第19話 Aランク冒険者

 これはサンドラがイザカヤに通うようになり、数日後のことである。


「は、はあ!? ドラさんがファラディスに拠点を移すって!? この街にたったの4人しかいないAランク冒険者が!? あたしの憧れの冒険者が!?」

「ああ。いきなりのことでギルドの中は大騒ぎよ。しかも報告してすぐ街を去っていったらしい。一応、『みんなまたね』って伝言はあったってことだが」

「たったそれだけ!? 最近顔を見ないなって思っていたら……なんでそんなことになるのよっ!」

「んなもんオレに言われてもなあ」

 サンドラが拠点にしていた街、ラディンのとある酒屋の中。

 赤みがかったピンクの髪をツインに結ぶAランク冒険者のリリィは、赤の瞳を潤ませながら、同僚に気持ちを爆発させていた。


 22歳のリリィはサンドラと同じランクだが、それはAランクを超えるランクがこの世界で創設されていないから。

 実際の実力や実績、経験を加味すればリリィは敵うはずもなく、それを自身で理解しているからこそ、憧れの冒険者。憧れの存在となっているのだ。


「まあ、またこの街に戻ってくるらしいけどな。目処は立ってないらしいけど」

「……それって絶対エルフの感覚で言っているから、100年以上経った後かもしれないわよね? 結構本気目に」

「ハハハ! 確かにオレ達が死んだ後にヒョロって出てきたりな?」

「ホント洒落になってないんだけど」

 ピクピクと眉を動かしながら、軽口への怒りを堪えるリリィ。


「ねえ、もしかしてだけど冒険者をひっそりやめようとしてる説はない?」

「いやあ、仮にそうならそう報告するはずだろ? あの人はそう言うタイプだし」

「それは……確かにそうだけど、なにかしらの理由がなければこうなるわけがないじゃない」

 サンドラがこの街に拠点を置き、もう10年が経っている。

 彼女に助けられた冒険者は多く、リリィもまたその一人の人間で——拠点を移すという話はなかなか整理できないもの。


「ああ、その理由ってアレじゃね? 会う度にお前に絡まれるのがウザかった的な」

「は? 次にそんなつまらないこと言ったら殺すわよ」

「……っ、おいおい。それこそ洒落にならんって」

 ドスの効いた声と、殺し屋のような目つきに変えて同僚の首元にナイフを突きつけるリリィ。

 まばたきの瞬間に攻撃に転じたのはさすがのAランク冒険者だろう。あまりの速さに風が舞ったほど。


 そしてナイフを下ろした瞬間。

「はあぁ。もー。ドラさんは一体なにを考えているのよ〜!」

 バンバンと机を叩き、うわーんとなりながら酒を一気飲みするリリィ。

 あまりの切り替えスピードに恐怖を覚える同僚は、引き攣った顔のまま話題を出す。


「噂程度に聞いた話だと、通いたい店ができたらしくて、拠点を移すことにしたらしいな」

「それタチが悪い噂ね。ドラさんなら十分あり得る理由だから」

「めちゃくちゃ自由人だしなぁ……。やるって決めたことなら一直線に突っ走るっていうか……」

「なにアンタのその顔。自由人で悪いわけ? 冒険者らしくてカッコいいじゃない」

「とりあえずそのナイフは下げてくれ。あの人を貶すつもりはない」

「ふんっ」

 弁解の言葉を聞き、鼻を鳴らしながら再び刃物を下ろす。

 憧れの人物を批判するのは、誰であろうが絶対に許せないリリィである。


「ま、まあ……確証が取れてないだけで『通いたい店ができた』って噂はほぼ間違いないだろう」

「どうしてそう断言できるのよ」

「だって、こんなに大事おおごとになってるのに、それ以外の噂が出てないんだぜ?」

「……一理あるわね。じゃあ本当にその理由で拠点を移したってこと?」

「現状、その可能性が一番高い」

「もう! なによそれぇ」

 不満を漏らす声を出すも、リリィはすぐニヤつく。

 どんな理由であれ、我が道を行くサンドラがカッコよく映っているのだ。


「……で、ドラさんが通いたくなったその店、早く教えなさいよ。アンタのことだからもうちょっと情報が回ってるんでしょ?」

「それがこの情報は漏らしてないみたいなんだよ。あの人が」

「え? ドラさんが秘密にしてるの?」

「『変な名前のお店』的なことは言ってたらしいが、これだけで特定するのは無理な話だし、秘密にしてるも同然だ」

「……それだけ気に入ってるってこと?」

「辻褄は合ってるよな、やっぱり」

 基本的になんでも教えてくれるサンドラがこれなのだ。

 情報を教えないその行動が珍しいことで、それだけお店を気に入っていることが窺える。

 彼女のような有名人が『オススメな店』と紹介しただけで客の増加は当たり前。

 結果、自分自身が利用できなくなる可能性があるのだから。


「じゃあ、そんな変な名前の店にあたしの憧れの人が取られたってわけ?」

「まあ、お前的にはそうなるよな」

「んんんっー!」

 口を閉じながら唸るリリィ。それは嫉妬のようなもの。いや、純粋な嫉妬である。

 その感情を制御しきれないようにむぅっとした顔で立ち上がる


「お、おい? お前のその顔、まさか……」

「そのまさかよ。あたしもファラディスに向かうわ。『思い立ったら行動』ってドラさんが言っていたもの」

 こんな暴走機関が生まれてしまったのは、サンドラに影響を受けているから。

 気の強い性格と、サンドラの自由人らしい言葉を間に受けたのなら、当然こうなってしまう。


「いやいや、待て待て。それはあの人の迷惑になるぞ? それにまだ情報が確定したわけでもないんだし」

「別に連れ戻そうとしたりはしないわ。その資格もないし。ただその変な店を確認しにいくだけ」

「確認って……。トラブルを起こしそうな気しかしないんだが」

 気の強いリリィであり、憧れの人を横から取られてしまぅた状態であり、同僚にすらナイフを突きつけてくるのだ。不安に襲われるのは当たり前。


「トラブルってそれはその変な店次第よ。蓋を開けて見れば甘い言葉でドラさんのことを騙そうとしてる可能性があるんだし、その時は潰すしかないじゃない」

「あの人が甘い言葉に引っかかるわけないだろ……」

「確認してみないことにはわからないじゃない。とにかくあたしは行くの。それじゃ」

 それが二人の最後の会話である。

 リリィは有無を言わさず銀貨を3枚重ね、酒屋を後にする。

 明らかにお釣りのくる金額だが、情報代を含めてだろう。

 こうしたところはちゃんとしている。


「アイツを相手に変な店の名前の店主さんは大丈夫かねえ……」

 ボソリと漏らす同僚だった。


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