第12話 泥酔
『ま、まるで宝石のようなお料理なのね。親子丼って……』
『黄金色だったから、わたしも最初ビックリした』
目の前に出される親子丼に目を丸くするサンドラ。そして、同意を示しながら早速手をつけるテト。
そんな二人で仲良くご飯を食べながら何十分が過ぎただろうか。
「え、えっと……お客さん大丈夫ですか? お酒でお顔がすごく赤くなってますけど……」
自分用の料理を作り終え、店側のカウンターに移動したレンは、すぐ心配の声をかけていた。
サンドラの顔は言葉通り真っ赤。尖った耳も、細い首も同じ色に染まっている。
雪のように白い肌を持っている彼女であるばかりに、色の変わり具合には目を見張るほど。
「……え、ええ。心配ありがとう。でもこの通りだから」
この問いに対してコクッと頷くサンドラは、強い酒を口に含み、喉を動かす。
何事もないように飲んだが、一瞬、苦渋の表情が浮かんだのは気のせいだろうか。
「レン、サンドラお姉さんは冒険者さんだから大丈夫」
「な、なるほど?」
確かに冒険者は酒豪ばかりで、この店の売上にも大きく貢献してくれている。が、テトの冒険者に対する絶対的な信頼はなんなんだろうか……。
声のトーンも喋り方も、アルコールを含んでいない時と変化はないサンドラだが、赤くなり過ぎた顔を見れば、その信頼を見直してもいいほどである。
「って、おいテト。スプーンの使い方は前に教えただろ? グーの形で持つんじゃない」
「この持ち方が一番食べやすいの」
「ま、まあその気持ちはわからんでもないけど……別のところで食べる時に恥ずかしい思いをするのはお前なんだぞ?」
「わたしはレンのご飯がいい」
「は?」
「だから平気」
「理由になってねえよ」
「ふふっ」
多種族が暮らすこの世界では礼儀作法はあまり厳しくない。しかし、やっておいて損になるわけではない。
そんな思いでお節介を焼けば——五本の指でスプーンを握ったまま親子丼を食べるテトである。
そして、漫才のようなやり取りを見たサンドラの笑い声が聞こえてくる。
「人族と狐人族。この二つの種族がこんなに仲良くしている姿を見るのは初めてだわ」
「仲良くしてるっていうか、コイツに手を焼かされてるだけですよ。すぐに口答えしますし」
「ううん、仲良いだけ」
「ほらこんな風に——」
「——仲良い」
「俺のセリフを捏造するな」
「仲良いもん……」
『口答えしますし』を証明したことに対しての『ほらこんな風に』だったが、テトが掻き回してしまう。
「ふふふっ、このお店は本当に居心地がいいわね」
「むふ」
「……ドヤるな」
ツッコミ役が足りない。
そして、この光景をつまみにするようにお酒を飲んだ彼女だが、本当の本当に大丈夫だろうか。
「ねえ、店主さん」
「は、はい? なんですか?」
「一つ質問なのだけど、店主さんはどうして異種族に対しても優しくしてくれるのかしら? 美味しいお料理を出すお店によくある例だけど、異種族を毛嫌う傾向にあるでしょう? 『自分と同じ種族にしか食べさせたくない』って。『研究に研究を重ねたものだから』みたいな理由で」
「ああー。まあその、なんて言うか……」
『元々この世界の住人じゃないから、異種族に対して差別意識がない』
『料理に関しては前世の知識を使っているだけ』
そんな現実味のないことは言えない。
レンは頭を少し働かせ、本音を含んだ理由を繋げるのだ。
「これは当たり前のことですけど、どの種族がどんな問題を起こしたとしても、その種族が全員悪い人ってわけじゃないですから。どんな種族にも良い方はいますし、そんな方々の支えがあるおかげで自分は生活させてもらってるので」
常連や知人に対し、投げやりな言葉を使ったりするレンだが、最後は『ありがとうございました』と必ず見送っている。
この感謝はこの先も忘れたりはしないだろう。
今はテトだって生活させてあげないといけないのだから。
「……そう。店主さんまだお若いでしょうに、素敵な考えを持っているのね。心がとても暖かくなったわ」
「ありがとうございます。ちなみに、お客さんはいつまでこの街に?」
「うーん。正直、明日には本拠地に戻るよう予定を立てていたのだけど、もう少しこの街で過ごすつもりよ。このお店のせいで、という言い方もアレだけどね」
「ははっ、それはどうもすみません」
赤く色づいた顔で微笑み、嫌味を全く感じさせない口調のサンドラ。
『もうこの店に少し通ってみたい』そんな気持ちを持ってくれたのは冥利に尽きること。
「また来店していただいた際には、是非、コイツの相手をしてもらえたらと。同性の知り合いも少ないもんで」
テトの頭に手を伸ばし、ガシガシと揺らす。
「ふふ、こちらからも是非」
「よかったな、テト。仲良くしてくれるらしいぞ」
「んぅ〜。頭撫でるなら、優しく撫でて……。耳、当たってるから……」
「なんだって?」
生意気を言うからもっと強くする。
目を瞑ってグラグラに耐えているテトの尻尾は嬉しそうに揺れている。
そんな光景を見るサンドラは、付け合わせを一口摘み、少し慣れたお酒を味わう。
狐人族が耳に触れることを許している。——それも別の種族に対して。
この意味を知っているサンドラだからこそ、強いお酒ですら美味しく感じていたのだった。
* * * *
「お、おいテト」
「なに?」
「どうする?」
「どうしよ」
3人で楽しく過ごしながら一時間が経っただろうか。
レンとテトは困った顔をして、カウンターで酔い潰れた美人エルフを見つめていた。
「まあ俺は性別的な問題があるから、テト頼む」
「わかった。……サンドラお姉さん。サンドラお姉さん。起きて」
テトが近づき、肩を揺さぶる。大きく揺さぶる。さらにガタガタ揺さぶる。だが、起きない。起きる素振りもない。
「レン……。起こすの無理そう」
「さすがに見ればわかる。って、あのミッチェルを全部飲んでるのか。これは凄いな……」
「冒険者さんがこうなるの初めて見た」
「俺はミッチェルを完飲する客を初めて見た」
酒豪ですら避けるような強すぎる酒なのだ。正直、これが一口飲めるだけでもバケモノである。
「でも、これは本当に困ったな……。どこの宿に泊まってるのかも聞いてないし……」
「このままだとどうなるの?」
「現実的な話をすれば、外に放り出して適当なところで寝かせることになる」
「それはダメ……。絶対にダメ……」
「はあ。そう言うと思ったよ」
拒否される確信はあった。
『辛かった過去の自分と同じ思いはさせない。誰にもさせたくない』そんな優しい思いを持つテトなのだから。
「だけどさ、じゃあどうするって話になるぞ? このまま店に放置することは絶対にできないし」
「持って帰る?」
「……え?」
「お家も近いから、サンドラお姉さんを持って帰る?」
「いや、それはちょっと問題があるだろ……。てか言い方よ」
——物じゃないんだから。
「だって……」
「まあ、それ以外の方法がないのはまあ……」
この世界ならではの選択肢であり、前世の世界なら間違いなくあり得ない選択肢である。
「あのさ、本当に起きない? なんかこう……もうちょっと強くって言うか」
「サンドラお姉さん、起きてー」
ガタガタガタガタ!
持ち前の力を使って椅子が音を立てるほど揺らすテト。だが、全く起きない。
「サンドラお姉さん、お顔が真っ赤……」
「いや、このタイミングでその言葉のチョイスはおかしいだろ」
相変わらずの狐娘である。
「てか、これを聞こうと思ったんだけど、このお客さんにだけ距離が近くなかったか? テトは。なんかあったのか?」
「うん……。ママの話し方と似てたから……」
「お、おい。俺を困らせるようなこと言うなよ」
「聞いたのはレンなのに」
「なんかすまん……」
急に重い空気になってしまう。
このお客さんを無意識に母親に重ねた部分があるのだろうか……。
「はあ……。じゃあ家に連れて帰るか? 安全のためにも」
「いい?」
「それしか方法がないしな……。だけどリスクケアは絶対にしたい」
「リスクケア?」
「ああ。問題なのは俺が男で、俺の家に連れて帰るってこと。だから連れ込まれたとか、襲われたとか、触られたとか、そんなことを言われないような対策をする」
「悪意がなかったら、サンドラお姉さんはそんなこと言わないと思う」
「俺もそうだと思ってるけど、店の看板を傷つけないためには必要なんだ」
厄介な問題が発生する可能性があるからこそ、店の外に放り出すのが正解なのだ。
その正解を取らないのなら、当然こうした行動を取らなければならない。
「テト、酷なことを言うんだが……お前がこのお客さんを家まで運べるか?」
「うん。レンが運ぶのは、わたしが許さない」
「許さない?」
「わたし以外の女の人、レンが抱っこするの禁止」
「なんだそのルールは」
『また変なこと言いやがって』なんて簡単に流すレンだからこそ、深い嫉妬からくる言葉であることに気づかない。
「サンドラお姉さんは、わたしのベッド?」
「それがいいだろうな」
「わたしはレンのベッド?」
「……まあ、そうなるな」
「むふ」
風を生み出すくらいに尻尾が揺れた。
「……おいテト、今日だけは静かに寝てくれよ」
「保証はできない」
「は?」
「保証はできない」
「とりあえず、お前を追い出す日も近いみたいだな」
「なら、我慢する……」
「最初からそう言え」
本当に手のかかる狐娘を拾ってしまった。本当にこれは言えることだった。
* * * *
テトがサンドラを抱っこする帰路。
「テト、大丈夫か? 家まで持ちそうか?」
「うん。サンドラお姉さん、すごく軽いから」
「そっか」
ちっこい体のテトだが、その力はさすがの獣人だな。なんて思った日でもあった。
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