第13話 Sideサンドラ
「う……。ここは……どこかしら……」
朝日が差し込む一室。
重たい瞼を開けて目を覚ますサンドラは、頭を押さえながらゆっくりと上半身を起こす。
この街で宿泊している宿とは全く違う天井とベッドに部屋の内装。
二日酔いの気持ち悪さを覚えるサンドラは、『ポイズンキュア』の魔法を自身にかけ、正常な状態に回復させて昨日のことを思い返す。
「そ、そう言えば私、イザカヤで寝てしまって……」
お酒に弱いサンドラだが、このように酔い潰れることは今までに一度もなかった。
それは治安の問題で警戒心を持っているからでもあり、この魔法を使用することによってすぐに酔いを覚ます方法を持っているから。
では、なぜ今回のようになったのかと言えば、周りに別の客がいなかったこと。
そして一番は居心地がよかったからだろう……。普段の警戒心すら解いてしまうほどに。
「服の乱れは……あるわけないわよね」
泥酔している間にナニカをされた痕跡はない。が、されるような可能性もない。というのがサンドラの見解だった。
店主のレンとテトとは、昨日が初めての出会い。そして、たったの数時間しか関わりのない関係だったが、あのように優しく接してくれたのだ。
狐人族が耳に触れることを許している人物なのだから。
なにより、店主のレンとテトは同棲関係にあるのだ。嫉妬していたテトがそのようなことを許すはずもない。
「昨日の代金もお支払いしていないし、本当に迷惑をかけてばかりね……。ここはイザカヤの休憩室かしら……」
これほど人に迷惑をかけたのは何年、いや何十年ぶりだろう……。
申し訳なく思いながら、ドアに向かった矢先——聞き覚えた二人の声が聞こえてくる。
「レン、今日のご飯すごく豪華」
「そりゃ当たり前だろ。相手は店のお客さんなんだし、勝手に連れて帰ってきたんだから適当な料理を食べさせられるか」
昨日となにも変わらない二人の微笑ましいやり取り。
「……サンドラお姉さんの気を引こうとしてる」
「今さっき理由を説明したんだけどな? 今さっき」
昨日となにも変わらない微笑ましいやり取りをする二人。
(警戒心がどの種族よりも強い狐人族があんなにも嫉妬するなんて……)
冷静になってみると、改めて驚きが湧く。
面白いのが可愛いらしいテトの嫉妬を簡単に払っているレンでもある。
「てかさ、仮に気を引こうとしてるにしても問題ないだろ? お前には」
「ある」
「ある?」
「レンはわたしのだから」
「間違いなくお前のじゃないな、俺は」
(顔を出すタイミングが難しいわ……)
さすがにこの会話の中で割り込むのは難儀である。
「……えっち、したのに……」
「え?」
(え!?)
「え、えっちした……」
「なんだって?」
「も、もういい……」
(そ、そう言えばこの時期は狐人族の発情期だから……仕方ないわよね。でも、そ、そうなのね……。あのお二人が……)
少し顔が熱くなる。
顔を出すタイミングを窺っていたばかりに、聞いてはいけない会話を聞いてしまった。
しかし、この仲の良さで同棲しているなら、いろいろな営みをしているのが自然だろう。
「とりあえず、レンはわたしのだからダメなの」
「はいはい」
「返事は一回」
「うるせ」
「うるさくない」
(本当に不思議な関係だわ……)
今まで他種族同士のいざこざを飽きるほど見てきたからこそ思うこと。
「ああそうだ。この手の話をドラさんの前でするなよ? 夜のこともそうだが、気を引く
「そんなことない」
「あんなに美人さんで礼儀も正しいんだぞ? 釣り合い取れるかって」
「取れてる」
「お前だけだぞ。そう思ってるの」
「そんなことない」
(……嬉しいことを言っていただけているけど、これはテトちゃんが正しいわね)
この街一番と呼ばれるほどの飲食店を営業していて、どのような種族に対しても優しく、閉店時間を過ぎても迎え入れてくれる心の広さ。酔い潰れてもこうして休む場所を取ってくれる親切心。
そんな尊敬に値する人物なのだ。
むしろこちらが釣り合わないと言っても過言ではない。
「……あと、ずっと言おうと思ってた」
「ん?」
「なんでサンドラお姉さんのこと『ドラさん』って言ってるの」
「ああ、それは『サンドラさん』って呼び方にすると『さん』が二つ入るだろ? なんかこうなると呼びづらいんだよ」
(——このタイミングかしら)
ずっと盗み聞きするのも悪い。やっと顔を出すタイミングがやってきた。
「もちろん本人の前では『サンドラさん』って呼ぶつもりだけど」
「私は『ドラさん』でも全然構わないわよ」
「……」
その声に料理中のレンの手がビクッと止まる。
「あっ、おはよう。サンドラお姉さん」
「おはよう、テトちゃん。昨日は酔い潰れてしまって本当にごめんなさい。たくさんのご迷惑をかけてしまったわね」
「ううん、大丈夫だよ」
「え、えっとーサンドラさん……じゃなくて、ドラさんはいつから聞いてました?」
「今さっきだけど、なにか聞かれてはまずい話でもしていたのかしら」
「ああ、そうじゃないですよ。少し気になっただけで」
明らかにホッとしているが、夜の事情を話していたために、最初からだと言えないだけである……。
「サンドラお姉さんは怒ってない? 勝手にお家に連れてきたから」
「いいえ。むしろ感謝でいっぱいよ。本当にありがとう」
お店で酔い潰れてしまった場合、本来ならば外に放り出されるところなのだ。
それは保護した場合のトラブルに巻き込まれる可能性があり、店の看板を傷つけかねないから。
そんなリスクを背負ってでも、安全を確保してくれたのは感謝してもしきれないこと。
「あの、レンさん。まだ昨日のお支払いが済んでいないと思うのだけど……宿泊費や迷惑費も込みでこれで足りるかしら」
ポケットの中から取り出すのは10万円の価値がある銀貨である。
「ああー。お気遣いは嬉しいんですが、お金の方は結構ですよ。受け取ることはできませんから」
「えっ?」
「昨日は自分がドラさんにお願いして、テトと一緒にご飯を食べてもらいましたから」
「……」
サンドラはレンの言葉を噛み砕きながら昨日の会話を思い出す。
『あのーお客さん。コイツ今からご飯食べるんだけど、一人だと寂しいみたいなんで一緒に食べてもらえないです……? 材料的な問題で注文通りのメニューが出せない場合もあるんですが』
確かにそんなお願いがあった。
『おいテト。一人でご飯食べるのは寂しいよな?』
『寂しい』
『このお客さんと一緒にご飯食べたいよな』
『食べたい』
『もしこのお客さんと一緒にご飯が食べられなかったら?』
『…………泣く』
確かにテトとこのようなやり取りをしていた。
『ってことらしいので、コイツのために俺からお願いします。コイツが泣き始めたらもう店のものを壊し始めるので』
確かに改めてお願いされた。
しかし、サンドラは理解している。これらは全てこちらに気を遣わせないための気遣いであることを。
「で、では迷惑費や宿泊費ということで、お金を受け取っていただけないかしら」
「テト、ドラさんからなにか迷惑を受けたか?」
「受けてない」
「この家ホテルじゃないから、宿泊費も取れないよな?」
「うん」
「ってことなので」
レンからは優しい笑顔を向けられる。テトはコクコクと頷いて同意している。
朝から言い合いをする二人なのに、この時ばかりは共闘する。
「で、でもこのように恩を受けてなにも返せないというのは心苦しいわ……」
「あー。でしたら、またお店の方に来ていただけると。ドラさんが顔を出すだけで、コイツも喜びますので」
「うん。また来てね」
言葉巧みなレンに、抵抗されないように動くテト。
「あなた達ずるいわよ……。そんな言い方……」
「あはは、褒め言葉として受け取っておきます」
この二人が束になれば一人では絶対に敵わない。そう思える相手だった。
拗ねたい一方、心の中は嬉しさでいっぱいだった。
「あの、朝ご飯が出来るまでもう少しかかるんで、もしよかったらお風呂にでもどうぞ」
「ありがとう。お風呂代は銀貨でよいかしら?」
「高過ぎますってそれ」
「ふふっ、今までのことを含めたら安いものよ」
年上としてやられてばかりも嫌だった。ほんのからかいだ。
「テトちゃんも一緒にお風呂入る?」
「ううん。お世話代で銀貨出されそうだから」
「鋭いぞ、テト」
「ふむ」
褒められて嬉しそうな声。
「……でも、サンドラお姉さんとお風呂入りたい」
「あ、あら……」
断られることを承知で言ったが、まさかの返事をもらう。
「それじゃあレンさんも一緒にどうかしら? 裸のお付き合いということで」
「ッ!!?」
「ふふふ、冗談なんだからそんなに動揺しなくっても。随分大人びていても、こうしたところは男の子なのね?」
「レンはこう見えてむっつりだから」
「テト、お前は俺の味方しろよ……」
朝から本当に楽しく心地のよい時間だった。
こう思うのはどうかと思うが、『酔い潰れてよかった』と思えるような暖かい空間に触れられたサンドラだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます