仮面越しからまじまじと五時間の精力剤を見つめる冒険者は、少し瓶を斜めに傾けて興味深そうに確認している。


「まあ休日に一番売れるのはソレで間違いないねえ。効果が強い分、お互いにとって一番満足できる薬なんさ」

「ちなみになのだけど……この5時間のお薬を男性に飲ませる場合、女性はどのお薬を使うとよいとかあるのかしら」

 一番気持ちのいいことを模索しようとする彼女。

 快楽を求めて薬を選んでいるのだ。なんの不思議もない質問である。


「そうさねえ……。この精力剤と合わせて一番売れているのは、この塗布の媚薬だねえ」

「うーん。媚薬にも複数の種類があると思うのだけど……塗布であれば女性の方は敏感になるってことかしら?」

「頭のいいお客さんだねえ。それもその通りさね」

「……一番売れるのも納得ね。この二つは確かに相性がよいもの」

 こちらは敏感になって、男性の方は何時間もできるようになる。

 普通に考えて満足できないわけがない。

 ——そう結論づけ、彼女は商品を選んだ。


「では、この一番強い精力剤を3瓶と、塗布の媚薬を4瓶いただこうかしら。あとは避妊薬も2つ」

「そうかい。お嬢ちゃんも若いねえ」

「っ! あ、その……一対一でするわけではないの。三人でするからこのくらい必要だと思って……」

 絶対に言わなくていい情報を言ってしまったのは、『お盛ん』だと思われてしまったから。

 こんなからかいをされたことはなかったのだ。少しでもダメージを抑えたかった冒険者である。


「ヒヒヒ、そうかいそうかい。それはお楽しみだねえ」

「お楽しみできたらよいのだけど……」

「大丈夫さね。少しサービスしてあげるから頑張ってきなさいな」

「あ、ありがとう」

 そうして応援してもらった冒険者は、会計が終わった瞬間に素早く薬をしまって薬屋を後にする。


 大事な準備を終えた彼女の脳裏によぎるのは、とある狐人族の艶めかしく、大きな喘ぎ声。

 その時の情事を想像してしまうだけで下腹部は熱くなっていた。



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