第18話 Sideサンドラの選択
「ふふっ、今日はなにを食べようかしら。私の知らないお料理がまだまだたくさんあったのよね」
日も沈み、星が燦々と輝く時刻。20時。
サンドラは差し入れのお肉を袋に入れて、スキップするような足取りでイザカヤへ向かっていた。
「テトちゃんがオススメしてくれた
こんなにも食べたい料理が決められないのは、ワクワクする食事に出会えたのは本当に久しいこと。
自分の知らない料理がたくさんあるのだから、こうなるのは当たり前。
あの美味しさと、なにより他種族にとってあの居心地のよさを庶民的な値段で味わえる場所は、サンドラの知る限りイザカヤしかない。
(まあ……昨日は誰もお客さんがいない状態だったから、少し心配はあるのだけど)
店主のレンさんが優しくても、従業員のテトちゃんが親しく接してくれても、客によって雰囲気は変わってくる。
『客も種族を気にしない過ごしやすい場所』との噂は聞いており、『よい店にはよいお客さんが集まってくる』ということは一般的だが、実際に体験してみないことにはこの不安は拭えない。
(本当に居心地がよかったから、こんな不安に陥るのでしょうね……)
あの雰囲気をもう一度味わいたい。壊されたくない。そんなことを無意識に思ってしまう。
少し暗いことを考えてしまい、少し足取りが重くなる。——そんな時だった。
「おっ、そこのエルフの嬢ちゃん」
「っ! ええ、なんでしょうか?」
酒屋の外清掃をしていた人が、いきなり声をかけてくる。
「もしかしてこれからイザカヤに行くのかい?」
「そ、そうだけど……どうしてわかったのかしら」
「やっぱりか! そんな袋を持って、ここの道をご機嫌に歩くのはあの店に行く客ばかりでなあ。この先はあまり賑わってるような場所でもないからよ」
『差し入れの袋』であることが簡単にバレてしまう。
なかなかに信じられない話だが、それだけ差し入れを持ってこの道を歩く客が多いということなのだろう。
どれだけあのお店が愛されているのか理解しつつ、やはりそれほどのお店なのだと納得する部分もあった。
「っと、引き留めてすまんすまん。嬢ちゃんには本当に申し訳ないんだが、酒屋のオヤジからってことで……ちょっと待ってくれな!」
その言葉を残して酒屋の中に入っていき、急いで二つの袋を持ってきた。
「この差し入れを一緒に持ってってくれねえか? 今日は子どもの面倒を任されてて、店に行けなくてなあ……」
「ふふっ、そのようなご用件なら全然構わないわよ」
「ありがてえ。じゃあ『酒屋のオヤジから』ってよろしく頼む!」
「
そうして差し入れのお酒を笑顔で受け取るサンドラは、店に向かって歩いていく。
「ふふ、先ほどの不安は杞憂だったみたいね。……本当、変なことは考える癖は直さないと」
差し入れをするということは、イザカヤでお世話になっているお客さんだろう。
そんなお客さんが、尖った耳を変な目で見ることもなく、気軽に話しかけてくれたのだ。
「他種族にとってこの耳が変じゃないって勘違いしてしまいそうだわ……」
尖った耳に触れ、温かい気持ちになるサンドラは先ほどよりも足取りが軽くなっていた。
* * * *
「いらっしゃいませ。サンドラお姉さん、待ってた」
「ありがとう。待っててくれて」
店に並んで20分。
中に案内されればテトちゃんが出迎えてくれる。
「ああそうだ。これは私からの差し入れと、酒屋のオヤジさんからの差し入れよ。酒屋さんの方は今日来られないみたいで代わりに受け取ったの」
「ありがとう。レンに伝えてくるね。サンドラお姉さんの席はあそこです」
「はーい」
差し入れの対応を見るに、いろいろなお客さんからよくいただいているのだろう。
『さすが』なんて気持ちを抱きながら、案内してくれた席に腰を下ろす。
(本当、不思議な場所だわ。誰も私のこと変な目で見ないなんて……)
100年以上も生きていれば、どのような感情の視線を向けられているか気づけるようになる。
それが自然と身についてしまった結果、フードを被って尖った耳を隠したりもするが、ここではその必要すら感じない。
肩の荷を下ろしてメニューに目を向ければ、知った気配が近づいてきた。
「ドラさん、今朝ぶりです」
「ふふふ、今朝ぶりね、レンさん。お邪魔させてもらってるわ」
「とんでもないです」
と、優しく微笑むレンさんは言う。
「あと、差し入れのお肉本当にありがとうございます。こんなことを言うのはなんですが、あんな高価なものをいただいてよかったんですか?」
「レンさんも狡猾よねえ。『高価じゃない』なんて嘘、差し入れに対しては言えないもの」
「あはは、一応は料理人ですから、お肉の見た目だけでわかりますよ」
「昨日のお礼も含めてのものだから、気にしないでもらえると」
「わかりました。それでは有効活用させていただきます」
大変忙しい中、こうした時間を作ってくれるのはとても嬉しいこと。
差し入れをしてよかった。そんな気持ちに包まれながら笑顔を返せば——。
「おおっ、大将が美人さんとイチャついてらあ!」
「おいそこ、ヤジを飛ばすなヤジを」
お客さんとレンさんの掛け合いが始まる。
「エルフの姉さん、大将に気をつけろよお? めちゃくちゃ金ぼったくってくるからよ!」
「テト、そこの客には酒やらなくていいぞ」
「わかった」
「ちょ、それは勘弁してくれ!!」
『ハハハハ』
一連の流れに店の中が笑いに包まれる。
「てか新しいお客さんじゃねえか! 今日はゆっくりしていけよ!」
「それは俺のセリフだからな? 本当に」
レンさんが客席に出てくれば、からかいが湧いてお店の中がさらに賑やかになる。
他種族の自分もその輪の中に入れてくれる。
(……このようなお店が、こんなところにあっただなんて……)
レンさんをからかった一人のお客さんはドワーフ族。
この店に差別や見下しがないことを象徴するように溶け込んでいる。
「ではドラさん、メニューが決まったらテトまで。お水はすぐに用意しますね」
「ありがとう」
一通りの挨拶をしてレンさんが厨房に下がれば、先ほどのからかいはなくなる。
賑やかな雰囲気はそのままで、距離を保ってプライベートを守ってくれるお客さんに変わってくれる。
(レンさんとテトちゃん、3人で過ごす時間もよかったけれど……このお店はお客さんがいて、もっと魅力的になるのね)
素敵な空間が保たれているのは、レンさんの人柄と、一生懸命働くテトちゃんの姿があってこそだろう。
常識やマナーを守った賑やかな店。こんな雰囲気の中で美味しいお料理が出されたのなら、お酒も楽しく飲めるに決まっている。
満足できて、愛されるお店になるのは当然だ。
(こんなに素敵な時間を過ごせるのなら……いっそのこと、この街に移住するのが一番よいのかもしれないわね)
冒険者はどの街でもやっていける職業で、貯金もある。
移住に不便のない条件が揃っているからこそ、本気でそう考えるほど。
「ごめんなさいテトちゃん、注文をよいかしら」
「うん、大丈夫」
手が空いたところで呼び掛ければ、お水を注いでくれながら注文を取ってくれる。
「
「お酒以外、昨日と同じメニュー……。いいの?」
「ええ、もちろん」
このお店だからこそ、体質にあったお酒を注文できる。
「サンドラお姉さん、ミッチェルは飲んでくれない……?」
「テトちゃんはミッチェルを飲んでほしいの?」
「うん、酔ってほしいから。サンドラお姉さんまた連れて帰るの」
「あら、ふふふっ。でも……今日も少し長居させてもらうから、酔ってしまうでしょうね」
「っ! わかった」
レンさんとは既に話を通している。閉店後も残る代わりに、テトちゃんに構うと。
『その方が都合いいですよね?』との言葉に甘えさせてもらったわけだが、この件についてはあとで訂正することにする。
「じゃあレンの美味しい朝ごはん、また一緒に食べようね」
「ご迷惑でないのなら、是非」
「うんっ」
こんなことを言ってくれる店が、他にどこにあるだろうか。
(やっぱり、拠点は移そうかしらね)
一つ一つの料理をもっと味わいたい。
この街で、このお店でもっと楽しみたい。
そう思ったからこそ、昨日と同じ注文をしたサンドラだったが、正しい選択ができたと嬉しそうに微笑むのだった。
「……あ、あれ? あれ見間違いじゃなければ碧眼の魔女様じゃない? Aランク、ソロ冒険者の……」
「だ、だよな。てかオレらの大将ヤバくね? あの人を略して呼んでたぜ……?」
「普通にとんでもないことしてるよね……」
店の隅では、まだ経験の浅い冒険者が萎縮してはいた。
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