第23話 情事

 それからのこと。


「レン、ただいま。頼まれたもの買ってきた」

「おう。いつもありがとなー」

 イザカヤの中で仕込みをしていたレンは、出入り口からの報告を聞いてキッチンから顔を出す。

 今はもう安心して買い物を任せられるまでに成長したテトである。


「……って、なんかいつもより量多くないか? いや、明らかに多い気がするんだが」

「あのね、みんながサービスしてくれたの。特大サービスって言ってた」

「はあ。サービス目当ての客ばっかだな?」

「そんなこと言ってレン嬉しそう」

「うるせ」

 ご好意にはご好意を返す。これはレンが一番大事にしていること。

 食材の差し入れやサービスをしてくれた客には、その材料を使った簡単な料理を無料で出しているのがこの店の特徴。その時に出す料理はメニューに載っていないレアな料理だからこそ、たくさんのサービスをしてもらっているという面もある。


「(みんなの優しさ)温かいね」

「見返りを求めてる客ばっかなのにか?」

「素直じゃない」

「だからうるせ」

 一緒に働き、一緒に生活する中でテトのことが少しずつわかってきたレンだが——。

 テトだって一緒に働き、一緒に生活する中でレンのことが少しずつわかってくる。

 お互いが痛いところを突けるような関係になっているのだ。


「あ、今思ったんだけど……テトはこの量を一人で運んできてくれたのか? ここまで」

「ううん、親切なお姉さんが運ぶの手伝ってくれたの。でも、一人で運べないことはなかった」

「はあ……」

『一人でも運べた』ではなく『一人でも運べないことはなかった』この言葉で半分無理していたことは伝わる。

 実際、手伝わないと危ない。なんて思われるような状態だったからこそ、手を貸してくれたのだろう。


 ——さらに見透かせる。

 テトが一杯一杯な状態になってしまったのは、『テトちゃん、随分と荷物があるけど……これはまた今度持っていくかい?』なんて店主の気遣った言葉に対し、『ううん、持っていくね』なんて何度も即答した結果だと。

 食材をもらえばもらうだけ店が助かると知っているばかりに、自身の限度を超えても受け取ろうとするテトなのだ。


「前にも言ったと思うが、限度を超えたらそのように言っていいんだからな? それだけで崩れるような関係性じゃないんだからさ」

「うん。でも……できるだけレンの力になりたいの」

「ッ、はいはい……。それはどうも」

 最初はテトのことを異性として見る気もなかったが、この言葉にドキッとしてしまうほどやられてしまったレンである。

 こればかりは本当にいつの間に……なんてことだが、なんの工夫もない馬鹿正直な好意の向けられ方をされるのだから、変わらない方が無理な話である。


「レンが照れた。……嬉しい」

「そんなんで嬉しいのかよ、お前は」

「だって、好きな人だから」

「俺はお前のこと嫌い」

「むふ」

 傷つく言葉なはずが、なぜか嬉しさが溢れたような声を漏らすテトである。

 一応顔に出さないように我慢しているのだろうが、ニヤニヤしているその表情を見ると恥ずかしさが襲ってくる。


「そ、そうだそうだ。お前のことを助けてくれた親切なお姉さんは今どこにいるんだ? さすがにお礼を言わないと……。外で待ってくれてるのか?」

「ううん。イザカヤが見えるところで別れた」

「え? 見えるところで?」

「うん」

 レンが頓狂な声をあげるのも無理はないだろう。

 手伝ってくれた相手に対してこんなことを思うのは悪いが、どうしてそんなにも中途半端なところで……というわけである。


「あ、親切なお姉さんはお店まで運んでくれるって言ってくれた。でも、わたしがここでいいって断ったの」

「な、なんで?」

「イザカヤの場所を教えられたことと、親切なお姉さんは時間が足りなそうだったから。変な名前のお店をいろいろ探してたの」

「変な名前のお店?」

 疑問ばかりに口にしてしまうが、聞かなければわからないことだらけである。


「その親切なお姉さんはね、変な名前のお店の人に大切な人を取られちゃったんだって」

「……えっと、つまりは変な名前の店で働く従業員が、テトを助けてくれたお姉さんの彼氏を奪い取ったと?」

「そんな感じだと思う」

「そ、それは……さすがに酷すぎるな」

 今までそのような経験をしたことはないが、想像するだけで胸が痛くなる。

 自分自身が大変な中、テトのことを助けてくれただけに——。


「優しい人だからこそ、ちゃんと報われてほしいもんだ」

「わたしも『倒すべき』って言っておいた」

「ま、まあ気持ち的にはそうだよな」

「うん」

『倒すべき』の内容によって怪しくなるが、気持ちは同意できる。


「まあそれで話を戻すけど、助けてくれた人とそこで別れた理由、他にもあるだろ? 目が泳いでたし」

「ううん、全然ない」

「正直に言ってくれさえすれば俺は怒らないのになぁ」

 テトを素直にさせる魔法の言葉がこれである。


「わ、わかった。言う」

「ん。それで本当の理由って言うか、一番の理由は?」

「……サンドラお姉さんみたいに綺麗な人だったから、レンに会わせないようにしたの」

「は?」

「綺麗な人だったから、レンが手を出さないようにした。営業時間じゃない時は、すぐ狙おうとするから。レンは」

「……待て待て。なんでそんな節操ないように映ってるんだよ」

 このイザカヤを数年営業しているが、客からそのようなこと一度も言われたことはない。

 実際、サンドラが酔い潰れた時だってセクハラだと捉えられないような行動も取ったのだ。

 本当に理解に苦しむ言葉だが、テトは目を細めてムムムとした視線を送ってくる。


「だって、お客さんのサンドラお姉さんと……えっちする約束してたから」

「あ、あのなぁ……。それは全部お前が原因なんだよ。お前が」

 確かに前例は作ってしまった。

 だが、サンドラが泊まった日にテトが襲ってこなければ、テトがあんなに喘がなければ、行為に誘うようなことをしなければ、間違いなくこうなることはなかった。

 知らんぷりをしているが、全てにおいて起爆剤になっているのが目の前の狐人族なのだ。


「レンがえっちなことには変わりない。……ケダモノ」

「いつも襲ってくる側がよくそんなことを言えるもんだ。変態はお前だ」

「へ、変態じゃない。好きな人が隣にいたら、したくなるのは当たり前……」

「いや、自制するって結論になれよ」

 顔が赤くなっているテトに正論を言う。自制ができないから面白いようにカウンターを食らうのだ。


「て、てかドラさんとするとは決まったわけじゃないからな……?」

「決まってないわけがない」

「いや、本当に」

 あの件はもっと親しくなれたらする、というもの。

 今でさえ仲がいいのだ。これ以上は親密になれず、平行線を辿ることも十分考えられる。


「じゃあなんでベッドのシーツをあんなに買ったの。あのシーツはすごくいい生地だった。高級品。無駄にするのはありえない」

「俺はなにも指示してないぞ? 枚数とか選んだのは全部ドラさんだし……」

 今、家にはその高級品のベッドシーツが7枚もある。

 耳まで赤くしながらそのシーツを渡してきたサンドラに対し、『一体どのくらいの頻度で何回しようとしてるんだろう』なんて生々しい話を聞けるはずもなかった。


「絶対に二人で考えて選んでる。そうじゃないと考えられない枚数。サンドラお姉さんがたくさんしたいってなる」

「ま、まあ……」

「だから、わたしのいないところで絶対するつもり」

「しないって……」

 どんなに弁明しても信じてくれない。

 だが、あの高級シーツがあんなにあれば疑うのは仕方がないだろう。


「レン……。サンドラお姉さんとこっそりしたら、わたし怒る……。わたしも一緒にしないとダメ」

「わ、わかってるって……」

 複数でなければ絶対に許さないテト。

 二つ言えるのは、こんな会話は店の中でするものでもなければ、仕込み中にするものでもないと言うことだろう。








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